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5 凪の一族(1)


────────────────────────────



 私が覗き見た彼女の記憶はあまりにも鮮烈で、以降、私の心に長く残り続けた。

 声にならない言葉で警告し続けるアオイ。刃を振るう手を押し留めようとする凍牙。

 そして、後は頼むと、笑ってリョウを逃がす宝生。

 あの時彼女は、どれほどの痛みを抱えて仲間たちと別れたのか──そこに思い至ったのは随分と後になってからだ。

 その時私はただ、彼女と揺るぎない絆を持つ彼らに、無意識のうちに嫉妬していた。



────────────────────────────




 その後、リョウは上役の判断により拘束を解かれ、意識のないまま病院へと搬送された。

 アベルは『月の眼』使用後の休みを半日貰い、それに同行する。


 心配が顔に出ていたのだろう。顔馴染みの医師は、アベルを物珍しそうに眺めていた。


 そして──


「…ぅ…」


 数時間後、リョウは意識を取り戻した。


「目が覚めた?」


 心底ホッとして声を掛けると、リョウはびくりと反応し──



「…っ!」



 跳ね起きようとして、痛みに顔を歪めた。


「待って! 落ち着いて!」


 それでも動こうとするリョウの肩を押さえ、琥珀色の目に敵意が浮かぶ前に囁いた。


「大丈夫、ここは公国の病院だよ。…リョウ」

「…!」


 名前を呼ばれたのが意外だったのだろう。リョウは目を見開いてこちらを見た。


 至近距離で見つめ合うこと暫し。



「………銀、月?」



 信じられないという顔をして、リョウが懐かしい呼び名を口にした。

 アベルが頷くと、全身から力が抜ける。


 夢じゃない…?と、呆然と呟く。


「そうだよ。──久し振り、リョウ」


 我に返って付け足す。


「あの時は名乗れなかったけど、俺の本名はアベル・イグナシオ。今は公国軍の特殊部隊で、隊長補佐をやってる」

「アベル…」


 リョウが小さくアベルの名を呟く。それが妙に嬉しくて、アベルは小さく笑みを浮かべた。


 そしてすぐに咳払いし、表情を改める。


 可能な限り本人から証言を取れ、との上からのお達しだ。

 本来は尋問部隊の仕事ではあるが、事情を知る特殊部隊の隊長と、アベルの取り乱し振りを目の当たりにしたダリオが口添えしてくれた。


「…さっき、俺の能力で君の記憶を覗かせてもらった」

「…そう」

「だから一応、君がこっちに来たのはやむにまれない事情があったからだっていうのは分かってる。けど──良ければ君の口から、経緯を聞きたい」


 そうアベルが言うと、リョウは一度きつく目を閉じた。


 数秒後、ゆっくりと目を開ける。


「…経緯は話すよ。けど、一つ頼みがある」

「頼み?」

「──大公と直接話がしたい。出来るだけ早く」

「…俺に話してくれれば、全部大公に伝えるけど…」

「…込み入った話になるから、出来れば直接話したい」


 リョウは譲らなかった。

 アベルは暫く考え、折衷案を提示する。


「許可が貰えるかは分からないけど、俺から大公に打診しておく。それで良い?」

「…分かった。お願い」


 頷いた後、リョウは視線を彷徨わせた。


「けど…どこから話せば良いのか…」


 数秒考え、


「…アベルが見たのって、私がこっちに来る直前の記憶?」

「多分そうだと思う。凍牙って青年と、アオイっていう女性と、あと宝生っていうスキンヘッドの男が出て来て──」


 アベルが『視た』光景を説明すると、リョウは軽く目を見開く。


「…本当にそのまま見られるんだね」

「じゃあ、あれが?」

「そう。一昨日──いや、多分3日前くらいか…。あの森で起きた出来事」


 小さな溜息。


 アベルの勝手な解釈だが、リョウを含めたあの4人は、相当親しい間柄だと思われる。


 そのうち2人に襲われ、残る1人とも逸れてしまったのだ。

 色々な事が一度に起こり過ぎて、説明するのも難しいのだろう。


 また言い迷っているようだったので、アベルは助け舟を出した。


「帝国の皇帝が呪術師だっていうのは、本当?」

「…呪術師とか呪術について、どこまで知ってる?」

「どこまでって…、確か人を呪って傷付けたり、殺したりする術を使う人間の事を、呪術師って呼ぶんだよね?」


 名前そのままだが、アベルにはそれくらいの認識だ。正直、詳しくは知らない。


「…それも一面ではあるね」


 リョウは頷き、けど、と続ける。


「呪術の本質は…魂に干渉して、他人の肉体と精神に影響を与えること。傷付けたり殺したりは、その結果に過ぎない」


 他人の肉体と精神に影響を与える。つまり。


「…使い方によっては、人を操る事も出来る…?」

「…そう。皇帝本人が呪術師なのか、関係者に居るのかは分からないけど…凍牙とアオイ──私と同じ『月晶華』の2人を操れるくらいだから、相当な手練れなのは間違いないと思う」

「…言い方は悪いけど、その2人が裏切ったっていう可能性は──いや、無いな。ごめん、忘れて」


 軍部では、常に裏切りを念頭に置いて各種調査を行う。

 つい可能性を口にして先程『視』た光景を思い起こし、即座に否定する。


 リョウは怒るでもなく首を横に振った。


「…私も考えたけど…皇帝の側についても、彼らには利益が無い。意に反して動かされていると考えた方が自然」


 ぽつりと付け足す。


「…2人が本気だったら、私はとっくの昔に死んでるはずだし」

「…え…」


「凍牙は対人戦闘特化型の剣士。アオイは拳闘士で、万能型の術者。訓練でも、一度も勝てたことは無いよ」

「そんなに強いの?」

「強いと言うよりは、相性の問題…私は対人戦は苦手だから」


 そういえば、『記憶』の中でスキンヘッドの男──宝生も、防御が専門だと言っていた。恐らく、それぞれ得意分野があるのだろう。


「『月晶華』っていうのは?」


 次の質問をすると、リョウはあっさりと答えた。


「あの森には、『凪の一族』っていう一族が住んでて…その中でも、あの森を守護する役割を持った人間を『月晶華』って呼ぶ」


 『月晶華』は全員、何かしら戦闘に向いた能力を持っているのだという。

 一族の住む森を守る者。自警団のようなものだろうか。


 パズルのピースを当て嵌めるように、記憶の中で出た単語の意味を補完して行く。


「凍牙とアオイは、皇帝に会いに行ってたの?」

「『皇帝から招聘された』って、帝都の仲間に呼び出された。最近、帝都で不穏な動きがあったから、情報収集も兼ねて出向いて…多分、そこで呪術に掛かった」


「呪術って、誰にでも掛けられるもの?」

「…条件が揃えば」

「条件って?」

「呪術を掛けたい相手の血液と、名前が必要。あとは、相手の精神力を上回る強度の術が行使出来るかどうか…呪術師の腕次第」


 なるほど、だから凍牙に斬り付けられた宝生は『正気で話せるのはこれが最後』と言っていたのか。


 宝生の血は、凍牙の剣についていた。恐らくそれが呪術に使われると見越していたのだろう。


 そんな状況下で、宝生はリョウを逃がすという選択をした。


「宝生がリョウに掛けた──あの膜みたいなのは、何? 魔法?」

「魔法とは…少し違う。私たちは単に『術』って呼んでる」


 術者の体内にある『魔力』を使って発動する『魔法』と異なり、『術』は周囲に存在する『魔素』を利用する。

 効果は様々で、確かに魔法に近いものではあるが、本質が違う、らしい。


 宝生が使ったのは、その中でも防御に使う系統の術。


「どんな効果があるの?」

「…多分、他人には見えなくなるような、隠蔽効果のある障壁だと思う。私もあの時初めて見た」


 本当に『とっておき』だったのだろう。アベルの知る魔法でも、そんな効果のものは存在しない。


「宝生が、『公国に知らせろ』って言ってた理由は? 帝国の中じゃダメだったの?」

「…帝国国内はどこに呪術を掛けられた人間が居るか分からないし、今回の件は多分、公国にも無関係な話じゃない。それに──宝生は『銀月』と私の事を知ってたから」

「…もしかして、俺の伝手を頼れって意味で?」

「多分、そう。……正直、賭けだったけど」


 そんな細い糸を頼って、あの川を渡れと言ったのか。


 宝生の最後の笑顔と『俺の大事な──』という声が、脳裏に焼き付いて離れない。



 ──一体彼は、どんな思いでそれを告げたのか。





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