スパルタクスとの再会
スパルタクスは悩みごとを抱えていた。
反乱軍のリーダーで全体を見ることになった好青年は
自分のやりたいことと反乱軍にずれが生じていることを気にしていた。
自分のみのテントに入ったスパルタクスは、上に羽織っていた上着を脱ぎ、薄いシャツだけになった。
それからじぶんのために準備してくれていた、きれいな水の汲まれた桶に手を入れて、頭にかける。
一息ついて、椅子にこしをかけた。
奴隷としてずっと扱われた自分が今や反乱軍のリーダーとして扱われ、手伝いをしてくれる女性が何人もついている。
そしてテントの入口には2人の信頼できる戦士が番をしてくれている。
「偉くなったもんだ。」
いや、トラキアにいた時も部族の長の息子として勇猛さを求められながらも一定の敬意をもって接してもらったいたし世話をしてくれる人たちがいたことを思い出した。それからローマとの戦いに破れて奴隷になったのだった。それでもローマ市内にいたときは悪い待遇ではなかった。信頼を勝ち得てからは奴隷とはいえ自由が一定量認められ、さまざまな人たちと交流し酒をのみ。
今想えば、あの時が一番未来を夢見ていたような気がする。
今は違う。自分自身が皆の操り人形になろうとしているのだ。
反乱軍の主要メンバーから自分が言われているであろうことは想像していた。
「どうせ、イタリアに居座って略奪をし続けよう、というのだろう。」
呟きながら、考える。略奪を続けることは最も楽な手段だがそれは悪手だと思った。
ローマは強大だ。一時的に勝ち続けることはできるだろう。
歴史でいうとカルタゴの伝説的な武将、ハンニバルがローマに攻めてきた時代。最初は一方的だったハンニバルだが、防御に徹したローマに少しずつ疲弊させられて結局、何年も流転したがローマを落とすことも和平を結ぶこともできなかった。一部でカルタゴ側についたローマの都市があったというのに。
そして、ローマはカルタゴに勝利した後、彼らを見張り続け最終的にはカルタゴの非を見つけて街ごと葬り去ってしまったのだ。その歴史は、スパルタクスに強烈な印象を与えた。
それほどまでに執念を見せるローマ人が、ローマの奴隷制度を否定した反乱軍を見逃すことがあるだろうか?
絶対にない。そう思った。
もし、われわれが村を作るとしたらローマの属州のさらに先でなければならない。しかも単なる村であればローマは一度は必ず戦争をしかけてくるはずだった。
だからローマの属州の先に逃げ、そこでどこかの力を仰ぎながら生活する基盤を作る必要があるのだ。
そう思っていた。
もう季節は秋。このまま速度を落とさなければなんとかアルプス山脈を超えることができるだろう。
切り捨ててでも早く北に向かう必要があった。
そう自分の頭を整理していたところで、兵士がテントに入ってきた。
「スパルタクス、敵です。ローマ軍が迫ってきています。」
慌てて入ってきた若い兵士の前にたちあがったスパルタクスは、
「来たか。よし、迎え撃つぞ。」と言い、兵士を激励してテントの外に出ていった。
赤い旗が翻る。
あれこそが、ローマ軍の総司令官、執政官の証だ。
カルタゴとの戦争にて勝利したローマ軍の司令官は、救国の英雄スキピオの戦術を主とする包囲殲滅を得意としていた。
反乱軍と侮っている敵を全滅させることを目的にすればその配置は悪くない。
だが、スパルタクスは包囲殲滅をするためにローマ軍の布陣を読んでいた。
そして、剣闘士奴隷たちを主戦力とする反乱軍は一点突破においてはローマの誇るレギオを上回る強さを持っている。
スパルタクスは戦い慣れた剣闘士たちに準備をさせた。
そして、その間に最初の壁であるレギオの持つ分厚い盾を封じるために泥水を投げさせた。
泥水は視界が悪くなることと、剣や槍の切れ味を落とす効果もあった。
敵が混乱気味のところにスパルタクスは精鋭を中心に一点集中で切り込みをしかけた。まだローマ軍の左右は展開し終わっていないだろうと予想しながら。
静かに走ってくる剣闘士たちは叫び声もあげずに突進してきた。
混乱をしているレギオの体制が大きく崩れる。
混戦になったかと思いきやその後にも続く反乱軍がローマ兵を倒していく。
あっという間に前面の兵士たちを突破して、後ろに控えた赤い旗に接近していくことが見えた。
「見事な戦いっぷりだな。」とカエサル。
「スキピオだからこそ見事にはまったもので、模倣した戦術で優秀な敵を倒すのは難しいということでしょうかね。」評論家のような口調でジジが言った。
2人は偵察をかねて高台から反乱軍とローマ軍の戦いを見ていた。
「そうだな。しかしすぐに優劣がついた。いそいで私たちも反乱軍に加わってしまわないと、いつまでたってもスパルタクスに近づけないな。」と笑いながら高台を降りて行った。
結局戦闘は反乱軍の圧勝で幕を閉じた。
スパルタクスはほぼ先頭に立っていて自軍の勝利を確信して時の声を上げた。
全軍が喜びの声をあげる。
「ローマの正規軍をまた打ち破ったぜ、ざまあみろ。」アジズバが喜びを爆発させていう。
他の者たちも喜びを仲間たちとわかちあう。
カエサルたちは静かに反乱軍の主力の近くに忍びより、共に反乱軍と共に喜び合った。
一人、ダインだけおどおどしていて、反乱軍の者たちから、肩を叩かれて、
「おう、戦争ははじめてかい?あまりおどおどしていたらすぐに死んじまうぜ、どうどうと構えるんだ。」と年長の戦士からアドバイスをもらったりしていた。
歓声がある程度落ち着いたところで、スパルタクスが全員にさらなる行軍の指示を出した。
「西からさらなる敵兵が迫ってきている。ローマは我々を挟み撃ちにしようと計略していたのだ。そして挟み撃ちになるまえに我らは一方を撃破した。この勢いで挟み撃ちにするつもりの敵の出鼻をくじき撃破するぞ。」
明確な目的を伝えたことで、反乱軍は勢いづいた。
「まずは部隊を休め、明日進軍して敵と激突する。部隊を整え、平地に陣を構えよう。」
勢いづいた反乱軍に伝達が明確に伝わる。
敵に勝利した戦利品は女子どもたちが中心に拾い集めにまわり、主力はすぐに近くの平地にまとまって休みを取ることになった。
再び主力メンバーが大きな天幕に集まった。
「さすがスパルタクス、素晴らしい采配だった。我らの勝利に乾杯!」
そういって反乱軍のリーダー格の一人、年齢のいった巨躯の戦士が笑顔で乾杯の音頭をとった。
「ああ、さすがだ。」そういった声がここそこにわきあがる。
勝利の味を味わいながら、スパルタクスも少し心が楽になっていた。
「スパルタクス兄き、すごかったぜ、今日の突撃。さすがだ。」単純にスパルタクスに感激をあらわすのは前回意見をしたラダンだった。もともとスパルタクスに心酔しているこの男は実際の戦場での働きを見て改めてすごい、と思った。
それと反して、笑いながらもあまりうれしくなさそうなのがスパルタクスと同じ奴隷戦士だったアジズバだった。スパルタクスの名声が落ちてきているなかで、自分の戦士としての経験、そして思慮深さ、仲間を想う気持ちを評価されてきているとおもっていた矢先だったのだ。
それでも、気を取り直してアジズバも皆と喜びをわかちあった。
そこへ、細身のひょろ長い男が帽子をとりながら何人か人を引き連れて祝いの席の皆にはなしかけた。
「圧勝でしたな。おめでとうございます。今、戦利品をまとめておりますが、かなりの量になるでしょう。武器や防具もですが食べ物なども大量に残っていたので、当面食糧も安定して皆に配れるのではないかと思います。」
皆がひょろ長い男の話に耳を傾けだした。
「さらに、ここにいるのはローマの士官です。他にも多くの兵士を捕虜として捕まえることができました。スパルタクス様の命でできるかぎり多くの兵士を捉えておりますが、この上級士官はローマとの交渉にも使えますし、貴族でしょうから身代金をとることもできます。」
全員が真剣な顔になってスパルタクスの返事を待つ。
「他にローマの士官はいないか?」
「探せばまだいるでしょう。」
「わかった。では数日内にもう一度ローマ軍と相対するから、それまでしっかりと捕獲しておけ。さらに多くの捕虜を得る予定だからな。その捕虜たちをどうするかは勝利の後で決定する。」
場内もいろめきだった。
ラダンが笑顔で言う。
「兄き、ぜひ、兵士たちに剣闘士ごっこをさせようぜ。俺たちがやらされていたことだ。奴ら、剣闘士の戦いが大好きだから、きっと喜ぶに違いない。」と笑う。
それには賛同の意見が多かった。アジズバ立ち多くの者が賛同した。
スパルタクスも笑いながら、ああ、考えておこう、とだけ言った。
それから祝いの席を楽しく過ごすことができた主力メンバーはスパルタクスと勝利に乾杯をして、夜遅くに解散した。
やっと解放されたスパルタクスは天幕を離れて自分のテントに向かう。
いつもと同じように兵士たちが立って、自分の家を守っていてくれる。
礼を言って中に入って、くつろごうとすると、そこにはスパルタクスの身の回りの世話をしているトラキア人の女性とその横に懐かしい痩身の若者が笑顔で座っていた。
ローマ軍を撃退したスパルタクスの束の間の休みに現れたカエサル。
スパルタクスと何を話すのだろうか?




