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カエサルの判断

急にいくつもの問題が発生した。

カエサル自身はキャリアを考えて軍団司令官への立候補を決める。

その合間にもキンナと組んで、民衆派の帰属、民のローマへの帰還事業を行う。

そう思った矢先に、

剣闘士奴隷のスパルタクスが反乱をしたこと

ビティニアの元王女がカエサルの元を訪れてくる

と立て続けの事件が起こる。

カエサルがミリア姫に会ったのはビティニアの王宮で、この黒髪の美女が15歳の時だったが、それから何年もが経ち、今は23歳くらいのはずだった。


エセイオスは、自分の記憶を振り返る。

ローマの近隣諸国や属州の細部にまである程度の情報を持つと自負している。自分なりにミリアがローマの未属とはいえ、元老院議員でもないカエサルを頼ってきた理由を考えた。目の前にいる麗しい年ごろの美女は、同じビティニアの第3王妃であるマリシアの従弟でアレクサンドロス大王の血に連なる高貴な血を継いでいるという男と結婚して、死に別れていたはずだった。そのため現在の身分は王女でもなく、地方の有力者の未亡人という形になる。

ビティニアの北部地方を領地と持つ有力者だったはずだが、旧ビティニア王国はローマに禅譲されたうえで、ポントス王国の侵略で、多くの人が戦火に紛れて逃げている状態である。ビティニアの有力貴族をポントス王が放置するとも思えない。戦火を逃れてイタリア半島にまで逃げてきたというところだろう。ミリアが、カエサルに会いに来た理由を推測して苦々しい顔をした。


痩身の若者は、杯を置き、喉を鳴らして言った。

「旨い。そして趣がある、のど越しに来るお酒ですな。市場に出すとたちまち人気が出ると思います。私が以前にビティニア王宮でお世話になった時も、さまざまな美酒をいただきましたがそれとも趣が違っているように思われます。それにしても素敵な贈り物を頂き、ありがとうございます。」

素直に礼を述べるカエサルに対して、旧ビティニア王国の王女ミリアが頭を優雅にさげる。


「カエサル様にお褒めいただき、ミリアは嬉しく思っております。ビティニアの王宮で、はじめて会ったころから、あなたは常に余裕を持って振る舞われておりました。今も変わられていないのですね。」

そう、ミリアは言ってカエサルに膝を折って頭を下げた。

カエサルはミリアに近寄り、腰に手を当ててミリアを抱き起こす。

「ミリア様、私に頭を下げる必要はありませんよ。王宮でお会いした時のあなたはまだ15歳でしたか。その当時から美しくあられましたが、今や通りすがった男たちが皆振り返るような方になられましたね。そんなミリア様にお会いできて、昔を懐かしむこともできた。それだけでも十分です。」

それだけ言って膝をついていたミリアを立たせて、さらに言う。

「おみやげと昔話だけのために来られたわけではないと思いますが、何かお話はございますか?」

単刀直入に聞くカエサルにミリアは、ローマの属州ビティニアを取り巻く惨状を訴える。国家としてのビティニアを放棄してまで、ローマの属州になったが、ポントス王国の攻勢は収まらない。そして戦場になることで民が非常に苦しんでいることを。ローマの属領になった以上ローマの責任を追及してもよいはずであるが、ミリアはそれでもローマへの非難は一切しなかった。

ただ、ビティニアの海軍を瞬く間に復活させレスボス島を簡単に取り戻した英雄に助けを求めたかったのだ。

「なんとか、ビティニアに兵をもって馳せ参じて頂けないでしょうか?」

カエサルはミリアのまっすぐな瞳を見ながら笑顔を見せた。

「ミリア様、ビティニアについてはご安心ください。元老院一の戦争の天才ルクルス将軍がポントスを討ち、ビティニア属州の平和を回復してくれるでしょう。もし、ルクルス将軍が破れるようなことがあれば、ローマは代わりの将軍を送り出します。そして、私自身がご助力に伺いたいのですが、司令官の資格を持っていないため、たいした兵力をもって参じることはできません。もちろん必要とあらば私兵を募ってでも伺います。ミリア様は少しの間でもローマ市内でお休みを頂きましょう。」

ミリアは何かを言いかけたが、カエサルの言葉に頷くだけだった。

ミリアの付き人の初老の男が顔をあげて、主君が言えない言葉をつなぐ。

「カエサル様、ビティニアについては、すでにローマ領、将軍の活躍に期待しておきます。また、我々のローマ滞在を勧めていただきありがとうございます。もしよろしければ、少しだけ細かなお話をさせていただけないでしょうか?」

エセイオスは付き人が何か主君の前で言えないことを相談したいことだと理解して、

「カエサル、よろしければミリア様はお休みいただいて、今後の宿のことなど細かなことをお付きの人とご相談いたしましょう。」

という。

カエサルは頷いた。


ミリアの付き人の要件は簡単だった。

未亡人となったミリアに再婚先をローマで見つけたい、そのために助力をお願いできないかとの申し出だった。ビティニアもローマ領となったが、王家の威信も今はない。そして戦地にもなっているビティニアに戻るのも憚られる状況だろう。

ビティニアにある領土に戻れるかも不明だ。その間にいたずらに年月を重ねることよりも、ここは思い切ってビティニアを忘れて強大化しつつあるローマの縁を頼るほうがよいという判断いんあったのだろう。カエサルもエセイオスも同じ考えに至った。

互いに一瞬目をあわせるが主従はそれ以上のことはしなかった。

一息ついて、カエサルが話をはじめた。

「私は今、ミリア様を紹介できる高位の知り合いは多くない。少し時間をくれないだろうか?」

「はい、ありがとうございます。すでに婚姻をした後のため、簡単ではないと思いますが、なにとぞよろしくお願いいたします。」

「わかった。結婚をして処女ではない女性であっても、ローマで婚姻をすることは難しいことではない。特に丈夫で、子を作ることができる女性は。失礼を承知で聞くが、ミリア様はお子を授かったことはあるものだろうか?」

「ええ、実はお子がいらっしゃいました。戦乱で離れ離れになったのではございますが。見つけることは困難な状態です。」

カエサルは眉間にしわをよせながらも返事をする。

「なるほど、それは気の毒に。お子様がご無事に見つかることをウェヌス神にも祈りを捧げておこう。」と言って少しの間、目を閉じた。それから、

「お子さまのこともさることながら、ミリア様ご自身の立場を確立するのが良いと思うね。良い相手がいないか、私のできるかぎりで探してみよう。それから、よければお子さまの情報も教えてもらえれば、知人にあてて可能な範囲で動いて見よう。」

付き人はカエサルに深々と頭を下げて礼を言う。ミリアは当面広くはないがカエサルの家に滞在することになった。

カエサルは付き人との話がついたとして、付き人に連れられて戻ってきたミリアと再び話をする。

「私は、来月に開催される軍団司令官に立候補してローマの軍団を指揮する立場になる予定です。ミリア様には奇妙に見えるかもしれませんが、ローマは市民の承認を必要とする国家のためです。そこで晴れて指揮官になりましたらミリア様の助力ができるような実力を高めて行きたいと思います。当面はルクルス将軍の活躍を私とともに祈っていただきたい。また、私の知古を頼って住まいを探されることも良いと思われるので、棲み処が決定するまでのしばしの間、我が家に滞在してください。」

そういうカエサルにミリアは深く礼をしてしたがった。


カエサルにしても、本当は自分自身が軍を率いて勝手知ったるビティニアに駆け出していきたかった。ビティニアの南にはエフェソスもあり、カエサルの大事な友人たちが居を構えているのだ。

ロードス島に留学していたときも何度かエフェソスやアシア地方には行っていたこともあり、共に闘った仲間たちがいるアシア属州の州都で豊かな交易都市エフェソスもある。エフェソスで過ごした日々もあり思い入れは強くなっていた。仲間たちは軍務や商売などで少しずつ名を上げてきている。彼らのためにも何かしたかった。

しかし、今の自分にできることは傭兵を集めていくことくらいであって、戦争をしてもゲリア戦をひたすら行うことで敵の疲弊を待つしかない。それに、ローマの元老院はすでに対抗措置を決定している。戦上手として知られたルクルス将軍が4個軍団以上を率いて行くことが決まっているのだ。ルクルスが負けるようなことがあれば、同じくらいに優れているポンペイオスがヒスパニア戦役に遠征に行っているため、次に出す将軍はないといえるほどに戦上手でありスッラの信任を得ていた。


ここで一旦ビティニアから頭を切り替えたカエサルは全員を部屋からだした。ザハはミリア姫の元にいき、エセイオスだけがその場に残った。

「ビティニアには行かないんですね。」

そう問いかける中年の男に対して

「ああ、行きたいが、できることには限りがあるからね。」

「意外でした。ちょっとは行きたいと考えるのかと思っていました。」と素直に受け取る。

「ビティニアはミリア姫に言ったとおり、ルクルス将軍の活躍次第だね。私が行って現地の仲間たちとポントス王国の裏を攪乱することはできるだろう。もしかしたら、旧ビティニアの兵を糾合してポントスから国土回復をさせることもできるかもしれない。だが、そうするとローマの顔を潰すことにもなってしまうだろう。ローマがルクルス将軍を出して治安回復に乗り出した以上、私が抵抗組織を作って戦うと、民衆派の反乱などと受け止められないからね。今回は何もしないでおくよ。」

そうビティニアの元王女の申し出を受けなかったことを自分に言い聞かせるように言った。

「あとは時間の問題だよね。ビティニアまで行って帰って来るのに最低でも半年はかかるとすると、他のやるべきことができない。スパルタクスと軍団司令官立候補の2つだ。軍団司令官は次回になってもいいと思うんだけど、スパルタクスには至急会いにいこうと思う。」

「そうまでして、彼に会いたいのですか?」

「ああ、奴隷の反乱は死刑だろ。彼らは命がけで戦うか逃げるかの2択しかない。スパルタクスはまじめだからね、戦うほうを選ぶのかもしれない。私としては命があれば何でもできるから逃げて欲しいと思うのさ。」

「なぜ彼が戦うと思うのですか?」とエセイオスはすかさず質問をした。

「剣闘士が逃亡するなら、何も集団にならずに逃げればいいだろう。それが集団で居続けているんだ。戦う意思を持っているに違いない。本人が戦いたいと思っているかは別だけどね。」

「そうですね。しかし、南ローマからトラキアやガリアに逃げるのには少し心細かったのかもしれませんよ。どちらにせよ、ローマは治安回復のために軍勢を出す段階になったみたいですが。」

カエサルは身体を起き上がらせて、エセイオスに質問した。

「へえ、誰が行くのか分かっているのかな。」

「前法務官のクラウディウス・グラベルがいくそうです。」

「グラベル?知らないけどクラウディウス一門の出身か。どれくらいの兵力で行くのかな?」

「さて細かいところはわかっていませんが、盗賊退治ということなので、5個大隊3,000人程度ってとこですかね。」

「そうか、先端が開かれると話すこともできなくなるだろう。なんとか先回りしてスパルタクスに会おう。カプアだったら馬を走らせれば1カ月以内でローマに戻ってくることも可能だろう。」


カエサルは軍団司令官に立候補するため、下準備をしっかりと行った。またキンナにも所要で1月ほど離れることを伝えて、プブリヌスにキンナの帰国事業のサポートを任せてダイン、ジジ、エセイオスの4人を連れて南部カプアへ向かった。

ビティニアの件は、自分の手に余ると判断したカエサルは

スパルタクスに会いに一路カプアに向かった。

久しぶりの再会で、2人は話し合うことができるのだろうか?

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