プレイボーイ
反乱軍との戦いに自分なりに一区切りをつけたカエサルはローマ市内を闊歩していた。
そんななかでポンペイオスの妻ムチアからお茶の声がかかったのだった。
「美しい。ですがあなたの瞳は本来もっと輝いていらっしゃるように思います。」
顔をこんなにも近くに持ってこられたのは久しぶりだった。
痩身の若者のキレイな顔が近づいて一瞬ドキッとした少女のような少し童顔の眼が大きくて頬が少し丸みを帯びている美女は端正な顔立ちを赤らめて恥じらいを見せる。
名うてのプレイボーイはその表情を見逃さず、「失礼します。」と言って美女のキレイにとかされた髪の毛を優しく巻き上げようとする。
さすがに髪の毛を好きに扱われるのに抵抗を感じたムチアは真っ赤になりながら、
「カエサル様、お止めください。」と小声で言うが、無視されて髪の毛を優しく触られ続けた。
「ああ、こうしたほうがムチア様の表情が引き立てられて素敵ですね。君、鏡を持って来てくれ。」
横にいたムチアの世話をしている女性の奴隷に指示を出し、鏡を持ってきてもらっている間も、カエサルは真剣に、しかし優しくムチアの髪の毛を触り続けた。
「あら、素敵ですね。」
出来上がった髪を見て、奴隷の素直な言葉にムチアは恥ずかしがりながらも笑顔になった。
斬新なねじりあげた髪型はムチアの優し気な頬の線を見せてかわいらしくスッキリと見せていた。
「美しい。自然に笑われている今は輝いていらっしゃいますね。」
プレイボーイの一言でムチアは彼を好きになってしまった。
そういえば、幼く見られがちのムチアは、結婚して大切にしてくれているはずの夫ポンペイオスが、大切にしてくれてはいるものの、本当の自分を見てくれているのか?ということを気にしていた。
良い夫だと思う。
そして、世間的に見てもスッラ派の名将として元老院からも一目置かれている。史上最年少での凱旋式の挙行など伝説的な部分もある。
それ彼の三度目の結婚で、器量が良く家柄も悪くない女性に自分が該当しただけなのでは?
妻という商品の中に自分がほどほどに良かったのでは?
そんなことを思うようになっていた。
優秀な若手の将軍に見合った妻。
そういうのではない。
ムチアという自分を見てくれている人はこの中にどれだけいるのだろうか?
奴隷や身内は自分をみてくれているのか。ポンペイオスの妻であることだけに満足しているのだろうか。
そんなことを思うようになっていた。
ヒスパニア遠征に行って数年。愛している夫からは数カ月に1度手紙も来るが、近況の報告だけである。
そんなことを思い出しながら、心をつままれたようになった今日の若者、カエサルとの出会いだった。
好きになっちゃったかも知れない。
そう少女の気持ちを持ち続ける女性は呟いた。
ムチアとの初めての時間を楽しく過ごしたカエサルは彼女が自分に強い興味と恋心を抱きつつあることを感じていた。
しかし恋心を抱かれることになれていた若者は、その心を踏みにじることも大切にしすぎることはしなかったが、歓迎することもしなかった。ただ自然に2人の時間を楽しんだ。
ムチアは、乙女的な心を強く持っている人だ。繊細で夢見がち。そんな彼女が笑顔になりきれない理由は、夫であるポンペイオスとの関係かもしれない。3度目の結婚となるポンペイオスと初めての結婚のムチアではやはり心持ちが違うのは分かるのだ。
優しく支えてあげよう。そして彼女が好きな絵画と世界にある装飾タイル画の話をしよう、と多才なプレイボーイは思った。
半日以上を費やしたポンペイオス邸の訪問を終え後にしたカエサルに好奇心と不安が入り混じった感じでダインとジジが質問を投げかける。
「どうでしたか?」
「お前たちは質問の才能が無さすぎて答える気にならないな。」
そういって笑って二人の質問を流して次の目的地に歩いていく。
「わかりました。わかりましたから回答くださいよ。」
「ふふ、もっと頑張ってからにしよう。」
完全に従者である2人をもてあそんでいる。
2人をからかいながらカエサルは楽しかった時間を思い出して笑顔になる。
「絶対に楽しかったに違いない。」
主人の笑顔を見てダインがそう言った。
「そうかもしれないね。」と笑うカエサルは笑顔で館を後にした。
ポンペイオスが厳格な主人であり、それに合わせているムチアにとってはカエサルのような男と出会うことはまれであった。それだけに刺激もあったがこの日はそれでいっぱいいっぱいでもあった。
しかし、カエサル本人ははさらにいくつかの貴族宅を訪れてお茶をし、会話を楽しみ、時にはそれ以上に深い仲になった女性と逢瀬を楽しみ、日がどっぷりとくれた頃に酔っぱらいながら家に帰っていった。
ポンペイオスの妻ムチアと素晴らしい時間を過ごし、その後も他の女性たちと楽しい時間を過ごしたカエサル。時代は動きつづけているが、まだ主役はステージにあがっていない。




