39 動き出す事態(1)
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パレンシア伯爵家のアリアドナは、私の印象とは全く異なる人物だった。
上辺だけを見ていたのは否めない。事実リョウは、一目で彼女の本質を看破していた。
経験はそれなりに積んで来たつもりだったのに、それは結局、『つもり』以上にはなっていなかったのだ。
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2日後。
フェデリコ・パレンシア伯爵は、帝国へ商取引に行く途中で公国軍の強制捜査を受けた。
荷馬車に積まれた小麦の袋の中、小麦に埋もれた鉄鉱石と魔石ランプが発見され、フェデリコ及び関係者はその場で拘束。その日の午後には、屋敷に捜査の手が入った。
そして──
「ほらよ、これで最後だぜ、っと」
特殊部隊の隊舎の一室。
ブラウが置いた豪奢な額縁に入った風景画を覗き込んで、アベルは首を傾げた。
「ええと…これは、山? 海?」
「端に『空』って書いてあるわよ」
「ええ…」
ニルダに言われて、書類に『絵(空)』と書き込む。
ここにあるのは、全てパレンシア伯爵の屋敷から運び出された芸術品や工芸品だ。
ブラウとチェレステとジェラルドが『怪しい気配』を感知したものに関しては、街から回収したものと共に別室に置かれている。リョウはテレジアと共にそちらに行っていて、ここには居ない。
(俺もあっちが良かった)
内心で呻くが、こちらの部屋の方が物の数は圧倒的に多い。
これから帝国由来の物かどうかと違法なものが紛れていないかを調べるので、まず一覧を作れ、というのがエドガルドの指示だった。
実際調べるのはニルダたち支援員の仕事らしい。
エドガルドに当たり前の顔で言われ、フ…とニルダが遠い目をしていた。
「…これで終わりかな?」
その後も片端から物を確認し、メモを取って、ようやく一覧表が完成した。
「どれくらいあった?」
「ええと……239個、かな」
明らかにセットになっているものはまとめて1つとして数えているので、厳密にはもっと多い。
アベルが告げると、ニルダがげっそりした表情を浮かべた。
「うええ…どんだけ集めてんのよ」
「前は収集家じゃなかったんだがなあ」
「呪術のせいかもね」
欲を増幅するらしいので、ちょっと興味を引かれたらすぐに手を出していたのかもしれない。
密輸でかなり儲けていたのも、それに拍車を掛けたのだろう。
なお、屋敷からは大量の裏帳簿も発見された。
違法取引なのだから帳簿を残さない方が良いのでは…と思ったが、証拠があるのはこちらとしては助かる。
帳簿や契約書、その他書類は全て回収され、大公お抱えの文官が調査に当たるそうだ。
呼び出された文官たちが、書類と冊子の山を見て青い顔をしていた。
「じゃあニルダ、これ」
「はいはーい……」
既に疲れているニルダに書類を渡し、アベルは足早に部屋を出る。
呪術が掛かった物を保管する部屋は、大公の城の地下室だ。
出来るだけ周囲から隔離されている場所をというリョウの要望があったからだが、結果的にこの国の最重要人物に最も近い場所になってしまった。
なお指定したのは大公本人である。それを聞いたリョウは暫く固まっていた。気持ちは分かる。
隊舎を出て城への通路を進んでいると、向こうから知った顔が歩いて来た。
「ダリオ」
「おう、アベルか」
尋問部隊のダリオ。リョウが捕まった時、担当だった尋問官だ。
「今日も仕事?」
「ああ。どっかの部隊がお貴族様とその関係者を盛大にしょっ引いてくれたもんでな」
じろりと睨まれ、アベルは肩を竦める。
パレンシア伯爵当人は勿論、執事やお抱えの文官、帝国に同行していた商人に至るまで、拘束された者はかなり多い。
それが一斉に尋問部隊まで流れて来たのだから、ダリオが不機嫌になるのも仕方ないだろう。
ちなみに、情報提供者であるアリアドナとそのメイドのマリアナは、一旦拘束されたように見せかけた後、大公の屋敷の離れに移され、そこで保護されている。
帝国に狙われないようにという配慮である。
──閑話休題。
「大変だね」
「他人事みたいな顔しやがって」
「だって俺、拷問は専門外だし」
「拷問じゃなくて尋問だっつの」
いつもの突っ込みを入れたダリオは、小脇に抱えた書類の束を一瞬見下ろし、溜息をついた。
多分、これから尋問する相手に関する資料だろう。1人当たり複数枚あるにしても、ちょっと目を背けたくなるほどの厚みがある。
「──まあ、俺らに口を割らない相手が居たら、お前の出番だけどな」
ダリオが悪い笑みを浮かべ、とても嫌なことを言って来る。
他人の記憶を覗くアベルの能力は、捜査に行き詰った時に大変便利なものではあるのだが…負担が大きいので、積極的に協力したくはない。
それに、
「俺の出番が無いように頑張って。そろそろ、予算的にヤバいんでしょ?」
「それを言うな」
アベルの助力は無料ではない。
特殊部隊から尋問部隊に貸し出す形になるので、相応の費用が掛かる。
今年は既に結構な回数、協力しているから、アベルの派遣費用が尋問部隊の予算を圧迫しているはずだ。異能持ちはお高いのである。
アベルが指摘したら、ダリオは渋い顔をした。
図星だったらしい。
ちなみに──
ダリオたち尋問部隊の予想を裏切り、逮捕者の大部分は憑き物が落ちたように非常に積極的に証言を行った。
アベルの能力は勿論、尋問らしいやり取りすら出番は無く、ただただその証言を記録する事になった担当者たちは、『俺は書記官じゃねぇぞ』と悪態をついていたらしい。




