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8日目:壊れた英雄と、修理人


生物には、「死んでいない」ことと「生きている」ことの間に、厄介な中間地点がある。

少年は今そこにいる。

ドアを開けても彼はこちらを見ない。

布団にくるまり、壁に顔を向けたまま、まるで保温保存された心臓のようだった。

まだ動いているが、移植先が見つからなければ、やがて腐る。


食べかけのパンと、半分ほど減ったスープ。

胃袋が機能しているという意味では合格。

だが、それは思考力とは別の話だ。

本能で生きている生物に、未来という概念はない。


わたしは「包帯を巻き直す」と言った。

言い訳にはちょうどいい言葉だ。

布団をはぎ取る正当な理由としては、かなりの高得点だろう。

だが実際には、彼の殻を破ることをわたしは望んでいたのかもしれない。

その内側が空洞だったら、それはそれで話が早い。

修理ではなく、交換で済む。


彼の体にはまだ戦場で刻まれた裂傷が残っていた。

死ぬほどではない。

だが、痛みには死以上の意味があることもある。

泣きもしなかった。

目を見開いたまま、小さな呼吸だけを繰り返していた。


包帯を巻き終える頃、ノックの音。

音がした瞬間、少年の背がほんの少しだけ震えた。

音というものは、心の扉を叩くこともあるらしい。


扉の外にいたのは、例の兵士。

彼は約束を果たしに来た。

人間は約束と期待によって壊れるか、動き出すかする。


わたしは黙って部屋の隅に腰を下ろした。

男は少年のそばに座り、一方的に喋り出す。

世間話、兵舎での出来事、昔の失敗談、街の噂、誰かの愚痴。

興味深くもなければ、特に役にも立たない話の連続だった。


だが──少年は、ほんの少しだけ顔を上げた。

それを見てわたしは部屋を出た。

干渉は最小限に、観察は最大限に。


小一時間ほど時間を潰し戻ってみると、状況は変わっていた。

少年が椅子に座っていた。

彼が話していたかは定かではないが、少なくとも、話を聞く顔をしていた。

男の口調はやや軽くなり、言葉の端々に「希望」という名の甘味料が混じり始めていた。


この世界には「治癒」という魔法がある。

だが実際には、人間の傷は時間と、鈍感と、誰かの無遠慮な声によってしか癒えない。



男は、少年にとっての修理人になったようだ。

使い捨てかもしれない。

だが、今はそれで十分だ。



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