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0. プロローグ —side.S
思いがけず、すぐ傍で声が聞こえて顔を上げた。
目の前に扉があった。誰かが促すように僕の手を引き、つられて隣を見ると——彼女と目が合った。
「……お嬢さん」
と、僕はつぶやいた。
ふいに周囲の様子が輪郭を持ち始め、物音が聞こえてきた。僕は何度かまばたきをした。
ここは「館」の一郭で、この人は「お嬢さん」だ。それが分かるのは、僕があらかじめそう教わっているからだ……。
「目が覚めたのね」
そう言ってから、お嬢さんは「あなたの部屋よ」と扉を指した。僕はまだ呆然と彼女の顔を見つめていた。
きっと夢だろうと思った。
それまでのことが、全部。
お嬢さんの言う通り、僕はようやく目を覚ました。いま、ここで。……「僕」はそれでよかった。