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88日目:統べる者

朝、まだ冷えの残る空気の中で我々は戦況の立て直しに追われていた。

持ち場となった南側は混乱を経てようやく落ち着きを取り戻しつつあり、兵士たちの士気も、最低限だが保たれていた。


一息ついたその時――北側が崩壊したという報せが届いた。


崩れ落ちたのは壁ではなく、兵の心だったのだろう。

戦いは緊張の糸を長く張り詰めた者から順に壊れていく。

そうして一つの綻びが瓦解を呼び、戦場は一瞬で地獄と化す。


怒声と悲鳴が交錯し、我々は兵士に南側を任せて北へと急行した。



だが、そこではもう決着がついていた。


瓦礫と血の中央に、ただ一人あの男――司令官が立っていた。

肩で息をしながらも背筋を伸ばし、冷静に指示を飛ばす彼は、まさに戦場の核だった。

誰もが混乱に呑まれる中、ただ一人、戦況を読み、力を振るい、物事を収束へ導ける者。

つまり、“指揮官”であり“切り札”であり、そして――“化け物”だ。


わたしはかつて、彼を無能とまで言い切った。


口数の少ない男。

前線にも出ず、指令室に籠もりがちで、我々の声に耳を貸さないように見えた。

彼の存在意義が理解できず、苛立ちさえ覚えていた。


だが今は違う。


彼は独りで戦場を覆し、崩れた守りを即座に建て直した。

わずか数刻で壁が再建され、魔物は再び押し返された。

指揮系統が混乱しかけていた兵たちにも、彼は正確かつ迅速に命令を与え、見事に収束させた。


まさしく、全体を“視ている”者の采配だった。


今さらながら、彼が一人で指令室にいた意味が分かった。

独力でこなせるからこそ、最低限の言葉を交わすのみでよかったのだ。

誰かを頼らずとも、彼は任務を遂行できる。

そういう人間だったのだ。


なるほど。

だから彼は“司令官”なのだ。


指揮官が誰よりも強く、誰よりも冷静で、誰よりも全体を把握していなければこの場は維持できない。

今日それを、身をもって知らされた。


……わたしは彼に謝罪しなければならない。

いや、正確には勝手な不満を抱いていた己を恥じなければならない。


強者とは、口数少なくとも響く者だ。

統べる者とは、信を得ずとも、結果で示す者だ。


あの背に――わたしは、今日、初めて畏敬の念を抱いた。


そんな一日だった。



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