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反乱軍に対して、カエサルは想う

ローマ軍と剣闘士奴隷が中心となった反乱軍の争いは

まだ先が見込めない状況だった。

執政官プブリコラが反乱軍の一部と対峙した。

執政官プブリコラの率いるローマ軍が反乱軍を壊滅させたという報を聞いてカエサルは何とも言えない気持ちになっていた。

部屋で、上半身を晒しながら、ミリア姫にもらった酒を飲んでいた。

一人で飲むときもあるが、今日はダイン、ジジと飲んでいた。

ジジが口を開く。

「カエサル、あまり機嫌が良い感じではないですが、ローマ軍が勝利したという話がうれしくないんですか?」

ジジは静かにいつも気になったことはしっかりと突っ込んでくるのだ。

「ローマ軍の勝利はうれしいさ。ただ同じローマの人が4万人近くか、街の1つか2つがなくなるくらいの人々が死んだというのは非常に悲しい事だと思うんだ。」

「反乱した人たちでもですか?」

「ああ、反乱は悪いことさ。奴隷が反乱することをローマは許していない。ただ、なぜ反乱を起こしたかというと厳しすぎる処遇であったりすると思うんだよね。奴隷をもの扱いしている者たちがいるかぎりは反乱は起きるだろう。そうなってくると問題は奴隷の側よりも奴隷を使う側の問題になってくる。」

「確かにそうですね。」

「もう1つあるんだよ。4万人という人が成長して働けるようになるというのは大変なことだ。その人たちが経済活動をしていれば国家ローマも潤う。その人たちを殺すと何も残らないだろう。」

「なるほど。」

ときどき、ジジは困惑する。

歴史ある貴族に生まれながらカエサルは経済活動の大切な騎士階級のような考え方、物言いをするのだ。

経済的に言えば確かに多くの人が死んだのは損失なのである。

ため息をつきながら酒を飲んでいくばくか気が張れたカエサルは服をしっかりときてダインとジジを連れてローマ市内に出た。

パン屋、酒屋、茶葉屋、服飾屋、八百屋、金属商などが元気にとおりがかる人たちに声をかけている。

いつものローマ以上に活気があり、みなそこここでローマ軍の勝利を話題にして浮足立っているようだった。

何がそんなにうれしいんだろう。

そう思いながら歩き続ける。

少し裏道に入ると、そこには職を失い、家を失った浮浪者たちがいた。彼らは従者を連れたカエサルを恨めし気な目で見つめる。それでも彼らが襲い掛かってくることもないだろう。生きる気力を失っているのだ。

裏通りでも家に住んでいる者たちも多いが、狭い家にぎゅうぎゅうに押し込められて生活をしていたり、3階建てのローマンコンクリートでできたインスラの上に素人が木で作ったバラックを重ねて歪んだ小屋に安い家賃で住んでいる者たちや不法に屋上を占拠していることも時にはあると聞いていた。

子どものころからその状況を知っていたカエサルだったが、自分が30がちかづく年になって改めてみると浮浪者も厳しい環境で生活している人たちも大幅に増えていることを実感していた。

奴隷の増加、捨てられた奴隷たちもたくさんいる。そのうち野垂れ死ぬとゴミを処理する奴隷たちがその死体を撤去していくのだろう。


4万ものローマに関わる人たちが死なざるを得なかった。

ローマの人々が手を取り合って経済を発展させれば、もっと互いに幸福になれるはずなのに・・・。


奴隷たちは何を思って反乱をしたのだろう。

少なくともローマにいたときのスパルタクスはカエサルと共に酒を飲む程度の自由はあった。

そしてその状態であるスパルタクスに不満はなさそうだった。

カエサルは、街を練り歩きながら考えごとをしつづけ、久しぶりにアッティクスの住んでいるカフェ・プラタリオに足を向けた。

娼館でもあり、居酒屋、カフェも兼ね備えたプラタリオにはスパルタクスの従姉ソルレイアが住みこみで働いているはずだった。


久しぶりにあったスパルタクスの従姉ソルレイアはきれいになっていた。

女性剣闘士として、ローマの奴隷剣闘士として活躍をしていたソルレイアだったが病気で体調を崩していたところをスパルタクスからカエサルが相談を受け、アッティクスに買い取ってもらったのだ。それからソルレイアはプラタリオで働き続けている。最初は苦労したそうだったが体調も良くなり、今ではしっかりと働けているという。

カエサルとソルレイアを個室に連れてきたのはカエサルとも顔なじみのラフィア。少し年齢を重ねてふくよかになった彼女は女娼を止めて、アッティクスの手伝いをしているこのプラタリオの切り盛りをしているそうだった。



「カエサル様、お久しぶりでございます。」優雅に礼を言われて、カエサルは嬉しい気持ちになった。

恭しく礼をするソルレイアは見違えてキレイに見えた。元剣闘士ということで日焼けして黒かった肌もこの数年で本来の白い肌に戻ったのか、髪も黒く長い髪が結われてローマに貴婦人のように編み込み飾られていた。

元娼婦であるラフィアがカエサルを連れて席にすわり、後からソルレイアが礼をして座った。

カエサルは軽く挨拶をすますとソルレイアに話しかけた。

「ソルレイア、何かあなたに用があって来たというわけではないんだ。少し話がしたいな、と思ってきたんだけどよろしいかな?」

「私は、カエサル様、あなた様と話をするのはいつでもお待ちしておりますわ。」

「ありがとう。」

ラフィアが、それでは、という風に自分は離席をしようとすると、カエサルはそれも止めて話をする。

「ラフィア、良かったら君も一緒に話をできないかい?」

「ええ、お邪魔にならなければ。」ラフィアも少し笑顔になった。


結局、ソルレイア、ラフィアとともに話をしつづけたカエサルたちは、召使がいれたハーブティーを飲みながら、南国の干し果物を口にして話を続けた。


カエサルが話をしたかったのは、スパルタクスの件でもなく、ソルレイアやラフィアが何が幸せかということだった。

ソルレイアは、

「私は、このカフェ・プラタリオで生活をさせてもらって幸せですね。」

「それは、奴隷から解放奴隷になって充分なお金もあってもここで働きたいということかな?」

「そうですね、ここより良い環境で働けることが想像ができません。お休みも頂けて、ローマ市内も自由に歩けています。お金も充分に頂けていれば不満があるはずもないでしょう。しかも、カエサル様、アッティクス様の庇護の下にいるのですから、安全も確保されています。」

「そうか、そういってもらえるのは嬉しいね。」

それからラフィアにも話を聞く。

「そうですね。私は、奴隷という身分から早く逃れたいですね。解放奴隷になって、でも私の代ではローマ市民にはなれません。私が解放奴隷になって子供ができると、子供はローマ市民になれるので、ここで働き続けたいですね。」

「ラフィアが好きになった男が、ローマを捨ててどこか遠い国にいこうとしたらどうする?」

「うーん、どこに行きたいかを聞きますね。ローマよりよいところがあるのか。でも、新しい土地、新しい街で生活するというのも素敵な気はしますね。ローマは今や世界的な都市になって何でも揃っているんですが、何もない気もしています。もっと小さな街で生きていくのも素敵ですよね。そして年に1度くらいお祭りの時にローマに戻ってくる、なんて。」

と笑顔になる。

「ラフィアは同盟市戦争でローマと闘った都市出身だよね。あっちに知り合いはいないのかい?」

「いると思いますよ。もう20年近くも前なのでみんな変わってしまっているでしょうけどね。もっと短い期間だったら私も戻りたい、と思ったんでしょうが、これだけ時期があくと戻ってもね。」

「ソルレイアはトラキアのほうに戻ってもやはり何もないかな?」

「そうですね、結局トラキアもローマ属州マケドニアに隣接しているので、ローマと友好的にするかしないか、でいつも問題になっていますしね。10年以上前ですしね。そこに戻ってギスギスするくらいならローマにいるほうが良いですね。」

「そうか、ありがとう。」

「君たちは今の奴隷という状態で、ローマに住むことは悪くない、という気持ちでいてくれているんだね。」

「ええ、さらにいえば、居場所があるから悪くない、と思えるんです。居場所を作れなかったら、確かに小麦などの支援制度があるとはいえ、ローマで暮らすには厳しくつらい生活になるでしょう。」

「私は、奴隷ですが、解放奴隷になれる、という希望があることが大切に思います。私に子供ができたらローマ市民にもなれるということはすごく未来があると思っています。その分、うまく居場所を作れず、未来に希望を感じることができない人はつらいと思うんです。」

「裏通りとかの放浪者なんかそうでしょうね。ローマに来てもどこにも居場所を作れないけど、いきていくためにローマの配給制度にすがっている。もう行き場所もないって感じだと思います。」

その後も2人と色々と話をしたカエサルは、ローマの奴隷とはいえ恵まれた状況にいる2人と今もスパルタクスとともに逃げている恵まれなかった人たちの差を実感しながら考え続けた。

その後、ラフィアが一瞬だけ目を離した間に、ソルレイアはカエサルに後で会いたい、と告げる。

カエサルはすぐに「ヌスパ」とだけ答えた。

ソルレイアはその意味をしっかり理解できたわけではなかったが、何もいわずにいた。

その後も幾つか話をしてカエサルは、2人に礼を言ってその場を去った。

奴隷の扱いについて思うところがあったカエサルは奴隷だが

前向きに働けている2人の話を伺い、奴隷制について真剣に

考えることにした。


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