元老院への連絡
スパルタクスと話がすんだカエサルはいったんローマに戻った。
反乱軍はローマの執政官との戦いを続けている。
カエサルは次を見据えて今後の動きを考えていた。
カエサルがローマを離れて、反乱軍を追いかけて、反乱軍への志願兵として潜入しスパルタクスに会い、再び抜けるということをやっていたのだが、その間、ローマ市民は反乱軍の動向と討伐軍による反乱軍鎮圧の報告を今か今かと待っていた。
スパルタクスの率いる反乱軍の動向も新しい情報はなく、ローマ市内は酒のつまみとばかりに、反乱軍の無秩序ぶりや本当かもわからないうわさ話程度の話でもりあがり、市民も旅人もローマに関わる全ての人たちが真の情報が到着するのを待ちつづけていた。
一部で反乱軍に襲われたという村や町から逃げてきたという行商人などの話が大袈裟に取り上げられてローマ市民がより関心を高めていたある日の夕暮れ、早馬が駆けて元老院のところに到着した。
勝利の報告ではなかった。
何かの情報であろうが、少なくとも勝利ではない様子だった。報告の兵士は市民の好奇の眼を無視するように馬を操り元老院に向かった。
夕暮れが近く、すでに本日の会合を済ませていた元老院は近隣にいた元老院議員だけで集まり兵士の報告を受け、その場にいた議員たちは全会一致で次の情報を待つことに決定した。
静かに何も議員たちは市民に報告はなかった。
戦争は継続中である、とのことだけが伝えられた。
市民たちは新しい情報を待っていたが、元老院議員からのそれ以上の話はなく、元老院からも何も正式な話はないことを訝しみ、いろいろと情報を得ようとしたが誰も何も答えなかった。
市民が静かにあることないことを噂して数日が過ぎた辺りでカエサルたちはローマに帰還した。カエサルの友人たちは痩身の若者が何か情報を持っているんじゃないかと、話を伺いに来たが、カエサルは何も知らないとだけ言った。
反乱軍が近い北側の街道を使ったが自分がいたところは反乱軍は通っていない、とだけ言った。友人たちは残念がったが、カエサルは気にする風もなかった。
それ以外でも市民に新しい情報は寄せられず、市民たちも不満に思いつつも、何も話がでないため、ローマはいつもの生活に戻りつつあった。
たまに反乱軍のうわさ話が出ることはあっても新しい話はなく、皆想像に任せた与太話だけが市内を駆け回った。
さらに半月ほど経過した時に、今度こそ、反乱軍との戦いの報告と思われる早馬が駆けてきた。
早馬は前回と同様に元老院に入った。
どよめきがあるなかで、今度こそ、と思った市民たちの前に元老院からの正式な報告が届く。
執政官の軍隊は反乱軍に破れた、と。
市民たちからは疑問の声があがる。2人の執政官が2つの軍団を持って行った。もうひとつの軍団があるじゃないかと。
すると市民へ報告をした議員は苦々しい顔をして、
「2人の執政官の軍団は両方、撃破された。今後について元老院は議論に入ることとなった。」
そこまで言ってその場を去った。
反乱軍の一軍を撃破したプブリコラの軍はスパルタクスの軍に手も足も出ず負けたと言う。
スパルタクス軍は敵を撃破したら、すぐに体勢を立て直して、挟み撃ちを狙っていたローマ軍に攻めかかり、ローマ軍はスパルタクス軍を前にして再び破れたのだ。
ローマの執政官が、2人とも敗北したという報告に市民の不安が高まった。スパルタクスの率いる軍勢には歴戦の剣闘士奴隷たち、ガリアの大男たち、トラキアの荒々しい戦士たち、ゲルマンの巨大な体躯の蛮族たちの奴隷が加わりローマの兵士たちを吹き飛ばし通りかった街や村は荒らされ男たちは殺され女たちは犯されて壊滅していったという噂が広まった。
元老院議員でも、多くの者は不安がり、このままスパルタクスにローマが蹂躙されるのでは、と恐れたが最古参の者たちは、今こそ、ローマの不屈の精神を持ってスパルタクスとその軍勢を討ち滅ぼすべきだといった。
過去にハンニバルが何年もイタリア国内にいたときもローマとローマの同盟都市は不屈の精神を持って仇敵に相対して、最終的には撃破したのだ。
今、再び、ローマの不屈の精神が問われようとしていた。
しかし、誰がその大役を担うべきなのか?
元執政官、元法務官クラスで、戦場で敵を撃破できるものがいるだろうか?
すでに現役の執政官、法務官がやられているのだ。
元執政官、元法務官である者たちは視線を泳がせ、自分に注意がいかないようにしていた。
しかし、この中から選出するしかないのだ。
動ける実績十分で、スッラの部下として武勇に名を馳せた将軍ルクルス、ポンペイオスを外征に出し、またそれ以外のスッラ体制を維持して戦場経験も豊富な元執政官たちは全員属州統治に行っていた。
元老院議員たちがお互いに、適任者を探しているなかで一人の男が立ち上がった。
「俺が行こう。ローマに巣食う敵をほろぼしてやる。」
立ち上がった大柄な男は、マルクス・リキニウス・クラッススだった。
法務官として任期を果たした商売人は、スッラ旗下で戦勝を重ねた戦歴もあった。
最高の選択ではないが、悪くはない。
元老院のなかの最古参の者たちからその能力に疑問がでた。これを機にクラッススが更なる利益を得るのではないかと。
その心配は当然だった。
クラッススはスッラの黙認のもと、多くの民衆派の元老院議員、騎士階級、市民がローマを逃げる、または反逆者として捕まっていくことを良いことにタダ同然の値段でその家を摂取し、転売して儲けていたのだ。これによってもともと裕福だったクラッススがローマの国家予算以上の資産を手にすることになったという。
それでも、元老院議員たちの中でクラッススに異論を唱えるものもおらず、消極的にせよ満場一致でクラッススを総司令官として反乱軍を鎮圧するように指示が出た。
クラッススは満面の笑みをもって総司令官の職を受けた。
経済を握り、政治も執政官が視野に入ってきた。後自分に必要なものは軍事的な成功のみだったのだ。外征をする場所も減ってきているなかで、ローマのおひざ元で軍事的成功ができるのであればそれはクラッススにとっても願ったりかなったりだった。
通常、総司令官には2個軍団を指揮する権限が与えられているのだが、ローマの、元老院の期待を背負ったクラッスス軍には8個軍団が授けられ、前線経験の豊富な元老院で司令官も複数人加わることが決定した。
ここで負ければ本当に後がなくなってくるため、元老院がローマの威信をかけて人員を準備したのだ。
8個軍団約5万の大軍となると、48人の軍団司令官が参加するのだが、なりたての軍団司令官ユリウス・カエサルは選出されなかった。
法務官クラッススが反乱軍を討伐に行くと言う話がローマ市内を駆け回る。
市民からは、強欲な商人が戦場で剣闘士スパルタクスを相手に戦えるのか、という疑問が出る一方で過去のクラッススがスッラとともに戦った戦歴をもとに、今度こそ反乱軍を倒してくれるに違いない、という意見の両方でもりあがった。
その話を、最近知り合った薬草に詳しい女性の家で珍しい茶を飲みながら耳に入れたカエサルは、特に表情も変えず、笑うこともせずに女性に、「今度こそ、反乱軍を倒せるだろう。」と言い、女性は安心してカエサルに抱きついた。
「反乱軍は剣闘士たちが集まって非常に強いと聞いてますが、商人であるクラッスス様で勝てるのでしょうか?」
「ああ、勝てるさ。私はそう思う。」そうつぶやくにとどめた。
ローマに戻ったカエサルはこのようにローマ市内で隙間があれば女たちの間をわたり遊びまわるか学問の深い友人たちと酒を飲みながら国家を語ったりと自分の時間を楽しみながら費やしていた。
何かを待っているように。
一月も経たずに、クラッスス軍は準備を整えつつあった。敗戦した執政官の軍勢と新設した部隊を集めることで、できるだけ早く軍団の整理をすすめたのだ。
ローマ市内を点在して所在の掴みにくいカエサルにクラッススから呼び出しがかかる。
カエサルはその呼び出しに応じ、クラッスス邸に足を伸ばした。
クラッススから呼び出しを受けたカエサルは
彼と何を話すのだろうか?




