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ローマ帰還パーティ

ついにローマに復帰したカエサルはまずは復帰を示すための祝いの席、パーティを行い、復帰したことを関係者に伝える。

その場でカエサルの存在は認めれられていくのだろうか?

痩身の若者は先ほどまで鍛えていた身体を、奴隷の少女に冷えた布でぬぐってもらい、薄い生地のチェニカを自分で着て、トーガを上から重ねる。

襞をキレイにまとめて、鏡にその姿を映し出す。


悪くはない。しかしもっと何かないか。


今日は多くの客を呼んだパーティが行われる。

主役は自分だ。ローマへの復帰を祝う会で、この3年でオシャレさを失ってしまった、とか時代遅れの服になった、と思われたくはなかった。


鏡の前であれこれと考えている主人を、奴隷の少女は笑いながら見ていた。

奴隷に身を落として、どうなるかとおもっていたところをこの家の女主人アウレリアに買われたが、思った以上にやさしく家族の一員として扱われほっとしていたところに、放浪していた家の主人ガイウスが家に帰ってきたのだ。緊張していたら、アウレリア以上に気さくな主人は奴隷を厳しく扱うこともなく、物や牛馬のように扱わず、同じ人として接してくれて、自分にも意見を求めてくるのだった。

「しっかりとまとまって素敵だと思います。」

奴隷の少女は若い痩身の主人に意見を聞かれて素直に答えた。

「ありがとう、だが、もう一工夫ほしいんだよね。」

そういうと主人は再び、鏡の前に戻っていった。

自分のローマ帰還を祝うパーティーの時間が迫ってきていても、ペースを崩さない若い痩身の男は、ガイウス・ユリウス・カエサルというこのパーティの主役である。


まだ奴隷になって日の浅い少女はさすがに時間も気になっていたが主人が真剣に悩んでいるのを見て、気を落ち着かせてマイペースな主人に内心ドキドキしながらも主人の着付けに付き合い続けた。


結局、カエサルが納得した服の着方になったのは、パーティー客がちらほら見えだしてからだった。

奴隷の少女は、自分が満足に主人の着替えも手伝えられず、時間がかかってしまっていることに気になって仕方なかったのだが、主人が全く妥協しないので、泣きそうになりながら手伝いを続けた。やっと終わってほっとした奴隷は逃げるようにそそくさと給仕の手伝いに向かっていった。


夕方が近づいてきて、多くの人がカエサル家を訪れてきて、カエサル家の若い主人に挨拶をしにくる。痩身の若者は笑顔で相好をくずしっぱなしだった。

カエサルは叔父であるマルクス・アウレリウス・コッタが、属州総督として赴任した地で亡くなったため、その代わりにローマの神祇官の役職に就任するためにローマに帰還していた。

放浪していた若い主人がここにきて神祇官となりローマに帰還できたことで、家族もカエサル家をもり立てる縁の深い者たちも、カエサル家を信じてきた支援者(クリエンテス)たちもとりあえずほっとした、というのが本当のところだった。

祝いの宴がはじまり、カエサル家でもかなり奮発した食事を出す。皆が笑顔でカエサルに順に挨拶にきていたが、叔父のコッタの支援者(クリエンテス)であった商人が挨拶に訪れ、

「ガイウス殿はうらやましい。」

大きな声で、カエサルに対して言う。

カエサルは柔和な笑いを浮かべ、商人の話の続きを待った。

「マルクス殿のご尽力にてローマに返り咲くことができたのだからね。民衆派と言われる人たちがローマで生活し投票権や資産を取り戻せるようにしたのは誰だ?マルクス殿だ。ローマの無産市民への食糧配布を復活させたのは誰だ?マルクス殿だ。マルクス殿が尽力した結果、彼は属州で死に、甥っ子のガイウス殿が公職に付くようになったのだ。ガイウス殿にはマルクス殿の想いをしっかりと持ってもらい彼自身の力はこれから発揮して頂きましょう。」

と嫌みっぽく言ってきた。カエサルの支援者たちはその物言いに内心眉を潜めていた。

それでも、不快さを露ほども出さずにカエサルは商人の両手をとり、

「私がローマに戻り復帰することができたのは、叔父であるマルクスの力に他なりません。この恩は私のこれからの活動でお見せしましょう。」そう素直に言うものだから嫌みを言った商人も頷いてしまうしかなかった。

その後も自分の叔父であり前執政官であったマルクス・アウレリウス・コッタの偉大さをカエサル自身が言うので、いつの間にか商人も、この若者は世間の評判と違って見込みがある、と思ってカエサルにがんばって活躍してほしいと激励をしてパーティを楽しむようになっていった。

他の人たちもその商人が馴染んでいくにつれて、ほっとして皆が宴を楽しんだ。目端の利く者は、カエサルがうまく場を治めたことに注目し、若い主人に挨拶に向かっていった。


カエサルがローマに復帰して祝いが行われていたこの日は、カエサルの支援者でもあり仲間でもあるアッティクスたちローマ近郊の騎士階級の者たちも現れていたがコッタ家の者は元老院議員でアウレリウス・コッタの弟が顔を出した程度であり、コッタの部下にになっていたカエサル家の元解放奴隷で兄弟のように育ったキルティウス・エルバミウス、カエサルが付けた愛称キロは結局現れなかった。カエサルにとって久しぶりにキロと話をすることを楽しみにしていたので残念がったが、そんな気持ちを顔に出さず、祝いにきてくれたクリエンテスたちをもてなしした。


カエサルがローマを離れてからの2年半でローマの状況は劇的に変化していた。

スッラとマリウスの抗争により元老院派と民衆派の権力闘争が、ついに元老院議員にも騎士階級にもはては一般の商人や市民にも影響を及ぼすようになってからもう何年も経過していた。

最後に権力を握った元老院派のスッラの徹底的な弾圧により民衆派はほぼ壊滅してスッラは元老院重用の政策を次々と実現。そこから元老院派は完全に権力を握り民衆派を徹底的に弾圧した。民衆派は抵抗する力を失ったが絶望した市民が暴徒になることもあり、ローマ近郊は荒れた状態になっていた。

3年前、時の権力者であったドラベッラに法廷闘争を持ちかけて敗訴したカエサルは前科もあるため、リスクを避けるためロードス島への留学するため首都ローマを後にしていた。


そのカエサルのローマ復帰は叔父のアウレリウス・コッタの影響が大きかった。

ローマを脱したカエサルがロードス島に留学した歳、アウレリウス・コッタはローマの最高位である執政官に就任する。

元々、コッタはスッラに心酔はしていたが法の専門家の一族に生まれたコッタは民衆からの期待を一身に背負って争いが続いて分断されたローマ市民の融和政策を実施する。民衆派の弾圧、そして民衆派に属した貴族や平民が永久にローマの政治に関わらなくした法を改正したのだ。民衆派に所属していた貴族たちも元老院への復帰の道が示され、これによって、カエサルも将来的にローマの元老院に入る権利を得ることができるようになる。

コッタはそれ以外にも民衆派を弾圧する際に不当に利益をあげた者に対して、財産を民衆派の家族に返金させることを実施した。元老院派からは反発もあったものの、民衆派と指定されたことで生活を奪われた貴族や騎士階級、平民の怨みを減らし、ローマは以前よりも落ち着きを取り戻すことができた。


ローマ市内の状況の変化は、民衆派の貴族、騎士階級、市民の復帰だったが、カエサルの状況が変わるのはコッタのその後の動きによってである。

ローマ最高の権力者、執政官の任期は1年。コッタはローマ市内の憎しみの連鎖を断ち切るという大師gとをした翌年、執政官の任期が切れたコッタは、属州総督としてビティニアへ赴任していく。

ビティニアとは、カエサルが10代の最期に使者として行った国である。当時、アシア属州の総督ミヌチウスの指示でローマ属領であったが反ローマ的なレスボス島を制圧するためビティニアに支援を求めた。そのビティニアを動かすために使者としてカエサルを送ったのだ。そこでカエサルはビティニア海軍が火事で失われた事を知り、ビティニア軍の失われた海軍を取り戻し、ローマ・ビティニア連合軍はその勢いのままレスボス島を制圧する戦いをしたものだ。

ビティニア王からは、賓客として迎え入れられ、ローマの一貴族からビティニアの王族にならないか、と誘われたがカエサルは断った。その後、王は近隣諸国の圧力にビティニア王国の独立した維持が困難と見て、ローマの庇護下に入ることを決定。元老院も承認して、ローマ属州ビティニアが誕生した。

強国ローマの属州になったが、弱体化したビティニアを狙っていたポントス王ミトリダテスの動きは早く、属州になってすぐにビティニアは侵略を受ける。

カエサルはこのころロードス島での学習に一区切りをつけていて、ことあるごとにアシア属州や、さらに奥にも足をのばして、ローマの支配領域で属州総督の傭兵のような仕事もしていた。



属州総督となったアウレリウス・コッタはビティニア王国の支配地域はローマのものだとして国土回復と軍隊をもって制圧に向かった。しかし、平時の統治能力では素晴らしい力を発揮したコッタであったが、軍事面ではうまくいかずミトリダテスの前にコッタは蹴散らされてしまう。

コッタの危急存亡の時を聞き、カエサルは借金で兵を整えて救援に向かったが間に合わなかった。

戦闘に敗れたコッタが逃げることに成功したと情報を確認して拠点としていたロードス島の家に戻る。

再び、のんびりとした生活に戻るのか、とカエサルが思っていたところに、母からの連絡が到着した。

内容は、逃亡先の地でコッタが急死したこと。ローマからコッタの代わりに神祇官の役職に着くために帰国しろとの連絡だった。

叔父であるコッタには何度も会い、さまざまなこと、ローマの歴史から女性の扱いまで幅広く話をし、お世話にもなっていた。そんな叔父に何も返すことができないまま死なれてしまったことに愕然としつつも、カエサルは早急にローマに帰還することを決定した。

こうして、コッタの影響でカエサルはローマに戻る機会とローマで活躍できる可能性、そして役職を手にしたのだった。


2年以上を過ごしたカエサルのロードス島留学は、最初のころこそ、教授たちとの議論を楽しんでいたが、机の上での議論よりもロードス島外のローマ属州やさらに遠くの地に興味を持って出かけていっていた物語は別の場所で語られるだろう。


多くの貴族階級の若者と同じようにカエサルも血筋、身分による恩恵を受けていた。そして多くの若者は、血筋に感謝して貴族階級を大切にする保守的になっていく。

だが、カエサルは叔父のコッタによる恩恵、貴族だからこそ受ける役職という恩恵を素直に受け入れつつも、強大化し領土も広がったローマには、問題がどんどん蓄積してきていると感じていた。

カエサルは一人、頭のなかで考え続けていた。

「叔父の力で仕事を得るのに、その貴族の仕組みを否定するのは欺瞞ではないか?」

「私が選ばれたから少々暴れても元老院入りする機会をもらえた。その一方で才能あるたくさんの属州の人たちは、都市ローマの意向を伺うことしかできないことは良いことなのか?」

「私が権力を持って改革する権利があるのか?」

「否、今そんなことを考えても仕方ない。先を見つつ、前に進んでいくべきだ。私に改革する力があれば改革をできるだろうし、なければ、生きていくことが精一杯になるだろう。」

一人が考えをまとめて、すました顔で幾つもの疑問を口に出すことはしなかった。

ただ、世界の中心となりつつあるローマの町中では、奴隷の増大、一般市民の没落などが実際に見られ、共和政ローマ最大の長所でもあった市民による投票でさえも実際は金や権力をもった一部の者に握られつつあり、理念は押し潰されつつあった。軍さえも共和政ローマに忠誠を誓っていた市民兵が交代で任務についていの時代から、支配領域の拡大によって拡大して職業軍人化した軍は、ローマではなく指揮官に忠誠を誓うようになり、指揮官の私兵になってしまい、シビリアンコントロールというありようが崩れてきていた。もはやローマに仕える兵士はいなくなってきている現状だった。せっかく発展してきているはずのローマが、分断されバラバラになる気がしていた。カエサル自身は多くの問題を解消し、家族や仲間、エフェソスにできた仲間やロードス島にできた仲間も含めて安心して暮らせるようになるにはどうすればよいか、を常に考えるようになっていた。


カエサル復帰の祝いはいやみな一部の商人や貴族がいたものの、市内にいる多くの友人たちに迎え入れられて平和に終わる。


食事を終えた後、久しぶりのローマで、多くの人に歓迎を受けたことで楽しんだ時間は過ごしたことはすでに過去のものとしてカエサルは自室からこっそりと抜け出した。以前の隠れ家として扱っていた古いインスラの3階に向かった。

旅の間、カエサルに付き従っていたダインとジジ、プブリヌスは付いていこうとしたが、カエサルは古い友人に会うためだから付き添いは要らないと断り一人で夜の町を歩いていく。

果たして、そこには、キルティウス・エルバミウスの姿があった。


パーティが無事終了したその日の夜、カエサルは自分の秘密基地に向かう。

そこには、もしかしたら、と思った人物、キロが待っていた。

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