91日目:昔の話
今日は目新しいこともなく、特筆すべき事態も起きなかった。
こういう日は日記の字数を稼ぐのに苦労する。
仕方がないので、少し昔話をしておく。
少年が生まれる前、十年と少し前のことだ。
ことの発端は、この国の西端にある古城であった。
ある雨の日、一日じゅう降り続いた雨が、やがて透明な水ではなく黒く濁った澱のような液体へと変わった。
黒雨は古城とその周囲を覆い、ほどなく美しかった城は瘴気に包まれた要塞と化した。
駐屯兵の報告を受けた王は調査隊を差し向けたが、成果はほとんどなし。
判明したのは、周囲に魔物が群がっていることと、内部から時折けたたましい咆哮が響くことくらいだった。
後に同行した魔術師の見立てによれば、城の中心に強大な魔力があるとのこと。
魔王の存在は疑う余地がない、と。
かくして人間と魔王軍の長い戦が幕を開けたわけだ。
やがて王室付きの星読みがやってきて、こう告げた。
「聖剣を携えた十歳前後の少年が魔王を倒す」
――この台詞一つで、国の命運を賭けた大博打が始まったのだから恐ろしい。
王は神託に従い、片っ端から少年を見繕っては「勇者候補」として兵を付け、魔王討伐に送り出した。
まるで農村の芋掘り大会である。
結果はご覧の通り。
誰も戻ってこないし、国の領土は日ごとに削られていく。
敗戦処理を少年に丸投げしているだけに等しい。
ちなみに件の星読みは今も健在で、王都の屋敷で悠々自適に暮らしている。
命を賭けて魔王と対峙するのは「少年たち」であり、彼女自身は安全圏から星を眺めて一言二言お告げを口にするだけ。
まったく良いご身分である。
わたしも次に生まれ変わるなら、是非ともあの職を選びたいものだ。
外れたら「星の流れが変わった」と言っておけば済むのだから。
魔王軍は勢力を増し、血が流れれば流れるほど侵攻の速度は増した。
人間側は消耗戦を強いられ、じわじわと追い詰められるばかり。
わたしの個人的な見立てでは、少年に託された使命は「国としての最後の切り札」だろう。
彼が屠られれば、我々の未来もそこで潰える可能性が高い。
以上、今日は過去の記録を再掲しておいた。
明日以降の役に立つかは知らないが、黙って空白を残すよりは幾分ましだろう。




