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かき氷

作者: 青色豆乳

 学生の時、私はかき氷屋でバイトをしていました。手動の氷削機ひょうさくきを使うこだわりの店でした。

 店長と私ともう一人バイトのA子ちゃんがいました。A子ちゃんは小柄でかわいい女の子でした。私は、少年とまちがえられることもあるような見た目だったので、彼女のことを少し羨ましく思っていました。

 閉店の時には毎日オーナーがやって来ました。

「切れ味が命だからね。良い状態の刃で削った氷は全然味が違うから」

 オーナーは氷削機をの刃を手入れする時、そう言っていました。人の良さそうな小太りの中年女性でした。店長とは夫婦なんだろうと私はなんとなく思っていました。遅番の時、二人で帰って行くのを見るからでした。


 ある日、店に行くとA子ちゃんはいなくて珍しくオーナーがいました。A子ちゃんは用があって早めに上がったという事でした。

「機械が壊れちゃってねえ」

 オーナーは試しに削ってみたかき氷を私にくれました。赤いシロップがかかっていました。

 その日のかき氷は確かに食感が悪かったです。いつもなら雪のようにふわりと解ける氷が、なんだかざらついていて、上あごと舌にねっとりとへばりついてくるのです。店長はその日は店の隅にずっと立っていて、暗い顔をして何か言いたそうにこちらを見ていました。


 結局、オーナーが納得するかき氷はできず、臨時休業することになり、オーナーと店長はいつものように二人で帰って行きました。最後まで店長は一言も話しませんでした。


 そしてそのまま店は閉店してしまったのです。私は学生だったので、未払いのバイト代を払ってもらう方法など考えず、ぼんやり日々を過ごしていました。


「店長が失踪してしまったんだって」

 教えてくれたのは、しばらくしてたまたま道でばったり会ったA子ちゃんでした。あの最後の日、店長とA子ちゃんが二人で店にいると、オーナーが来て店長と喧嘩になったそうです。


 なんでも店長は昔、バイトの女の子とつきあってしまったことがあるそうで、それから疑心暗鬼になったオーナーは、A子ちゃんと店長の仲も疑っていたというのです。

 二人はバックヤードで口論していて、A子ちゃんは困惑しつつ店番をしていたのですが、しばらくするとオーナーだけが戻ってきて帰るように言ったそうです。


 店長はその喧嘩の後、店を飛び出してそれっきりだそうです。あんなオッサンとつき合うわけないじゃん、とA子ちゃんは憤慨していました。自分の周りでそんな事があったなんて、まったく気が付いていませんでした。


 私はA子ちゃんに、最後に店に行った日に店長がいた話をしました。A子ちゃんは、じゃあ戻ってきたのかな、と首をひねっていました。まあ、男女の間の事だからね、何でもありかもね、とA子ちゃんは童顔に大人っぽい笑みを浮かべました。


 店長は仕事中こっそり私の手とつないできたり、バックヤードで私を抱きしめてきたりということがあって、多分付き合っていたのは私の方だと思います。でもA子ちゃんの話を聞いて、なんだか馬鹿らしくなりました。その時は店長が大人に思えましたが、確かにオッサンです。欲望の発散を、手近の若い女で安く済まそうという厚かましいオッサンでした。


 A子ちゃんは閉店を知って、オーナーにすぐ電話をしたそうです。オーナーは出ませんでしたが、留守電でバイト代のことを聞いたら、振り込まれていたそうです。

 そんなこともあり、私はバイト代のためにオーナーに電話する気になれず、そのままうやむやにしてしまいました。A子ちゃんは大人っぽいのではなく、本当に大人だったのでしょう。


 それだけの話なのですが、今でも時折、あの時のかき氷の味を思い出すことがあります。あの氷の食感は、冷えた脂を口の中に入れた時とそっくりではなかったかと。


 あの赤いシロップは何の果物だったのだろうかと。

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