28 城下町デート(2)
ブラウから借りた上着を羽織り、リョウの部屋に向かう。
ノックをすると、すぐにニルダの返事があった。
「入って良いわよ」
「え、ちょっと待っ…」
「い、い、わ、よ!」
何やら中で揉めているが、良いと言われたので素直に扉を開ける。
平静にと自分に言い聞かせていたら、視線が下を向いた。
そのまま扉を閉め、室内に向き直って──アベルは目を見開いて固まった。
「えっ…と」
「…」
間抜けな呻き声が絨毯に落ちる。
リョウの肩を抱いたニルダが、満面の笑みで胸を張った。
「どうよ! 私渾身のコーディネートは!」
押し出された形になったリョウが、若干涙目で視線を逸らす。顔が赤い。
──深い青の少しタイトなロングスカートに、水色のタートルネックのニット。その上から、リボンをあしらった丈の短いジャケット。
胸元にはラフな形の色石が、細い皮紐でぶら下がっている。
足元はショートブーツで、よく見ると部隊の支給品だが、程良く全体を引き締めている。
髪は一見いつもと同じだが、横に編み込みが入っていた。
髪留めにはペンダントと同じ色石があしらわれている。
化粧はいつもと同じく薄め、ただし頬にふんわりとピンク色が乗っている──これは化粧ではなく本人が赤くなっているだけだろうか。
総じて──
「…すごく似合ってる。可愛い」
「でしょー!?」
心から呟いたら、ニルダが大きく頷いた。
リョウは真っ赤になっている。反応が初々しい。
──うん、可愛い。ちょっと理性が揺らぐ程度には。
(いや、ダメだからな俺!?)
はっと我に返り、アベルはニルダに話題を振る。
「それにしても、よくこんな服あったね。ニルダの趣味と大分違わない?」
そもそも身長が違うので、リョウに合うロングスカートがあったこと自体が驚きなのだが。
「ああそれね、前にバーゲンで買ったのよ。ほら、バーゲンて後先考えずにとりあえず掴んだものを確保するのがルールじゃない? そしたら、自分じゃ履けないサイズだったのよね」
「いや、バーゲンにそんなルールがあるとか初耳だけど」
「まあね、私個人のルールだからね」
「…何なのそれ」
「私の数少ない娯楽なのよ」
毎日を全力で楽しんでいそうなニルダに、『数少ない娯楽』とか言われても説得力が皆無だが。
とりあえず、この服に関しては結果オーライというやつだろう。リョウに似合う服があって何よりだ。
「ほら、行って来なさい! 折角だからお昼も外で食べて来ると良いわ。私のおすすめは中央広場に出てる黄色い旗の屋台のサンドイッチよ」
ニルダがグイグイとリョウの背中を押す。
よろめいたリョウは、アベルの前で立ち止まり、困り果てた顔で見上げて来た。
(うぐ、頑張れ俺の理性)
内心で気合いを入れ、にこりと微笑む。
「じゃあ行こうか、リョウ」
「…うん」
隊舎を出るまではひたすら緊張していたリョウだが、城下町の大通りに出ると、目を見開いて周囲を見渡し始めた。
「リョウ、そんなに急がなくても時間はあるよ」
苦笑しながら声を掛けると、小走りになりかけていたリョウははっとこちらを見て立ち止まった。
「ご、ごめん」
「謝ることないよ。こういう場所にはあんまり来ないの?」
「うん。街に行くのは、年に2回くらいだったかな…」
大通りは、左右に様々な店が立ち並ぶ商店街だ。
道幅は広く開放感がある造りで、道行く人々の表情も明るい。
この辺りは大公の住まいに近いので、比較的裕福層が多い。歩いているのは主に使用人や騎士たちで、たまに物好きな貴族や豪商も従者を連れて歩いている。
行き交う馬車も、大抵貴族や豪商の紋章が入っている高級馬車だ。
綺麗に整えられた石畳に、間口の広い店。
建材は石かレンガだが、色は赤系または白系の2択。それを組み合わせた壁は、モザイク画のような仕上がりになっている。公国の伝統的な様式だ。
白一色なのは大公の住まいだけで、他は赤をまじえた色合いになる。高位貴族の屋敷は白多め、平民は赤多め──そんな不文律があるそうだ。
解説するアベルの横で、リョウは周囲を見渡す。
「…お店は白と赤、半々?」
「そうだね。『貴族向け』『平民向け』はあっても、『平民お断り』みたいなお店は無いから」
全ての民に門戸を開く意思表示として、商店、それも大店の建物は両方の色を等量使っている事が多い。
「アベル、詳しいね」
「訓練兵時代に一通り教わるんだよ。この国の成り立ちとか、街の造りの特徴とか」
当時かなり苦労して覚えた知識が、まさか犯罪者の追跡や大公の警護以外で役に立つ日が来るとは。
「そうそう、先に用事を済ませようか」
「用事?」
「夜会用のアクセサリー、イヤリングが足りないでしょ? 選びに行こう」
ブラウに指摘されるまで把握していなかったのは黙っておく。
当たり前の顔で言ったら、リョウは案の定、目を見開いた。
「え」
「大丈夫、お金は俺が出すから」
「え!?」
リョウが驚きの顔で立ち止まる。
立ち止まったのはお誂え向きに、街でもそこそこ大きい宝飾品店の前だった。アベルは笑みを浮かべてリョウの手を取る。
心拍が同期する。ドキドキしているのはどちらのせいかは考えないようにして、手を素早く自分の腕に回させた。
「手はここ。夜会のエスコートと同じね。背筋伸ばして。折角だから、貴族っぽく振る舞う練習をしよう」
「練習って…」
「はい、行くよー」
多少強引に行くと何だかんだで付き合ってくれるのは織り込み済みだ。
一瞬よろけたリョウは、2歩目を踏み出す時には姿勢を正し、ほんのりと微笑を浮かべていた。
その微笑みが若干引き攣っているのは見ないふりをする。
(…いきなり完璧に振る舞われても俺の立つ瀬がないし…)
店の前に立つと、警備員がにこやかに扉を開けてくれた。
「いらっしゃいませ」
上品な鈴の音がして、出迎えてくれたのは女性の店員だった。
アベルを見て一瞬頬を染め、すぐにリョウに気付いて表情を改める。
改めるというか──明らかに微笑ましいものを見る目になった。
「本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
他の客や店員の視線がこちらに集中している。リョウが居心地悪そうに身じろぎする。
「社交界デビューする女性が、夜会に身に着けて行けるイヤリングを探しています」
アベルもこんな店にプライベートで入るのは初めてだ。
緊張しながら告げると、店員はそっとリョウの様子を覗った後、承知しました、と笑顔で頷いた。
「ドレスはお決まりでしょうか?」
「はい」
「では、詳細をお聞かせください。こちらへどうぞ」
通されたのは、店の2階にある個室だった。
それほど広くはないが、ソファは上等な革張り、ローテーブルは艷やかな黒の一枚板──黒檀というやつだろうか。
明らかに高級な調度品に、リョウがガチガチに固まっている。
手慣れた様子で紅茶を出してくれた店員は、アベルたちに向かって微笑んだ。
「突然で驚かれましたか? 社交界デビューや婚約、結婚など、特別な行事を控えたお客様には、こちらのフロアをご利用いただくことになっておりまして」
「そうなんですか」
「はい。他のお客様の視線を気にせず、ゆっくり選んでいただけるようにというオーナーの御意向です」
そこは身分に関係無く適用されるらしい。リョウがそっと息をついた。
「──改めまして、本日はご来店ありがとうございます。『月の雫』副店長のクロエと申します。精一杯務めて参りますので、よろしくお願いいたします」
店員──クロエが、鮮やかに微笑んだ。




