民衆派帰還活動
キロからの話をもとに、カエサルはキンナと関わろうとする。
新しい出会いは何をもらたしてくるのだろうか。
翌日からカエサルに会いに来る人たちが多かったため、なかなかキンナの家に訪問できなかったが、3日ほど経過してキンナの家に行くことができた。
「よく来てくれました。カエサル殿。」
少し線の細い面長な顔の青年は、カエサル家の当主の訪問を喜んで迎え入れた。若いキンナはカエサルよりも少しだけ年上だったが、父でありカエサルの義父であるキンナと比べて実直な性格のようで、真面目な彼はカエサルのおしゃれな服装の1つ1つに感銘を受けながら、自分は民衆派として処断された人たちを戻すことに全力を尽くしたいという。そして、カエサルのようにオシャレで一目置かれる人材になりたいとおもっていた。
民衆から服を褒められることは慣れているカエサルだったが、貴族でもあり、年上のキンナから服を本気で褒められると悪い気はしなかった。
気をよくしたカエサルは、キンナに勧められるままに家の奥に入り歓迎を受けることになる。
いくつかの食事と葡萄酒を持って来させたキンナは、椅子に座って熱弁を振るう。
キンナの同名の父はスッラを裏切って民衆派に回った人物であるため、カエサル以上に目の仇にされていた。息子のキンナがコルネリウス組の追跡をふりきって生き延びられたというのは非常に幸運だというのが実状だろう。しかし、そういった愚痴や苦労話を聞かされることもなく、キンナは民衆派の市民の帰国事業についての自分の想いを語り始めた。
本気でやろうという気持ちを感じたカエサルは、素晴らしい話として協力を申し出た。
「キンナ、私たちの世代では、分断された市民が落ち着いてゆっくり内戦の傷を癒すことが重要だと思う。君もローマから逃げざるを得なかった人たちの支援をしようと思っているのなら、私と一緒に事業として市民の帰国事業を行わないか?」
すると、キンナはカエサルの手をとって喜んだ。
「カエサル殿もですか。いやあ、それは心強い。私は・・・」
キンナが自分の構想を話しだした。そこから細かな話になっていくとカエサルの顔が最初は笑いながら聞いていたのが、どんどん真剣に、少し眉をひそめるような感じになっていった。
「どうしたんだい、カエサル殿?」
自分の構想を話すことに夢中だったキンナも、カエサルが考え込んでいるのがわかり質問してきた。
カエサルは眉をしかめながら言う。
「全体構想は悪くないと思うよ、キンナ。ただ、一つ一つの行動を決めていく必要があるな。それから私のことは殿をつけなくてカエサルで良いよ。」
キンナは名前の申し出に頷きながら、感謝を伝えた。そもそも年上のキンナに対して最初に呼び捨てにしだしたのはカエサルのほうなのだが。
その後も話は進むが、具体的な構想について話がおよぶとキンナは、
「そのあたりはこれから考えようと思っているんだ。」
キンナの着想は悪くないが、具体性に欠けた夢物語のようなものだった。カエサルはキンナと話し合いながら実際にどのようにしていくかを検討する。
キンナはどこかにいる民衆派にローマの法が変わり、民衆派も差別されなくなったことを伝えてローマへの帰還をさせる。そこへ金銭的な支援、場所の提供を行うと言うものだ。その方法は今から考えるという。
カエサルはキンナの意見は、誰でもちょっと考えれば出そうな案だ、等の皮肉は言わなかった。その代わり、自分とキンナの知り合いや動いてくれそうな人を整理して各地方でローマへの帰還を希望する人たちを具体的にローマに戻ってくる方法までを整理する。
例えば、カエサルの友人でやり手の商人であるアッティクスに依頼して、イタリア南部の要衝ターラントの商人に連絡をしてもらう。ターラントには何人かの騎士階級が争っているはずだから、誰かに話をもっていけば話は通るだろう、とカエサルは言った。また、ローマ市内の弁護士については、絶賛売り出し中の弁護士であるキケロに話をもっていってはどうだろうか、とまたカエサルは言った。
「キケロというロスキウスの弁護をしたマルクス・トゥッリウス・キケロのことかな?」
「ああ、そうだよ。」
「それはすごい、彼と知り合いなのかい?」
「いや、知らない。ただ話を聞いていると面白そうな男だからこれから関わりを持っても面白いと思っているんだ。」
「そうか、確かにそういった考え方もあるね。」
カエサルのポジティブなところに感銘を受けながら、2人は構想の細部までの話をしていく。
キンナがカエサルの整理の仕方をみて、
「すごいな、カエサルは。どこでそんなことを習ったんだい。」と素直に感心して呟く。
「どこにも習っていないさ。ただ私たちが願う大きな事業は、構想と共に、軸となる部分は詳細まで固めて置けば、人の動き、ものの動きが見えてくる。そう思ったんだよね。」
「なるほどね。確かに動きが見えてくるよ。」具体化された計画を見てキンナの目は輝いていた。
カエサルが考えた方法は、1つ目は民会でカエサルとキンナが演説をして、市民に多くの情報を流すことだった。民衆派としてローマを逃げざるを得なかった人たちに、法的にも帰還できる条件が揃っていることを宣伝すること。
2つ目は避難した人たちが集まっている地域、特にアドリア海方面、南北街道の主要都市の三拠点に絞って支援事業を開始しようとした。各都市に赴き復帰を希望する人たちと話をしてローマへの道を促すものだ。
3つ目は、先の2つで帰国を検討しているが着のみ着のままで逃げたため生活手段、住居などがないが、終われる前はある程度の資産を持っていた人たちも多い。そこでローマ市内の弁護士に頼んで復帰に合わせた生活の保証と不当な財産の売買を実施されたとして元老院派からの裁判での金銭の獲得ができるまでをパッケージ化させ生活保証をする。弁護士の手配もしておく。
そして、キンナも多くの人も気付かなかったが、これらの事業をすることによるカエサルの狙いは複数あった。
まず、家系的に民衆派と目されているカエサルが、大きく減ったとはいえローマ市内にいる隠れた民衆派支持層に自分たちの存在感をアピールすること。
さらに支持層の増加。ローマから逃れた民衆派を復帰させることで、支持する民衆を増加させること。ローマに復帰できた民衆派の市民は少なくない感謝と支持をカエサルたちにすることになる。
また、地方に散った民衆派と関わることで、独自の情報収集力の構築を目指した「カエサルの情報部」の強化を目指した。
キンナが目を輝かせてカエサルの構想を聞き、自分のやることが明確になったと喜んで二人で祝杯をあげる。互いにすることを決定してカエサルはキンナの家を出た。
キンナとの話し合いが良い流れで進んだことで、カエサルは当面の目的が形になりそうだと、笑顔で帰路につく。帰り道は市内の顔見知りの店に顔を出して、新しい服や食べ物、道具やローマ市内の情報を聞きながら家にゆっくりと足を向けた。通りすがりの商人や市民の何人かがカエサルに気づき挨拶をする。
家に着きかけたところで、他の人と同様にカエサルに挨拶を求めてきたフードを被った中年に目をやると、そこには見知った顔があった。
「カエサル!ちょっとこっちに顔を出してください。」
キンナと共に民衆派の帰還事業を行うことになったカエサルは
自分が主導してさまざまな人と関わっていこうとするが、
その前に、エセイオスから緊急の連絡がはいった。
どのような話だろうか。