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3 再会(2)

 尋問部隊からの協力要請は、これが初めてではない。


 錯乱している犯罪者や自発的な受け答えが出来ない捕虜など、情報が欲しいが本人に証言させるのが難しい場合、結構な確率でアベルが呼ばれる。


 アベルは、『月の眼』──目を合わせることで相手の記憶を読み取る、特殊な目を持っているからだ。


 勿論、常時発動型の能力ではない。

 アベル自身が意識して使わないと発動しないが、その効果は非常に強力だ。


 どんなに口が堅い相手でも、目を見るだけで必要な情報を『覗き見』出来てしまう。


(…あんまり楽しい能力じゃないけど)


 特殊部隊員は、大なり小なり、常人とは違う能力を持っている。


 例えば隊長のエドガルドは数秒先の未来が予知出来るというし、ブラウは相手の話した嘘を見破ることが出来る。

 魔法ではない──魔法でも再現できない独自の能力こそが、特殊部隊を特殊部隊たらしめている。


 アベルの能力は戦闘向きでも潜入向きでもないが、情報を集めるという点においてこれ以上ない能力だ。


 ただし、他人の記憶を『他人の視点で』見る事になるため精神的にも肉体的にも疲労は募るし、見た内容によっては眠れなくなったり吐いたりすることもざら。

 また、記憶を覗かれた側にも負担が大きい。


 先程隊長が命令を躊躇ったのは、その辺りの事情を知っているからだ。


「よう、アベル! 急にすまんな」


 いつものように地下牢に向かうと、尋問部隊のダリオが待っていた。


 所属部隊に似合わぬ、気さくな男。

 外見だけは威圧感を出そうと鍛え上げているらしいのだが、滲み出る人の良さは隠せない。


 他の者が尋問した後、ダリオに代わるとポロッと本音を漏らす捕虜も居るらしいから、これはこれで向いているのだろう。


 そんな彼は、人当たりの良さを活かして他部隊との交渉・情報交換役をしている。アベルともそれなりに親しい。


「相変わらず人使いが荒いね、尋問部隊は」


 肩を竦めると、まあなあ、と苦笑される。


「物理的に痛めつけなくて良いってんで、お前さんの能力は重宝されてるからな」


 アベルが呼ばれるのは大抵、一通りの尋問が終わり、これ以上本人の口から聞くのは無理だと判断された時だ。


 アベルの能力は本人に負担が大きく乱用できるものではないので、配慮は有り難いが、うっかりすると拷問まがいの尋問の記憶を『視る』羽目になるので正直気は重い。


 が、任務は任務だ。


「今回頼みたいのは、数日前に国境部隊が捕らえた帝国民の記憶の確認だ。…ああちなみに、『帝国民』ってのは推定な。自国民に該当する人間が居ないもんで、多分帝国民だろうって話になってんだ」

「なるほどね」


 ダリオが机の上に書類を広げる。名前の欄も何もかも、ほとんどが空白だった。


「意識はあるの?」

「ある。…んだが…」


 歯切れ悪く呟き、ダリオは2枚目の書類を指差した。


「今の所、全く証言が取れていない」

「全く?」

「ああ。全く、欠片も」

「天下の拷問部隊が束で掛かっても?」

「拷問じゃなくて尋問だっつの」


 さらりとからかい混じりの言葉を混ぜたら苦い顔をされた。

 まさか、本当に拷問紛いの事をしてなお、何も情報が得られていないのだろうか。


「…つーかだな。尋問以前の問題なんだ、今回は」

「尋問以前の問題?」


 ダリオが深い溜息をつく。



「防御壁が張られて、本人に近付けない。意識を取り戻してからかれこれ丸一日、硬直状態だ」



「……は?」



 アベルはぽかんと口を開けた。


 防御壁と言ったら、魔法障壁の一種だろう。

 地下牢には魔法の発動を阻害する仕掛けがあるから、魔法は使えないはずだ。


 なのに、壁に阻まれて近付けないとはどういうことか。


「…魔法部隊の見立てによると、防御壁は魔法じゃないらしい」

「はあ?」


 常識を根本から否定する言葉が出て来た。


「どういう理屈の代物なのかよく分からんが、魔法じゃないんで俺達には対処が出来ん。お手上げだ」


 ダリオはばっと両手を挙げた。


 よく見ると、両目の下のクマが濃い。多分、本当に丸一日頑張っていたのだろう。


「…なるほどね。それで俺の出番ってわけか」

「そういうこった。別に防御壁がどうにか出来なくても、やっこさんがどういう人間か分かれば良いわけだからな」


 アベルの能力は、相手と目が合いさえすれば成立する。

 そんな得体の知れない術を使う相手に、効くかどうかは分からないが。


「…分かった。案内して」

「了解だ」


 ダリオの案内で着いたのは、牢ではなく尋問部屋の一室だった。


 意識を取り戻したらすぐ尋問出来るよう準備していたら、実際意識が戻った直後に防御壁が現れ、その場から動かせなくなってしまったらしい。


「職務熱心なことで」

「皮肉るなよ。こちとら大変なんだからよ」

「ハイハイ、お疲れさま」


 適当に相槌を打ち、扉を開ける。


 途端、空気が張り詰めた。


「…」


 俯いてはいるが、意識はあるらしい。

 両手と両足に枷を付け、椅子に縛り付けられた人物は、予想より小柄だった。


 というか…



(…女?)



 そういえば、帝国民であろうという事以外、事前情報が無かった。


 ちゃんと伝えてくれよという思いと、確認しなかった自分が悪いという冷静な思考が一瞬交錯する。


 帝国民にはそれほど珍しくない黒髪。長さはそれほどでもないか。

 顔を伏せていて表情は窺えないが、肌からはかなり血の気が失せている。相当疲労が溜まっているはずだ。


 特筆すべきは、その服装だろう。


 パンツスタイルの女性というだけでも珍しいのに、足元はごついブーツ。

 上着も生地が厚く、明らかに一般市民の格好ではない。


(帝国軍人…?)


 そもそも帝国には女性軍人は居ないはずだし、服装自体も軍の制服ではないのだが。


 ──ともあれ、やる事は変わらない。


 一歩踏み出すと、ぴくりと女の肩が跳ねた。


(…うん?)


 背中に奇妙な熱を感じて、アベルは思わず足を止める。


 そんな所は怪我していないし、病気も無いはずだ──いや。



 ──心臓の裏側。その位置は。



「っと!」



 もう一歩進むと、目の前でバチッと火花が散った。

 その一瞬、女を取り巻くようにドーム状の膜のようなものが光って見える。


 なるほど、確かに『防御壁』と言えるものがあるようだ。


 もう1回進もうとして靴が不可視の壁にぶつかり、また火花に阻まれる。

 これ以上進めない事を確認して、アベルは足を止めた。


「厄介だね」


 呟くと、拘束された女がゆっくりと顔を上げる。

 黒髪がさらりと流れ、琥珀色の目がアベルを捉えた。



 そして──



「──……銀、月?」



「…!?」



 掠れた声が、誰も知らないはずの名前を呼んだ。


 黒髪金目。女性。そして、その言葉。



(まさか──)



 頭の中が真っ白になった瞬間、背中の熱がぶわっと広がり、目の前が真っ暗になる。



「アベル!?」



 意図せず『月の眼』が発動した──頭のどこかで冷静に認識しながら、アベルはがくりとその場に膝をついた。




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