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脈動する時代

カエサルとの友情を確認したあと、スパルタクスには厳しい運命が待っていた。

カエサルが再びローマを離れて2年。

時代はより混沌としてきている。

まだ涼しい春の季節なのに、太り切った白い興行師(ラニスタ)の肌からは山のような汗が噴き出していた。奴隷たちが何か良からぬことを企てているとの報告を受けて、鞭で部屋を叩きつけ、叫び声をあげる。

何度も叫びを繰り返し、少し落ち着いて椅子に腰をかけるが、奴隷たちの反抗的な行動は絶対に許さないと怒りを感じていた。腹が立って仕方ないと周りにいた若い奴隷たちを叩きつけて文句を言った。息が荒くなりながらも、罵しりながら一方的にあばれる。周りに置いてあった調度品にもやつあたりをしかけて、高かったことを思い出し、調度品へのやつあたりを止めたあたりで、少し落ち着いてきた。

この調度品は、民衆派の貴族が持っていたものを安く買い叩いて手に入れた値打ちのあるものだ。

そう思うと、今までに自分が上手く生きてきたことを思い出し、怒りも収まる。

主人が少し落ち着いてきたころ合いを見計らって年配の興行師を支えてきた従者が、奴隷たちの行動の密告者への対応を相談しにきた。

「私に忠義を示した剣闘士には良い待遇を与えるように。まずは良からぬことが何か、すぐに確認させろ。それから今後は奴隷の剣闘士の取り仕切りをそいつに任せれるだろう。」

「かしこまりました。しかし、奴隷たちの具体的な行動がわからないところを見ると、奴は奴隷間でも信頼されていないと思われます。」

「奴隷たちの間の信頼など不要だ。うまく反乱せずに管理が出来ればよいだけの話。取り仕切りができなくなれば奴隷の不満はそいつにいくだろう。」

主人の意図するところを理解して、年配の従者は、主人に頭を下げて出ていった。

いままでも脱走や反乱の企てはあった。その都度、だいたい誰かが密告してきたものだ。今回も密告によって抑えることができるだろう。脱走を企てている剣闘士たちの首謀者をとらえるか全員を罰するかを考えると、ついつい笑みがこぼれてしまった。

脱走や反乱を考えている剣闘士たちは全員に厳しい罰が必要だ。奴らの脳の足りない頭で考えた穴だらけの脱出計画がうまくいくはずもなかった。それでも脱走計画を思い出し、再び腹が立ってきたが興行師は、大量の兵の脱走計画は首謀者どもを一網打尽にしてさらし首にして、奴隷たちへの良い見せしめとして使えるだろう、と考えた。少なくともローマのある元老院議員からも今のトラキアやガリアからきた剣闘士奴隷は死んでも構わないから厳しく取り締まるように指示もきているのだ。今までが甘かったのかもしれない。どうせ替えが効くのだ。もっと限界まで追い詰めてやろう。そう思い自分自身を抑えながら、剣闘士たちが脱走しようとしていることを馬鹿にして、見回りの強化をして剣闘士たちが脱走計画が実行されないように指示した。


引き締まった焼けた肌をした若者は厳しい表情をしながら、観客に両手をあげて、今日も闘いに勝ち、叫ぶように勝ち名乗りをあげていた。

彼の名を呼ぶ歓声が聞こえる。

スパルタクスと。

それから観衆の歓声をあびて闘技場を降りてから、控室に向うまで、が彼の短い自由で自分の尊厳を取り戻せる時間だった。短い自由な時間を感じた後、再び枷を付けられて自分たちの暗く狭い部屋に戻らされた。

勝利の喜びを味わうことも、自由も何もない。ただ戦って勝ち名乗りを上げて、また家畜のような小屋に全員が押し込められる。食べ物もその小屋に投げ込められる分だけだ。奴隷たちが中抜きをして剣闘士たちの食べ物が少なくても奴らは気にしないのだ。剣闘士の健康状態に留意することもない。もう2年近くもこの狭苦しい部屋での生活を余技なくされている。いつも空腹の状態で鍛えられた筋肉は闘いつづけてもよりよい健康状態には持っていけなかった。

それでも、閉じ込められた部屋で疲れ切った身体を鞭打って仲間たちを集める。明日の明け方が決行の時だと知らせるためだった。


夜も更けてきたところで、脱走を実行するための最終確認をしようと主だった剣闘士たちが集まり確認をする。

意識を高ぶらせていたところで、興行師の奴隷が見回りに来たことを知り、焦った。

今まで夜中の巡回はなかったが、なぜ今日に限って人が来るのだろうか?

スパルタクスは仲間たちと目を見合わせて、息をひそめる。

丈夫にできた牢の柵の外から、奴隷は明かりを持って用心棒を2人連れながら、部屋にのぞき込んできた。

「ふふ、糞ったれども。余計なことはかんがえていないか?」

狭い場所に押し込められた奴隷たちは誰も反応しなかった。

見回りは、特に異変がないことを確認すると少しして去っていった。


それから数刻がすぎて、暗がりの先が明るくなりかけたころ、スパルタクスたちは隠していた短い短剣を持ち出して自分たちを戒めていた鎖やロープを斬る。切れ味の悪い短剣で手足の自由を勝ち取るのは時間がかかる作業だった。

そこに再び興行師の奴隷が見回りにやってきた。今回も用心棒を連れている。

全員が寝たふりをする。

「いつ来ても臭いところだぜ。よくこんなところで寝られるもんだ。」そう言いながら中に異常がないかを見る。

狭い小屋の奥のほうから、一部の剣闘士から奴隷に悪態がつかれた。

「てめえこそ、単なる奴隷なのに、偉そうなことを言って、チビのくそったれが。」

夜が明ける前の見回りに反応があるとは思わなかった奴隷は、いらっとして、壁を蹴り、小屋の中に顔を入れ、声がしたほうを見ながら叫ぶ。

「同じ奴隷とおもうな。お前たちは底の底で生きているんだ。」と顔を赤くして叫ぶように言いながら、自分にケチをつけた不届きものの剣闘士を確認しようと小屋の内側に寄った。

その瞬間、奴隷の首に小刀が刺さり血があたりに飛び散った。

喉をやられた奴隷は首を抑えようとするが、そこへ剣闘士たちの突撃が加わった。

護衛も一瞬のせいで反応ができないなかで、複数の剣闘士たちが襲い掛かった。

その最初の一撃は誰でもない、スパルタクス自身だった。


一瞬のことで用心棒2人が、全く身動きできない瞬間に、スパルタクスの仲間たちが、用心棒にも襲い掛かった。用心棒2人は叫び声を上げることもできずに、その場に引きずり倒された。


見回りと用心棒を仕留めたスパルタクスたちは、倉庫と呼ばれていた自分たちの部屋の柵を壊した。まだ武器はほぼない。武器の代わりになる刃を丸めたものは剣闘士の練習場にいくつかある。何もないよりはましだと剣闘士の練習場に走り出す。40人ほどにふくれあがった脱走者たちは、他の小屋の仲間たちを助け出すことにもした。スパルタクスたちは声をあげて脱走をすることを他の小屋に閉じ込められた仲間達にも伝える。数だ、数が必要だ、と。

まだ来たばかりの奴隷たちを散らばって開放していく。その間にも剣闘士たちが使う刃の丸い武器などを少しずつ手に入れて少しずつ装備を固めながら、すぐに100人ほどにふくれあがってきた。


脱走には200人以上いるこの建物と近隣の建物の奴隷剣闘士や新しい奴隷などとも力を合わせるつもりだった。だが、実際に外で声を張り上げてみると他の大きな建物から出てきたのは、同じ奴隷剣闘士ではなかった。武器を持った管理側の奴隷や剣闘士場を取り仕切る仕切り屋などが武器を持って出てきたのだ。敵の数は50人はいないだろうが完全に武装している。

蜂起して表に出たスパルタクスは全ての建物で脱走のための蜂起をして興行師たちを抑えてゆっくり立ち去りたかったが、他の建物は制圧されたようだ。すぐに切り替えて、自分たちが生き延びる道を探ろうとした。

勝てなくはないが、消耗戦になると思ったスパルタクスは、

「他の建物はかまうな。俺たちだけで逃げるぞ。」

そう言うと港町カプアの山のほうに向って走り出していった。

完全武装の兵士たちよりもはるかに剣闘士たちは身軽だったのだ。

「南だ。南にあるヴェスヴィオ山のふもとに迎え。」


カプアの南にある独立した山であるヴェスヴィオ山は、過去に噴火もしたことがあるが、今は山麓に大自然を抱えて迷いの森と呼ばれる大規模な森林があった。地元民でもあまり足を踏み入れない土地は逃げ込むには最適だった。スパルタクスはその森林に逃げ込むことを決意したのだ。スパルタクスの仲間でリーダーシップを発揮していたガリア人の血をひく大男クリクスス、頭の切れるオエノマウスも同調したため剣闘士たちは一部の脱走者を除いて80名ほどで南に向かうことになった。


カプアからヴェスヴィオ山の麓に向かいながら奴隷剣闘士たちは、食べ物を求めて通りすがりの民家を襲った。それでも過剰に奪い取ることはせず、反抗しない者たちを痛めつけることもしなかった。

その噂が奴隷や小作人になっていた元農民たちの間にうわさとして流れて、すぐに脱走者たちの一団は100人を超え、200人を超え500人ほどになり、生きるためにもローマ街道をいく運搬車などを襲うようになり、次第に彼らは盗賊一団として有名になっていった。

ローマは奴隷の反乱を許さない。

それを知りながらも脱走したスパルタクスたち。

彼らの先に未来はあるのか?

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