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57日目:剣の講義その2

今日は“塔の外”に出るはずだった。

そう、予定では――


だが、そうならなかった。

理由は、魔王の部下の男の一声によるものである。


「剣の稽古をしよう」


冗談かと思ったが、どうやら本気だった。

敵である我々をわざわざ強化してくれるというのだから、奇妙な話である。


火の精霊に事情を聞いてみたところ、あっさりとした答えが返ってきた。


「あいつは強いやつが好きなんだとさ。敵とか味方とか関係なく、才能あるやつ見ると放っとけない性分なんだって」


――なるほど。

つまり“熱血バカ”というやつだ。


というわけで、本日はお休み。

その代わり、少年と火の精霊が並んで魔物と戦うという、変則的な訓練が行われることとなった。



魔物は男が召喚したもの。

塔の中で塔とは別の訓練場が突如発生するなど、もう何も驚かない。


わたしたちは少し離れた岩陰から、それを見守った。

男の指示に、少年は素直に従っている。

顔つきは真剣そのもので、いつのまにか“少年”から“戦士”に変わりつつあることがわかる。

火の精霊もまた、かつての暴れん坊というよりは、競い合う者としての意識が芽生え始めているようだった。


ああ、なるほど――これは“鍛錬”などという体裁を借りた、“対話”なのだ。


戦いの中でしか分かり合えない者たちの、言葉なき会話。

だからこそ、見ているこちらまで妙に黙ってしまう。


途中、暇を持て余していた兵士がせっせと作っていた料理が完成した。

香ばしい肉と野菜の煮込みだ。



戦い終えた三人が、砂埃をまとって戻ってくる。

みな、くたびれた犬のような顔をして、それでもどこか満足げだった。


食事を囲む。

訓練の最中には見せなかった、和やかな表情。

そして、食事の合間も、男は語った。

剣の構え、間合いの取り方、敵の数が多い時の対処、地形の活かし方。

それは単なる「戦い方」ではなく、「生き延びる知恵」だった。


わたしも思わず聞き入っていた。

戦略的な思考というものは、言葉の選び方にも品格が宿る。

この男、やはり只者ではない。


しばらくして、男は立ち上がった。

「帰る」と一言。

あまりに自然すぎて、誰もすぐには反応できなかった。


少年が問う。

「どこへ行くのか」と。


男は微笑んだ。


「魔王のもとへ戻る。そして、次に会うときは、敵同士だ」


その言葉に、少年の背筋がぴんと伸びるのが見えた。

だが、次の瞬間には彼の頭が大きな手でわしわしと撫でられていた。

魔王の部下は、それきり跡形もなく姿を消した。


火の精霊は「ほんと勝手なヤツだよ」と呟いていたが、どこか寂しげでもあった。

あの男のように、人と人の境界線を飛び越えてくる存在は、意外と少ない。



少年の表情は、今日が何かを得た日であることを、誰よりも物語っていた。


たぶん、今日という日は、彼にとって忘れられない日になるのだろう。



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