33日目:森の名が変わるとき
木の精霊を助けたことで、一つの節目が訪れたかに見えた。
しかし青年顔には、晴れやかな影が差すことはなかった。
理由は単純である。
精霊は双子だったという。
我々が助けた少女――彼女の片割れの姿が、どこにも見当たらなかった。
問いかけに応じて、少女が静かに語った内容は、耳を疑うものだった。
彼女の姉妹は、魔王の手下を名乗る男に連れ去られたという。
その男は抵抗する少女に木の枝を打ち込み、力が暴走するよう細工を施していたらしい。
あのとき精霊が呻いていたのは、我々の攻撃による反応ではなく、意図的に仕組まれた暴走の副産物だったのだ。
少女はそれ以上のことを多くは語らなかったが、代わりにひとつの遺物を我々に託した。
手のひらに収まるほどの透き通った宝珠の欠片。
双子の精霊がそれぞれ所有していたそれは、二つが揃って初めて本来の力を取り戻すという。
現時点では片割れにすぎず、完全な力を発揮することはできない。
それでもきっと、何かの助けになるはず――少女はそう言い残し、我々に感謝を述べると、屋敷の奥へと姿を消した。
少年は受け取った欠片を両手で包み込み、彼女に向けて言葉を発した。
「必ず、君の姉妹を助け出すから待っていてほしい」と。
少女はそれに静かに頷いた。
屋敷の外に出ると、森は静かに風に揺れていた。
つい先ほどまで我々の耳を惑わせ、足を迷わせていたあの気配は、どこにもなかった。
人を飲み込む「人食い樹海」は、その正体を露わにした今、「信仰の樹海」へと姿を変えつつある。
皮肉なようだが、森に漂っていた異様な空気は、そこに囚われた精霊自身が発していたものだったのだ。
それを呼び起こし、悪意を宿らせたのが誰であれ、残されたのは深い傷跡と、ひとつの祈りだった。
少年は、また歩き出した。
「助ける」と宣言した言葉は、彼の中で新たな目的となって息づいている。
それが誰かに届くかはまだ分からない。
けれど、少なくとも今は、確かにあの時よりも遠くを見据えていた。




