6日目:神の間、魔の床、血の祭壇
神殿というものは不思議な建物だ。
外から見れば壮麗で神聖、中に入ればどこか冷え切っていて、人間よりも空気の方が主だとわかる。
今日訪れた神殿は、その傾向がより顕著だった。
冷たさがある。
冷気ではなく、「何かが死んだあとに残る沈黙」だ。
信仰心では浄化できない種類の気配。
魔物のしわざだろう。
入ってすぐに気づいたのは、空気の密度が違うことだった。
まるで水の中に足を踏み入れるような、抵抗のある空間。
外界の空気は通じず、もう別の世界だった。
目に見える瘴気はなかったが、吐く息が少し重く感じた。
少年は先に立ち、剣を構えて進んだ。
恐怖を押し込めているのがわかる。
まだ“怖がっていい”年齢なのだと、改めて思った。
神殿内部はすでに魔物の住処となっていた。
腐食した柱、逆さ吊りの聖具、床に染みた黒い液体──そして、徘徊する獣。
鳥のような骨格をした二足歩行の魔物がいた。
こちらに気づくと、鋭い声をあげて飛びかかってきた。
戦闘開始。
少年は一体を斬った。
もう一体は避け損ねて、肩口に爪を受けた。
悲鳴は上げなかったが、吐息に濁音が混じった。
進み続ける。
神殿の最奥、祭壇へと辿り着く。
そこには、異形がいた。
体長は少年と同じくらい。
四つん這いの姿勢。
皮膚は黒く、赤く、内側から煮えたぎっていた。
眼球がなく、口だけが存在している。
笑っているように見えた。
人の姿を模しているようで、どこか「模写に失敗した人形」のようだった。
少年は挑んだ。
結果から言えば、敗北した。
斬りかかるが、動きに対応できず逆に弾き飛ばされた。
彼は腕を打ち、動けなくなった。
魔物が跳躍し彼に爪を突き立てようとする──
そこで、わたしが出た。
魔物を斬った。
別にわたしは剣士ではないが、殺すくらいはできる。
殺し方は、人間も魔物もさして変わらない。
痛みを与えれば動きが鈍る。
急所を断てば倒れる。
少年は泣いていた。
血を流し、動けず、ただ「ごめんなさい」と繰り返した。
謝罪とは誰のための言葉だろう。
彼のそれは、自分の弱さを誰かのせいにしないための呪文だった。
私は彼を背負い、宿まで戻った。
途中で一度だけ彼が「家に帰りたい」と呟いた。
私は答えなかった。
なぜなら、逃げたいと思えるほどの正気がまだ残っているのは、むしろ良い兆候だからだ。
ベッドに寝かせ、体を拭き、包帯を巻き、湯を飲ませた。
彼はそのまま眠った。
たぶん、悪夢を見ている。
明日は彼が立ち上がれるかを見よう。
立ち上がれる者が「勇者」と呼ばれるのなら、
きっとこの世界の神は、そういう人間しか救わないということだ。
救いとは選別であり、選別とは見殺しである。
この世界に慈悲などない。
ただ条件があるだけだ。
観察を続ける。