56日目:烈火
今日、門を抜けた先にあったのはコロシアムだった。
古代の石造り。
天蓋のない天井。
静寂と緊張を孕んだ空間。
そしてその中心に少女と男――
まさしく数日前、少年に剣術をたたき込んだ“初老の剣士”の姿があった。
彼がここにいるということは、今日が“ただの戦闘”ではないということだ。
少女は名乗った。
自らを「火の精霊」だと。
そして、こうも言った。
「このわたしに勝てたら、なんでも一つ願いを叶えてやろう」
随分とわかりやすいご褒美制度である。
とはいえ、我々の顔が一斉に引き締まったのは、隣の男の“正体”を聞かされた後だ。
魔王の部下。
少年の師となった剣士は、我々の敵の陣営に属していたというわけである。
ただし彼自身は、「今日は出しゃばらない」と明言した。
この場は、あくまで精霊の舞台らしい。
試練――精霊の力を得るためには、どうやら格闘技イベントに参加しなければならないようだ。
まったく、なんでも娯楽に変えるこの塔の趣味は一貫している。
さて、戦いは当然楽なものではなかった。
火の精霊という少女はその見た目に反して純粋な力の化身だった。
一撃の重さ、踏み込みの速さ、間合いの詰め方――
まるで炎そのもの。
形を持ち、知性を得た暴力。
こちらが一人でもミスをすれば、そこが焼け落ちる。
そんな中、我々が選んだのは“個”ではなく“総”の戦術。
端的に言えば――“誘導と封鎖”。
火の精霊の突進力と前のめりな戦法を逆手に取り、彼女を徐々に水場へ誘い込む。
具体的にはこうだ
•兵士と獣人が左右から攻撃を仕掛け、精霊の前進を誘う
•魔女が後方にバリアの網を張り、精霊の回避ルートを限定する
わたしが幻影で一瞬進行方向を錯覚させ、その隙に水の精霊の力で拘束する
水と火。
勝負の決め手が、属性の優劣であるというのは、なかなか古典的で良い。
結果、火の精霊はその足を水の檻に囚われ、動きを封じられた。
それでも、少女はまだ戦う気だった。
だが、その時。
隣の男――魔王の部下である初老の剣士が、一歩前へ出た。
「負けだ。お前は周りが見えてなさすぎる」
そんなふうに諭されて、少女は渋々と勝負を認めた。
負けを認める顔というのは、年齢を問わず不服そうで可愛い。
そして、報酬の願い。
少年が願ったのは「火の宝珠」だった。
本当は「魔王を倒してくれ」と言いたかったのだろうが、それは事前に却下された。
(それが通るなら、とっくに終わっている)
少女は「ふーん」と気の抜けた声を出しながら、掌から紅蓮の光を生み出す。
それは温かく、眩しく、強い――そんな珠だった。
こうして我々は三つ目の宝珠を得た。
あと一つ。
最後の精霊は、どんな試練を課してくるのか。
願いの代償として、少しずつ削れていくものの重さを、我々はまだ計れていない。




