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ビティニアの元王女

カエサルの情報部のエセイオスからもたらされた情報は

カエサルには看過しえない問題だった。

そしらさらなる客が訪れる。

痩身の若者は、椅子に座り色の薄い酒を口にして、表情を歪める。

杯には飾り付けがされた立派なものだった。


カエサルの情報部、とカエサル自身が名付けた数人だけの小さな組織は、3年ほど前にカエサルが情報収集のプロ、エセイオスを中心につくりあげたものだった。その情報部は古いインスラの三階以上を変わらず使っていた。そんなに広くもないなかで、若者の周りには、周りに数人の男たち、そして若い女性、初老の女性がたって固唾をのんで見守っている。


酒の味を堪能している場合ではない。

そう思っているのは、「カエサルの情報部」をとりまとめる薄汚れた格好のチェニカを着て日焼けした肌は行商か農民に見える中年の男はエセイオスと言った。そしてカエサルに忠実な従者たちであるダインやジジもエセイオスと同じ気持ちだった。

若い女性と初老の女性は、若い家主が自分たちの持ってきた酒を楽しんでいるのを感じて、うれしそうにしている。

しかし、カエサルをよく知る他の者たちは、冷ややかな感じで

「カエサルは本気で酒の味を楽しんでいるに違いないが、今はそれどころではない。いろいろ検討すべきことが詰まっている。」そう思っていた。


眉間に皺を寄せて、酒を味わっているふうの若者がどんなことを考えているのだろうか。


小一時間も経たない前に、エセイオスは帰りがけのカエサルを見つけ、合流するなり、驚きの事実を告げた。

3年前ほどにカエサルが弁護士として身をたてようとして元老院の大物たちと争った時に仲間となった奴隷剣闘士スパルタクスが、南部の都市カプアから仲間を引き連れて脱走し、盗賊になって山に籠ったという。スパルタクスとカエサルはうまがあう部分も多かった。そのため、カエサルはスパルタクスの説得に向かうか、なにかしら接点をもとうとするかもしれないとエセイオスは考えていた。

エセイオスの話を聞くと、さすがにカエサルも驚きを隠せなかった。

「スパルタクスはローマでうまくやっていけなかったのか?」

「どうも、ローマにいたときのご主人が事業に失敗したとかで、他に売られてしまったみたいです。」

「そうか。それは運がなかったのかもしれないな。」

座った椅子に身体を預けて悲しそうな表情になる。

「ええ、そうかもしれないし、そうでないかもしれません。」

「どういうことだい?」

エセイオスのひっかかる言い方が気になり即座に聞き返した。

「あなたの訴訟にスパルタクスは一役買って出ましたよね。相手は最高権力者、ドラベッラ。ローマを去ったあと、訴訟で露になったドラベッラの態度はローマ市民と元老院派の良識派の反発を買い、権力をかなり失いました。それが良識派のなかのアウレリウス・コッタの執政官就任にも繋がったのですが、腹の虫が収まらないのはドラベッラの回りのものたちです。とはいえ、コッタの身内でもあるあなたの家に手出しはできない。実の妹のアウレリア様もいらっしゃる。となると嫌がらせでユリウス・カエサルのつながりがある身分の低いほうにいった可能性があります。しかし、アッティクスたち騎士階級の者たちに手を出すとやっかいなことになった経験もあるから、もっと手を出せそうなところに言った、可能性はあります。」

「エセイオス。知っていることを全て言ってくれ。」

「推測も含みますがよいでしょうか?」

「ああ、それでいい。」

「ドラベッラ派の護民官が、ローマの治安悪化を改善するためのヴィシウス法を起案しました。これはローマの治安が悪化していることを受けて、その原因の一つとして奴隷剣闘士たちが自由行動をしている現状にあるとしたものです。」

「荒くれの剣闘士たちが問題を起こすことはあるが、それは奴隷に限ったことではないだろう。」

「まあ、そうなんですけどね、その法律が通り、そのあとでスパルタクスの所属していたところの剣闘士たちたちが今まで通りに街で飲んで騒いで捕まったんです。そこで、別の事業もたまたまうまくいかなくなっていた主人が廃業を決定して剣闘士たちをカプアの者に売ったそうです。」

「そうか。」

「あなたが悪いわけではないが、影響を与えている可能性もあるのが、私の調べた感想です。」

「スパルタクスには恩義があるからな。さて」

言葉を区切りカエサルは椅子に身体を預けて、思案をした。

カプアで反乱を起こしたというスバルタクスに対してできることがあるだろうか?

考えを目ずらせながら、エセイオスに言う。

「私は今度の軍団司令官職に立候補しようと思っているんだ。」

「ええ、伺っています。軍団司令官になると600人単位の部隊を指揮する指揮権がローマより渡されるんですよね。」

「ああ、そして今までのように個人的な繋がりでの幕僚ではなく、正式な上級士官として働くことができる。」

「ええ。これでローマの栄誉あるコース(クルスス・ホムルル)への階段を手繰り寄せられますね。」

「ああ、そうなんだよ。だから今年の軍団司令官職の立候補は是が非でも勝ち上がらなくてはいけない。」

「今年は立候補と投票まで、あと1ヶ月後ですかね。ではそのあとにスパルタクスに会いに行きますか?」

エセイオスの質問に、カエサルが口を開いたその時だった。


扉を駆け上がる音が聞こえて、静かに開かれた。

そこには、すっかり密偵の仕事が身に付いた天才肌の少年ザハが、数人の人を連れてきた。

カエサルは目配せでエセイオスに今の話は一旦終わりだとした。

それから

「これは、ザハ久しぶりだね、成長したな。そして、そちらの方は?」

「カエサル、ご無沙汰しています。会わないうちに私もいろいろと学ばせてもらいました。ありがとうございます。」

さっと挨拶をして、ザハは続けざまに、連れを紹介する。

「こちらは旧ビティニア王国の元王女殿下でミリア様です。エフェソスで情報収集をして帰ってくる途中で、お会いしたものです。事情を伺い、カエサルに会わせたほうがよいと考えお連れしました。」


国際事情にも鋭敏なエセイオスは、その名前を聞き考えを巡らせた。旧ビティニア王国は国王の申し出により国土はローマに譲渡され近年になってローマの州となったはずだ。しかし、弱体化した王国は隣国であるポントス王国から狙われ続けていた。前属州総督のアウレリウス・コッタが属州ビティニアを攻め入るポントス王国軍に敗退して、ビティニア領の半分ほどはポントス王国に奪われている状態だった。現在、ローマの元老院が対抗策を協議して確か軍を派遣することが決定したはず。このタイミングでの元王女が私人であるカエサルに会いに来たとすると昔なじみとして助力を乞いにきたか、さらに難しいことにビティニア再独立の戦争に担ぎ上げる相談をするに違いない。しかもさきほどエセイオス自身がカエサルに伝えたスパルタクスの反乱の話も喫緊の課題になっている。その舞台はイタリア半島南で、ザハが持ち込んできた話はイタリアから遠く離れたボスポラス海峡のさらに先の地域の話なのだ。

さらにカエサルとしてはローマでの地がためのため、軍団司令官職への立候補も考えている段階のため、身はローマに置いておきたいはずだ。

そう考えると、カエサルのとるべき道は、心情は別にしてもローマに当面いるためにも、両方を断らざるを得なくなるだろう。

とはいえいままでもさんざんエセイオスの読みをうらぎってきたカエサルだ。どう答えるかに注目した。

スパルタクスの件、ビティニアの件

自分が立候補しりょうとしている軍団司令官職

カエサルは何を選ぶのだろう。

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