55日目:写し鏡
今日も転送門をくぐる。
今日の相手はスライム数匹。
アイツらが現れたとき、全員の顔がゆるんだ。
なにせ、あのぐにゃぐにゃの小動物のような魔物はこの塔では比較的“可愛い部類”に入る。
花の魔女に至っては、「あら、今日は楽勝じゃなくて?」などと気楽な声を上げたほどだ。
――が、それも束の間だった。
スライムが蠢き、歪み、形を変えていく。
そして出来上がったのは、我々そのものの姿。
コピー。
しかも、ただの見た目ではない。
彼らは我々の武器、魔法、癖までをも再現していた。
つまり本日の敵は、外敵ではなく己の写し身ということになる。
人は他人には寛容でも、自分には容赦がない。
そういう意味では、今日の戦いは最も“非情”なものだったのかもしれない。
彼らは個としては精巧に模していたが、どうやら連携能力は皆無らしい。
戦術的思考が欠如していたのは、我々にとって唯一の救いだった。
我々は、“個”の強さではなく“集団”としての柔軟性と即興性を武器に戦った。
兵士の男の挑発に獣人の男の機動力を組み合わせる。
魔女の結界と私の幻術を重ねて、敵の意識を惑わせる。
少年が囮となって私の分身を誘い出し、逆に私が後方から叩く。
それぞれの役割を知っているからこそ、できることだった。
皮肉な話だが、敵が我々の形をしていたからこそ、我々自身の“チームとしての成熟度”が測れた気がする。
……いや、それはただの後付けの慰めか。
本音を言えば、少し、嫌な気分だった。
たとえば、私自身を模したスライムの瞳に、何の感情も宿っていなかったこと。
あれは単なる模倣だとわかっていても、己の姿が感情のない器として動くさまは不気味で――
わたしもこんなふうに見えているのだろうか、と一瞬思ってしまった。
少年も、似たようなことを感じていたのかもしれない。
自分のコピーを斬ったあと、彼はしばらくの間、沈黙しながら自分の腹を押さえていた。
この塔は、本当に意地が悪い。
ただ殺すだけでなく、心の揺らぎを引き出す術にも長けている。
そして、今日の終わり際。
我々が再び転送に包まれる直前、少年がぽつりとつぶやいた。
「……精霊の気配がする」
その目は、冗談ではなく本気のものだった。
私が問う間もなく、彼の姿は光の中へ消えていった。
この塔の最上階――あるいはその一歩手前。
何かが、確かに近づいている。




