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6 凪の一族(2)

 『視た』記憶の内容とリョウから聞いた事の顛末を特殊部隊隊長のエドガルドに報告すると、翌日大公に呼び出された。


「エドガルドから話は聞いた」


 大公の執務机には、今日も書類が山と積まれている。


 これを1日で処理しても翌日にはまた同じ状況に戻っているというのだから、国主というのは大変な仕事だとつくづく思う。自分だったら絶対に無理だ。


 そんな激務をこなす大公は、一見するとそんな地位にあるようには見えない。


 まず、見た目が若い。


 アベルよりかなり年上のはずだが、二十歳を越えたかどうかくらいの外見をしている。

 エルフとヒューマンのハーフだというが、彼の親──先代の大公夫妻は既に亡くなっており、実際のところは分からない。


 分かっているのは、彼こそが軍事孤児院や特殊部隊の創設者であるということ。

 人々に忌み嫌われていた『異能』に価値を見出し、保護して地位を与え、子飼いの戦力とした。


 治世は安定し、外交関係も帝国との仲の悪さを除けば安定している。


 総じて、国民からの信頼は篤い。


「帝国の『凪の一族』──10年振りだな」


 大公は呟いてアベルを見遣る。


「あの時お前が川に落ちて、ある意味正解だったということか」

「正解、ですか」

「ああ。……まだ確証はないが…」


 すっと目を細め、


「──確かに今、帝国では不穏な動きがある。こちらに仕掛けて来るような動きではなかったから静観していたが、そうも言っていられないかも知れん」


 そこまで言って、大公は溜息をついた。


「神凪リョウは、すぐに動けそうか?」

「…肋骨と左腕骨が折れていたので、すぐには難しいかと。話をするだけなら何とか」

「そうか。ならば今日の午後、時間を作る」

「分かりました。こちらに連れて来ればよろしいですか?」


「いや、私が出向こう」


「え…」





 うちのトップは、予想以上にフットワークが軽い。

 午後、リョウの病室に向かいながら遠い目をする。


 背後には上官のエドガルドと、護衛2人に挟まれた大公。

 護衛は2人とも特殊部隊の隊員だから、アベルにとっては身内のようなものだが…そのうち一人、ブラウは夜警の当番ではなかったか。


 ちらりと見遣ると、目が死んでいた。どうやら徹夜明けにそのまま呼び出されたらしい。

 恨めしい表情でこちらを見られても、気持ちは分かるがフォローは出来ない。


 午前のうちに通達があったらしく、廊下に人の気配は無かった。誰ともすれ違わずに、突き当りの病室に着く。


「──リョウ、入るよ」


 返事を待って扉を開けると、リョウはベッドの上ではなく、その横に立ってこちらを見ていた。


「ちょっ…! 何で起きてるの!」


 思わず素で声を上げると、リョウは少し困った顔をする。


「ただでさえ大公にご足労願ってるのに、座ったままなのは…」

「う」


 確かにその通りだ。


 その通りだが、怪我人には安静にしていて欲しい。


 葛藤が生じて動きを止めたら、背後で大公が吹き出した。


「怪我人に無理を強いる趣味は無い。礼儀も不要だ。早くベッドに戻れ」

「ほらリョウ、早く」

「…」


 毛布をめくり、ベッドに戻るよう促すと、リョウはゆっくりとした動きで従った。

 左腕は三角巾で吊られているし、胸部にもコルセットが巻かれているはずだ。怪我は勿論、体力もすぐに戻るものではない。


 リョウがベッドの上で上体を起こした姿勢になると、アベルはその後ろに背もたれ代わりのクッションを積む。


「…ありがと」

「どういたしまして」


 その間に、用意されていた椅子をブラウが引き、大公がゆったりと腰を下ろした。


「──さて、改めて名乗ろう。私がこの国の大公、ルカス・カルデロンだ。…一通りの事情は部下たちから聞いている。私と話がしたいという事だったが」


 大公が促すと、リョウは深く頭を下げた。


「ご足労いただき、感謝いたします。私は凪の一族『月晶華』の一人、神凪リョウ。不調法者ゆえ、礼を欠くこともあるかと思いますがご容赦ください」

「うむ」


「…結論から申し上げますと、近いうちに、帝国が大きく動く可能性があります」


 その言葉に、大公はぴくりと片眉を跳ねさせる。


「大きく、動くとは?」

「内乱か、それとも国同士の戦争か…現時点では断定できませんが、そういった騒乱が」

「根拠は」

「…私たち、凪の一族が狙われたこと。それが根拠になります」

「ふむ…」


 大公は顎に手を当てる。


 他国、例えば公国が帝国民であるリョウの一族を攻撃したのであれば、戦争の火種になるのは理解できる。

 しかし内乱はともかく、帝国が自国民を害した事が他国との戦争の原因になるとは思えない。


 アベルはそう思ったのだが、大公は少し違った。


 詳しく話せと先を促し、リョウは頷いて言葉を続ける。


「──凪の一族は、古くからあの森に住み、あの場所を守って来た特殊な一族です。帝国領に併合された後も、自治を認められてこれまで暮らして来ました」

「あの場所を守る…理由は何だ?」


「…あの森には、世界樹があります」


「!」


 世界樹とは、世界各地に点在し、この世界全体の魔素循環を司る特別な樹だ。

 かなり巨大なはずだが、こちら側からはそれらしいものは見えない。アベルが昔跳び越えた地点のように、見た目を誤魔化す術でも掛かっているのだろうか。


「世界樹か。しかし、何故わざわざ守る?」


 世界樹自体は、貴重ではあるが一般的に保護の対象にはなっていない。

 巨大すぎて利用手段が無いし、魔素循環の流れが変われば被害を被るのは人間だからだ。


 取り決めをするまでもなく、世界樹は不可侵の存在。それが一般的な共通認識だった。


「…厳密には、世界樹を守っているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()んです」

「世界樹から、守る?」

「はい」


 リョウは頷き、言葉を続けた。


 ──あの森にある世界樹は、一般に知られている世界樹とは少し違う。


 普通の世界樹は、大地から魔素を吸い上げ、地上へ放出する。

 地下から地上への流れを司る。


 だがあの森にある世界樹はその逆で、地上から魔素を集め、大地へと戻すのだという。


「私たちは、『反転の世界樹』と呼んでいます」


 反転の世界樹もまた、世界の魔素循環の一助となるもの。

 ところが、一つ特殊な性質があった。


「…反転の世界樹は、地上から魔素を集める時、同時に『瘴気』も吸い込みます」

「瘴気?」

「ありとあらゆる生き物が放出する、負の感情の成れの果て…魔素の不純物のようなものです」


 反転の世界樹は地上の魔素と一緒に吸い込んだ瘴気を一時的に溜め込み、少しずつ魔素へと還元する。

 しかし、その能力には限界がある。


「…人間社会が発展したことで、瘴気は爆発的に増加しました。反転の世界樹が溜め込める量を超え、周囲に高濃度の瘴気が溢れ出て──『瘴魔』と呼ばれる、魔物のような存在が発生するようになったんです」


 言われて、アベルは10年前の出来事を思い出す。


 襲って来た二足歩行の犬のような生き物を、リョウは『特殊な魔物』と表現した。恐らくあれが、瘴魔だったのだろう。

 その事を大公に言うと、報告にあったあれか、と大公も頷いた。


「確かに、そんなものが近隣の集落にまで出て来たら脅威だな。お前たち凪の一族は、それを防ぐためにあの森に住んでいるという事か」

「…そう、ですね」


 リョウは歯切れ悪く呟く。



「もっと正確に言うなら──私たち凪の一族は、『瘴魔をその場に押し留めるために反転の世界樹が造り出した一族』です」





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