50日目:噂とダンジョン
朝。
空は晴れ、風は穏やか。
今日もまた、我々は次なる目的地に向けて歩みを進めていた。
少年はというと、歩きながら昨日の出来事──件の謎の初老男性から受けた剣術指導──の復習に余念がない。
素振りの型、足運びの確認、姿勢の見直し。
「熱心なのは良いことだ」とは言うが、木の枝を拾って歩きながら振り回す姿は、遠巻きに見ると奇妙極まりない。
獣人の男が何度か「もうちょっと人目を気にするように」と諭していたが、少年はすっかり“修行モード”に入っていたようで、耳に届いていなかったらしい。
……実に微笑ましい。
周囲の旅人が避けて通っていたことを除けば。
昼前、小さな集落に立ち寄った我々は、少々異質な光景に出くわすこととなる。
人だかり──それも、旅装に武具を携えた連中ばかり。
この集落にギルドの支部があるわけでもない。
ましてや、特産物があるわけでも観光地でもない。
にもかかわらず、この人口密度。
ざわめき。
殺気と興奮が混ざったような空気。
何事かと様子をうかがうと、すぐに理由は判明した。
曰く「近くに塔型のダンジョンが突如現れた」とのこと。
──新たなダンジョンの自然発生。
理論的には有り得ても、実際に発生するのは数十年に一度と言われている現象だ。
「まだ誰も制覇していない」
「何があるかわからない」
「真の遺跡かもしれない」
「宝が眠っているかもしれない」
そんな“かもしれない”に賭ける者たちが、今まさにこの場に集結しているらしい。
彼らにとっては、夢の話なのだろう。
あるいは、悪い病気のようなものかもしれないが。
興味本位で話しかけた傭兵風の男が、こんなことを口にした。
「塔の一番上にはやたら強い女神様がいる。勝てば、何でも願いを叶えてくれるらしいぜ」
噂、である。
根拠も出所も定かではない。
けれど──そう、こういう話に弱いのが少年という生き物である。
「何でも……願いを……!」
そんなことを呟いた時点で、もう流れは決まっていた。
目をきらきらと輝かせながらこちらを振り返る少年。
何かを言い出すよりも早く、隣の兵士の男が静かに肩を叩いて頷いた。
魔女は優しく目を細めて、ポーションの準備に取り掛かる。
獣人の男は少年の背丈を改めて測るように見てから、静かに荷物の調整を始めていた。
──さて。
こうなると、わたしだけが反対する理由もない。
とにかく我々は、塔へと向かうことになった。
新たなダンジョン。
噂の女神。
叶う願い。
突拍子もない話が少年の背中を押した。
それで旅が前に進むのなら、まあ、悪くない。
夢の続きは、塔の中で見ればいい。




