ポンペイオスの憂鬱
凱旋したはずのローマでポンペイオスと元老院の主導権争いが行われる。
そんななかでカエサルはポンペイオスに近づきつつあった。
結局、元老院がポンペイオスに譲歩する形で、ポンペイオスのローマへの帰還は実現した。
陣からなかなか出てカピトリーノの丘に来ないポンペイオスに対して、ポンペイオスとともにヒスパニアで戦った2つ名”慈悲”のメテウス・ピウスを先頭にして2人の執政官、多くの元老院議員が訪問してポンペイオスの前に立つことで体裁を整えつつ、ポンペイオスの前に頭を下げて若き凱旋将軍を持ち上げることで、ポンペイオスはやっと重い腰をあげて評議会場に赴いた。
ポンペイオスが迎え入れられる前の間、ローマの城壁前に居座るポンペイオスの軍勢がいるだけで商人は萎縮し、子供たちはは若い将軍を誇り、過去の戦争を知る世代は苦々しい気持ちになっていった。そして元老院の議員たちもあることないこと騒ぎ立てる始末だった。
殺伐とした雰囲気がローマの城壁のすぐ横にあったのだ。
やっと元老院がへりくだる形を見せたことで兵士たちも自分たちが認められたと感じて、殺伐とした雰囲気は収ま。
ポンペイオスは、自分が成したことをそれなりに認めて貰えていると感じて、街頭の市民たちの声援に答えながらゆっくりとカピトリーノの丘に登っていった。
「それでは、反乱軍を一掃したのは、御身の軍団である。そういうことでしょうか?」
「ええ、そうです。我が軍勢の攻撃で反乱軍は潰えたのです。」
聞き取りを行う監察官は、聞き返す以上のことはできなかった。
ポンペイオスの機嫌を損なわないように、それでいて揚げ足を取る要素を見つけるために、任地となったヒスパニアの平定、そして帰還する際に行った反乱軍の鎮圧について確認を行っていたところだ。
ポンペイオスはユピテル神を中心とした神々に誓っている。
疑うこともできない。
実体としてはクラッススの軍団が撃破した逃走する部隊を叩いたはずだが、ポンペイオスの言葉を翻して彼の機嫌を損ねることもできず、クラッスス軍が急ぎ戻ってきているなかでクラッススの名を出すことも避けたかった。
「度々のローマのための戦いに感謝いたします。」
ポンペイオスは監察官の緊張した動きをゆっくりと見て言った。
「私はローマのため、見も心も捧げております。」
執政官と一部の元老院議員との面談を逐えたポンペイオスは、思った以上に自分が歓迎されていないことを感じて、少し苛立ちを感じていた。
では、自分たちでやってみろ
そう叫びたかった。
総司令官として、すぐに軍勢を率いてヒスパニアに船を使って行っていたら我々は簡単に困窮していただろう。ローマの執政官たちの視野の狭さに辟易した思いだった。
彼らは自分を直接的に責めはしなかったが、ポンペイオスがすぐに兵を率いてヒスパニアにいかずガリア属州を回って道を切り開いたこと、現地から支援金の追加を元老院に依頼したこと、兵士たちへの追加食糧の配布など、すべての自分の施策を確認してきたのだ。
すべて、戦争のために必要なことだったのだ。それを味方のはずの元老院が疑うのか?
ポンペイオスの中で、元老院への疑心暗鬼が芽生える。
確かにルビコン川を越えたことは物事の順序を守りたがる長老たちには不快に思っただろう。
特に年長者であるメテウス・ピウスが軍が解散したのにポンペイオスは解散しなかったのだから、強硬な保守派は不満に思っているの違いない。
だが、私はお前たち凡夫とは違う。
軍を率いて戦えばすぐに証明できるのに。
ローマで悠々と過ごしている無能な者たちが居座っていることまでは我慢できたが、その彼らが自分の業績にケチをつけることは許せなかった。
そして、弁論の場で思った通りに口が動かない我が身のふがいなさか、それとも妬まれ続けるのは英雄の証なのか?
どちらにせよこの茶番をのりきり、私自身がもっと政治でも他を圧倒する力が必要だ。
そのようなことを考えてカピトリーノに出た。
元老院の者たちもポンペイオスを追って話をする議員は誰もいない。
必要な話はしてあるからだが、自分にへりくだることをよしとしていないのだろう。
だが、私はお前たちではできないことができるのだ。
そう思って来年の執政官の地位を自分に空けるようにいった。
執政官たちは、法を盾にすぐにうんとは言わなかったが、すぐにうんと言わせて見せよう。
そう思いながらポンペイオスは従者を従えて来たときとは反対に苛立ちを覚えながら丘を下り始めた。
丘のしたのほうに見覚えのある1人の痩身の男が立っているのがみえた。
ポンペイオスたちが通るのを待ち構えて正面に立った男の名はユリウス・カエサルと言った。
ポンペイオスは一人、自分の前に立つ若者を見た。
すると、うやうやしいお辞儀をして、若者は、
「偉大なるポンペイオス、おひさしぶりです。」
そう言って笑いかけてきた。
そういえば、初めてあった時はもう10年以上前かな。
君がスッラ様の申し出を蹴ったという話を聞いて興味をもって私が君と話をしたくて城門の前で待っていたな。
今は軍団司令官までなったか。名門貴族のきみだ、元老院に入ることも難しくないだろう。
それに比べて私は何をやっているのだろうな。
気が大きくなって、あの烏合の集が私の足を引っ張るんだよ。
愚痴っぽくしゃべる若き将軍の素顔を見てカエサルは好感を覚えつつ聞き返した。
「どういうことでしょうか?」
「いや、実はー」
ポンペイオスは話しやすかったのか身内過ぎず、元老院側と思えない痩身の若者に状況を伝えた。
痩身の若者はカピトリーノの丘から見渡せる街を見ながら、
「あなたは執政官になるべきだと思います。執政官は我々の中ではゴールではありません。そのあと、ローマの安泰のために動き続けることこそが真の守護者だと思うのです。あなたは特別だ。」
ポンペイオスは真剣な顔でカエサルを見た。
「私は特別。」
そう口で繰り返した。
「ああ、そうだとも。私は特別だ。ローマを守る守護者にして、アレクサンドロス大王に比肩しうる唯一の男になるだろう。」
そう空を見上げて宣言した。
それから、カエサルに向き直って
「カエサル。君は私の味方か?」
瘦身の若者は、真剣な表情で若き将軍を見ながら言う。
「ええ、ウェヌスの神祇官ユリウス・カエサルはあなたの味方です。」
眼を合わせてうなずくポンペイオスを見ながら、神妙な面持ちで話し続けた。
「そして神のお告げを伝えましょう。私が夢を見たのはあなたにこの事を伝えるためだったのだと思います。ポンペイオス。あなたはこの後、あなた自身よりも心の汚れた男と共に共和国ローマのために歩むことが、あなた自身を、今のローマの問題を解決してくれることになるでしょう。」
「待ってくれ、それはどう言ったことだ。」
「私にも細かくは解りません。私は幼いときより少年神祇官として、そして今や神祇官として神殿に祈りを捧げることがあります。過去にも神のお告げのようなことがありました。その時は私が戦争に初めて参加したときのことでしたが、それからもごく稀にお告げを受けることがあります。」
ポンペイオスにもカエサルが真剣に言っていること。そして、細かくはわからない、ということを理解することができた。うなずきながら言葉を発する。
「そうか、それは不思議なことだな。それでは、私はその言葉を少し気にしておくことにしよう。」
「ええ、そうして貰えると嬉しいです。」
「今日は君と話ができて良かったよ。また会おうカエサル。」
「また会いましょう、ポンペイオス。」
互いに笑顔で別れた。
ポンペイオスに接点を持てたカエサルは、
次の一手を打ち始める。
クラッススがローマに戻るまでもうあまり時間はないだろう。




