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アベル・イグナシオ回想録 ~国境で捕えられた敵国人は、俺の命の恩人でした~  作者: 晩夏ノ空


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14 特殊部隊員(2)

 石畳のエリアの中央、10歩程の距離を取って、リョウとモーリスが対峙する。


「…」


 モーリスが睨み付けていても、リョウはほぼ無表情だ。

 平静を装っているのか本当に何とも思っていないのか、少々判断に困る。


 予想した事態ではあるが、予想通り過ぎて変な笑いが出て来そうだ。


「…大丈夫かしら…」


 アベルの隣で、ニルダが小さく呟いた。


 ニルダはリョウが強いことを知らないから──そう思った後、そういえば自分もよく知らないのだと気付く。


 10年前、犬のような魔物──恐らく瘴魔をリョウが気絶させた時は暗くて何をしているのかよく見えなかったし、再会したのは尋問室だ。

 リョウの『記憶』の中でも彼女は一方的にやられていたし、実はそれほど強くないのかも知れない。


 それにしては、立ち姿が落ち着き過ぎているが。


 一瞬浮かんだ不安を、視線を巡らせながら振り払う。


「武器は?」


 審判役の副隊長が訊ねると、リョウは首を横に振った。


「要りません」


「モーリスは?」

「不要です!」


 リョウの返事を聞いたモーリスの目が吊り上がる。


 モーリスは格闘術を主に使う、近接戦闘特化型の戦闘員だ。

 一方リョウは、『記憶』によればカタナを使う剣士。何故徒手空拳で挑むのか分からないが──意図的ではないにしろ、モーリスの神経を逆撫でしているのは確かだ。


「…」


 両手を握り込み、明らかに好戦的な構えを取るモーリス。


 一方リョウは、左足を半歩分だけ引き、腕は体側に自然に垂らしているだけ。

 あまり見ない構えに、隊員たちがざわつく。



「──はじめ!」



 副隊長の合図と同時、モーリスが踏み込んだ。


 腰を落として一気に間合いを詰め、右拳で横殴りに胴体を狙う。モーリスが得意とする戦法の一つ。

 リョウは斜め後ろに半歩退いてそれを躱した。


 が、モーリスはさらに踏み込む。


「──ふっ!」


 左の拳、右の貫手──は囮で、本命は左足での下段蹴り。


 その全てに、リョウは的確に対応した。


 左手は右手で弾き、貫手は軽く首をひねって躱し、下段蹴りは鮮やかに飛び越える。


 モーリスの表情が険しさを増した。


 躱された蹴りはそのまま踏み込みに変わり、身をひねりざま右の手刀が振り下ろされる。

 変幻自在の拳打。

 モーリスが戦闘員の中でもトップクラスに位置付けられる理由だ。


 が──


「…」


 リョウはどこまでも冷静だった。


 着地した瞬間、迷わず前に出る。


 一瞬で距離がゼロになり、モーリスが目を見開いた。


 リョウはモーリスの右手首と襟首を掴み、その勢いのまま反転、モーリスを背負い込むように腕を引く。



 モーリスの長身が、冗談のように軽々と宙を舞った。



 ──ダン!



「ぐっ…!」



 激しい激突音と、モーリスの呻き声。


 石畳に叩きつけられたモーリスは、リョウに右手と襟首を掴まれたまま。

 もしリョウが手を離していたら、後頭部から地面に叩き付けられていたのではないか──その可能性に思い至り、背中を冷や汗が伝った。



「──そこまで!」



 副隊長が試合終了を宣言した途端、場の空気が緩む。


「も、モーリスさん!」


 よくモーリスについて歩いている後輩が、慌てた様子でモーリスに駆け寄る。


「何だ今のは!?」

「すげえな!」


 ざわつく隊員たちの中、アベルはリョウに歩み寄った。


「リョウ、お疲れさま」

「アベル」


 振り返る表情に疲れは見えない。息が上がってすらいない。


「リョウ! すごいわね。モーリスって素手ならほとんど負け無しなのに」


 ニルダの目が輝いている。


 正直、アベルも驚いた。対人戦闘は苦手だと言っていたが、とてもそうは思えない。


「大型新人登場、ってか」


 ブラウがにやにや笑っている。


「くそっ…」


 立ち上がったモーリスが悪態をついた。


「新人。今のは何だ」

「…ただの近接戦闘術だけど」

「違う!」


 モーリスは苛立ちを隠そうともせずにリョウに詰め寄る。



()()()()()()()、って訊いてんだ!」



『!?』



 場の空気が凍った。


 腕組みしたモーリスは、半眼で呟く。


「あの動きなら初撃でカウンターを打てたはずだ。何で躊躇った」


 躊躇った。


 端から見ている分には全く分からなかったが、モーリスにはそう見えたらしい。


 リョウの目が泳いだ。



「……加減が分からなくて」


「はあ?」



 もにょもにょと呟いた後、リョウは眉を寄せて言い直した。



「だから、普通の『試合』が久し振り過ぎて、加減が分からなかったの。相手の骨折るわけにはいかないし…」



『……』



 何を言っているのか分からない、という沈黙が落ちる。


 ハッと思い至り、アベルはリョウに訊いた。


「…もしかして、『対人戦闘は苦手』って、そういう意味?」


「そう」


『はあ!?』


 弱いのではなく、強すぎて加減が出来ないから苦手。

 意味が分からない──というか、分かりたくない。


 ──人に手加減できないというならば、普段、一体何を相手にしていると言うのか。



(…瘴魔、か)



 ようやく合点がいく。


 人でも魔物でもない何かを相手にするなら、手加減などむしろ邪魔。相手を蹂躙するのが当たり前。


 その基準で鍛えられてきたのなら、人との戦闘──命の取り合いではない『試合』が苦手なのは当然だった。


「…なんだそれは」


 モーリスが額に青筋を立てた。


「つまりお前は、俺を下に見てたってことだな?」

「そういうつもりじゃ」

「そういうことなんだよ」


 リョウの言葉を遮り、モーリスは舌打ちした。


「…丁度いい。お前、明日から毎朝俺の鍛錬に付き合え」

「え…」


 リョウが驚いて顔を上げた。


 モーリスは相変わらず、とても機嫌が悪そうな顔をしている。


「この俺が負けっ放しのままでいるわけねぇだろ。お前も対人戦が苦手だっつーなら慣れるまでやれ。俺らは人間とやり合うことの方が多いんだからな」


 お説ごもっとも。


 モーリスはたまにこういう常識的な事を言うから油断できない。


 リョウが困った顔でこちらを見るので、アベルは頷いた。


「確かにモーリスの言う通りだね。これから教育が始まるけど、朝は時間があるから。リョウも鍛錬に参加すると良いよ」

「…分かった」


 リョウが頷く横で、モーリスが顔を顰める。


「…つーか、さっきから何だ『リョウ』って。こいつは『レイナ』だろうが」

「ふっふーん。『リョウ』はこの子の愛称よ」


 何故かニルダが胸を張る。

 モーリスは呆れた目でニルダを見下ろした。


「…どういう変換だ」

「私のセンスにあんたがついて来れるとは思ってないわ」

「ニルダー、挑発しないの」


 はん、と鼻で笑うニルダを溜息混じりに止める。


 こういう事をするから衝突が絶えないのだ。

 モーリスにも一応矜持があるらしく、ニルダに直接暴力を振るうことは無いのだが──その分アベルに喧嘩を売ってくる。


 買う方はたまったものではない。




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