長い日曜日・復路
駅員は扇形に開かれた二枚のキップを確認し、受け取ると同時に重ねて入鋏し、真治に返した。二人は天井に掲げられた行先別の出発時刻を見て、顔を見合わせた。そして頷いて、笑いながら階段を小走りに降りると、最寄りのドアから直ぐに乗り込んだ。
「間に合いましたね!」
「良かったね!」
二人がそう言うと扉が閉まり、二人が乗った八番線から電車が出発する。そして一番遠い向こうの五番線からも電車が出発した。別方面の電車が、同じ方向へ同時に出発したのだ。
「この風景好きなんだよね」
「私も見たことあります」
二人はドアの向こうに乗っている乗客に、手を振ることはなかったが、それでも目と鼻の先にある、誰とも知らない人達を眺めていた。
ポイントを通過すると電車が揺れて、ごっつんこするのではないかと思う位に、ぐわっと急激に近付く。そして、思えば短い間、並走する。やがて向こうの電車は、先頭が単線の登り坂に差しかかるので、やや速度を落とす。それは真治から見ると、苦労して遅れているようにも見える。
しかし向こうの電車は、そこから急激に上昇して行く。こちらの目線よりも上。ずっとずっと上に羽ばたくように。そして、力強く大きく左にカーブして、お互いの電車は、各々が異なる目標へと別れて向かうのだ。
真治は日常の風景を、人生に置き換えて眺めることを常とする。隣で手をつなぎ、一緒に電車を見ていた香澄の横顔を見て、きっと香澄の人生は自分とは違う気がしていた。きっと今、飛んで行った方の電車なんだろうなと感じた。
真治の目線に気が付いたのか、それとも手を握る真治の手の圧力が少し強くなったのを感じたのか、香澄は真治の方を見た。
「行っちゃいましたね」
香澄が小声でポツリと言う。真治は、香澄も同じことを考えていると判った。だから、まだ同じ電車に乗ってくれている内にと思い、聞いておきたかった。
「どこへ行くんだろうね」
その一言には重みがあった。真治は香澄を離したくない。そう言う意味を込めたつもりだった。香澄は、しみじみとした声で真治が言うものだから、少し考えている。真治は香澄の目を見ていた。香澄は笑って、それから答える。
「鉛橋だと思いますよ?」
うん。行先表示はそうだった。下から覗き込むように見つめられて、真治は三秒間固まった。目だけがパチクリしている。そして、真治は我に返った。
「でぇすぅよぉねぇー」
笑って答える。返事を聞いた香澄は、もう何度も何度も頷いた。こちらの電車は右にカーブして、大学校の横を走り抜けて行く。モハは唸りを上げた。
二人はドアの前に立って話をしていた。次の駅では目の前のドアが開くので、二人はドアを避けて並んで立つ。乗降客ゼロ。次の駅でまた二人の立っている方が開くので、ぴょんと降りる。二人は手をつないでいたが、真治がキップを取り出す仕草をすると、香澄は手を離して腕に持ち替えた。そのまま改札口に向かうと、真治が二枚のキップを扇状にして駅員に提出した。
香澄は今日の日付が刻印されたキップが欲しかった。それは叶わなかったが、実は小さいキップの管理が苦手で、何もしなくて済んだことが嬉しかった。