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花火の夜・親の心子知らず

 恵子が寝室に戻って来た。圭太はヘッドフォンを外して恵子に聞いた。

「香澄、どうだ?」

「まだ興奮してましたけど、もう一度薬飲ませて寝かしましたよ」

「そうか。何とか行ってこれて良かったな」

「浴衣着替えている時になっちゃって、大変だったんですよ」

「それはびっくりしただろうね。でも真治君、あんな感じだったら、別にまた今度にしても、良かったんじゃないの?」

「私もそう言ったんですけど、香澄がどうしても行くって聞かなくて」

「そりゃぁ、男の子と花火なんて、一大イベントだもんねぇ」

「言い出したら聞かない所は、圭太さんそっくり」

「えー、そんなことないよ」

 二人は笑いながら、並びのシングルベッドに各々入った。枕もとの照明だけが点いている。恵子が聞いた。

「ところで真治さん、どんな子でした? 普段はね、全然読めないんですよ」

 恵子は男同士の会話から、真治の人となりが知りたかった。

「あー、そうだろうね。何かね、大変なご家庭みたいだよ」

「判ります? あら、どんなご家庭なんですか?」

 圭太は恵子の考えを理解していた。しかし真治が話したことを、そのまま伝える訳には行かないと思っていた。

「いやー、恵子さんはペラペラしゃべっちゃうから、ダメな感じの内容かなぁ」

「もう、嫌ですわ。私これでも、結構口、固いんですよ?」

「うん。その辺に言いふらしたりはしないよね。でも、香澄や真治君にポロッと言っちゃいそうだし、態度に直ぐ出るから、やっぱりダメな内容かなー」

 真治が言ったことが、本当なのか判らない。仮に本当だとしても、圭太にはどうにもできない他家のことである。

「まっ。この人ったら」

 そう言われても、圭太は恵子に真治の話をするつもりはない。逆に圭太は恵子に質問した。

「恵子さんは、香澄と真治君の交際、どう思っているの?」

「お友達なら良いと思いますよ?」

「やっぱり、お友達止まりが希望なのね」

 圭太は予想が当たって、むしろ難儀に思えた。

「そうですよ。やっぱり香澄と同じ音楽の道を進んで、理解があって、話が合うような、そんな人が良いですわ。真治さんが悪い子って訳じゃ、ないですよ?」

「プロの音楽家同士が、良いの?」

「そうですよ。お互い同じように苦労を乗り越えて来た人同士の方が、理解があるんじゃないかしら。一日中ピアノ弾くんですよ?」

「真治君は音楽に理解はあると思うけど。プロを目指していないから?」

「まぁ、香澄だってまだプロになると決まった訳じゃないですけど、目指しているのと、目指していないのでは、もう結果は見えてるじゃないですか」

 圭太は頷いた。ゆっくりと恵子を見た。

「香澄は、プロになれると思うかい?」

 圭太の顔は渋い。そして口はへの字だ。恵子はちょっと怒った。

「私は信じていますけど。あなたが信じていないのでは、香澄がかわいそうじゃありません?」

 語気が強い。しかし言われた圭太は静かに反論した。

「かわいそうなのは、プロになれないことじゃないよ」

「どういうことですか?」

 ちょっと声が大きいと思って、恵子は口を押さえた。

「香澄が幸せになれないことの方が、かわいそうだよ」

 恵子は拍子抜けして『そんなことか』という表情になった。

「あら、圭太さんは、真治さんと香澄が、お付き合いした方が良いと、おっしゃるの?」

「それは判らないけど、香澄の気持ちを考えて欲しいなぁ」

 恵子はイライラしてきた。圭太の言いたいことが判らない。

「考えてますよ! 一番、考えてますよ!」

 二人は目を合わせて会話を始めた。二人の表情は対照的だ。

「そうかぁ。恵子さんは、香澄がピアノ好きだと思っているのかな?」

「思ってますけど。発表会でも一番上手でしたし、ちゃんと練習しますし」

「私はピアノより、クラリネットとか、別の楽器をやらせたいと思っているよ?」

「ピアノよりですか? 今からですか?」

「うん。まぁ、ピアノは基礎だから。できて当たり前としてね」

「香澄がクラリネットをですか? 圭太さんから見て、香澄は素質があると?」

「いや、全然かな。頑張っているみたいだけどね」

 圭太は残念そうに笑った。恵子は混乱し、圭太を睨み付けた。

「意味が判りません!」

 声を荒げているのに気が付く様子もない。圭太は冷静に説明する。

「私はね、香澄がほんとーに求めているのって、仲間なんじゃないかなって、思うんだ。どう?」

「ピアノだって、仲間ができますよ?」

 恵子は自分と比較した。仲間はそれはもう、世界中に沢山いる。

「いや、そういう仲間じゃなくて、ほら、ピアニスト同士が、同じステージに立つことはないでしょ? あ、連弾っていうのは無しね」

 圭太もそれは判っていたので、軽く補足した。

「判りますけど、そりゃそうですよ」

 恵子は答えた。そして、圭太の言いたかったことを理解した。

「向こうで香澄を連れまわしてみたけど、仲間と一緒だったら、ずっと演奏しているけど、一人だと嫌がっていたからね」

 圭太は昔を思い出して苦笑いし、少し遠い目になった。

「子供だからですよ」

 昔は昔、今は今だ。恵子の言葉に圭太も素直に同意した。

「そうかもしれないけど。香澄は引っ込み思案だよ。だれか、助けてくれる人がいれば、周りにすぐ溶け込むんだけど。いつもあと一歩が踏み出せないよね」

「そうなんですか?」

 圭太が見てきた香澄と、恵子が見てきた香澄は、まるで別人のようだ。

「うん。これから高校受験するのに、部活辞めてさ、一日の殆どをピアノの練習につぎ込まないといけないんでしょ?」

「そうでしょうねぇ」

「続けば良いけど。どうだろうねぇ。一人で頑張れるかな?」

「私が見ますよ」

「ずっと見ている訳には行かないでしょ。ピアノ教室やっているんだし」

「そうですけど、本当にジーっと見ている訳ないでしょ。もう」

「いやいや、判るけど。何て言うかな。うーん。まぁ、あれだよ。ほら、ドイツで買った大きなぬいぐるみ、日本ではピアノの横に、ずっと置いていたでしょ?」

「そうねぇ。日本に帰って来てからねぇ。ドイツではクローゼットで、くの字になって押し込まれていたのにねぇ。あ、でも今はないですよ!」

「え、そうなの? 良かったじゃない!」

 圭太の顔がパッと明るくなった。良かった。香澄は変わったのだ。

「ええ。真治さんがトランペットを吹きに来た時から、どこかにお出かけになりました」

「あら? やっぱりダメなんじゃないの?」

 圭太はずっこけて、渋い顔になった。言葉を続ける。

「なんか、部活で大勢お友達ができたら良いなぁって思ったんだけど、あんまり溶け込めてないみたいだしさー。一人で寂しくしてそうじゃない?」

「そうかしら? お隣の真衣ちゃんはお友達で、トランペットみたいですよ?」

 そう言って恵子は思った。クラリネットのお友達については、聞いていない。

「そうかー。真治君もトランペットって言ってたし、トランペット買って、持たせれば良かったかなぁ。幾らもしないんだしー」

 圭太は口をへの字して、両手を頭の上で組んだ。

「そんなこと言って。圭太さん『クラリネット吹こうかな』って香澄が言ったら、すごく喜んでいたじゃないですか」

「嬉しかったんだからしょうがないじゃない。でもちょっと後悔。お友達と同じのにしなさいって言えば良かったなぁ。真治君はどんなトランペットなの?」

 圭太はそう質問して、溜息を洩らした。

「バックのシルバーでしたよ? ほら、ルフトさんと一緒の奴」

 圭太はそれを聞いて慌てた。そしてむせた。

「ゲホッ! グホッ! え、そ、そうなの? 日本なのに、ヤマハじゃないの?」

 恵子の記憶は確かだ。すぐ目の前で実物を見たのだから。

「まぁ、オーケストラ用ではないのでしょうから『全く一緒』じゃぁないんでしょうけど。香澄の部屋でお預かりしてますよ?」

「へー。そうなんだ。あー。びっくりしたー。じゃぁ、お揃いって訳にはいかないねぇ。でも、トランペットだったら、もうちょっと馴染めたのかもなぁ」

「真治さんとは馴染んでるんでしょ?」

 圭太はクスリと笑った。そして恵子を見た。

「んー。それはそれで良いんだけど。香澄のことだから、仲良くなったらなったで、きっとベタベタでしょ? ただでさえ女の子が多い部活なのに、女の子ばっかりのクラリネットだったら、きっと浮くよ。女の子としてどう思う?」

 恵子は顎に手をあてて考えた。

「そうねぇ。私はモテたから良く判らないけど、嫉妬はするかしらねぇ。でも真治さんでも、嫉妬するかしらねぇ」

 圭太は聞いた人を間違えたと思った。圭太だって、自分が二枚目だと思ったことはない。それが、どうして恵子と付き合えたのか。今だ謎である。

「あら? 圭太さんは、真治さんと香澄がお付き合いするの、賛成なの? それとも反対なの?」

 考えている内に、恵子が聞いてきた。それに圭太が答える。

「お友達を増やすには反対で、ピアノを続けるなら賛成だね」

「ピアノを続けるなら賛成?」

 恵子は、また謎な答えを圭太から聞いて、混乱した。いつもそうだ。

「そうだね。真治君も一応ピアノ弾くし、香澄のことも良く考えてくれているし。香澄も真治君に励まされたら、練習頑張るんじゃない?」

「そうですね。それは否定しませんけど、なんか、もやもやしますね」

 それを聞いて、恵子は納得したのだが、何か、心に引っかかる。

「うん。何か人の人生を、香澄の為に利用するみたいじゃない? そんなの人のすることじゃないし、我々がそんな気持ちでいたら、香澄だって嫌だろうし」

 圭太の言葉は、恵子の心に響いた。本質を突いていた。

「そうねぇ。私もそういう目的は嫌ですわ」

「でも、このままだと、結果的にそう成っちゃう気もするんだよね」

「どういうことですか?」

 恵子はまた大きい声を出した。圭太は眉をひそめた。

「うーん。あのさ、香澄は真治君といつから付き合っているの? 何か、随分昔から仲良しみたいな感じがするんだけど?」

 圭太の心に引っかかっているのは、また別のようだ。恵子は首を捻る。

「えーっと、確か六月位に、初めてお買い物に行ってましたよ? あの時もね、それはもう凄く楽しそうで『子犬のワルツ』今までで、一番上手でした」

「あー、そうそう。手紙貰ったね。あの時かぁ。あれ? 最近だね?」

「そうねぇ。だって小学校違うみたいだから、中学に入ってからですよ?」

 恵子は天井を見て考えている。圭太は片腕で頭を支えて横になった。

「でも、だとしたらさ、あの様子だと、よっぽど気に入ってるんじゃないの? 六月に貰った手紙さ、五月と全然違って、まるで別人みたいだったからね?」

「そうかしら? 他の子に比べると真治さんが親切だから、香澄が舞い上がっているだけなんじゃないの?」

 恵子は圭太の観点が判らない。しかし、スーパーに返した傘のことで、香澄が烈火の如く怒り狂ったことと、卵焼きを楽しそうに調理する姿を思い出した。今更ながら、相手は真治だったのかと理解した。確かに、五月までの香澄とは違うだろう。

「ドイツじゃ、良い所のおぼっちゃんみたいな子からさ、随分親切にされてたじゃない? 香澄はなんとなく嫌がっていたけど」

 恵子は天井を向き、どの子のことかしらと思ったが、思い当たらない。

「そんなこと言われたら判りませんよ。圭太さん、結果的にどうのこうのってのは?」

 恵子は真顔になり、圭太に直球で聞く。圭太も真顔になって、直球で答える。

「それね。香澄は真治君に振られるよ。きっと」

「香澄が? ですか?」

 恵子は驚いていた。こういう圭太の予想は当たる。だから声が大きかった。

「ああ」

「ど、どうしてですか?」

「あの立ち振る舞いだよ」

 圭太が恵子を見た。恵子に動揺と混乱が訪れた。

「立ち振る舞い?」

「ああ。そうだ。恵子さん、真治君のご家庭の話、聞いたことある?」

「ありませんよ?」

「じゃぁ、香澄から聞いたことある?」

「ありません」

「それじゃ、香澄は真治君のお家にお邪魔したことある?」

「ないと思います」

 圭太は溜息をついた。それを見て恵子は首をかしげた。

「だよね。中学生が友達を誘うのに、普通はどこかで、待ち合わせすると思わない?」

「それはそうでしょうけど、別に家が近ければ、お家集合でもするのでは?」

「うん。でもさ、真治君は、一駅電車で来て、途中下車して、香澄を迎えに来てくれるんでしょ?」

 言われた恵子は、天井を見て考えた。言われて見れば、である。

「そうですね」

「どうしてだと思う?」

 圭太は恵子を見た。恵子はもう一度首を捻った。

「香澄のことが、よっぽど好きなんじゃないですか?」

 恵子はちょっと笑って答え、圭太を見た。

「そう思うよね」

 圭太は右手の人差し指で、ヒュッと恵子を指さした。

「違うんですか?」

「違っていないと思うよ」

「違っていないと思うのなら、何ですか? どういうことですか?」

 恵子は眉をひそめている。圭太は覚悟を決めて話し始めた。

「それはさ、家のこと見られてるんだよ。香澄が真治君の家庭に合うか、我々夫婦が真治君の家庭に合うか、見られているってことだよ」

 恵子は溜息をした。普段の真治と圭太の言っていることが、一致している。

「まぁ、随分、失礼ですね」

「失礼ってことはないでしょ。あの立ち振る舞いだったら、ご両親だって、安心してどのお家でも一人で訪問させられるでしょう。何の心配もないでしょ」

 確かにと思った。失礼は取り消しだ。しかし、納得はしていない。

「そうねぇ。なんか、全然子供っぽくありませんけど」

 恵子は苦笑いする。それを見た圭太が話し始めた。

「ずっと大人に囲まれて育ったか、よっぽど厳しく躾けられたのか判らないけど、香澄が真治君のお家に一人で行って、向こうのご両親に気に入られると思うかい?」

「別に、香澄だって、悪い子ではありませんよ」

 恵子は何を言っているんだと思って圭太を見た。圭太は心配性なのか。

「んー。でもさ、日本式というか、真治君のお家がさ、純和風のお家でさ? 障子とか襖とか、床の間とかあったらさー、座布団手裏剣で障子破いたりとか、絶対しそうじゃない?」

 圭太は右手をシュッと振り、真面目な顔で心配している。恵子は鼻で笑った。

「嫌ですわ、圭太さん。座布団手裏剣は襖を破いて、ジョセフさんから『免許皆伝!』って言われて、卒業したじゃないですか。お忘れですか?」

 恵子は口を押さえて笑い出した。圭太は何度も首を捻った。

「そうだっけ? だといいけどさー、でもさー、上座下座とか、箸の上げ下げとか、お茶の所作とか、そういうの見られたら、何もできないじゃん」

 恵子の顔から笑顔が消えた。

「そう言えば香澄も、箸のマナー知りたいって、言っていたことありましたね」

 恵子が顎に手を当てて思い出した。圭太がバッと身を乗り出して、言う。

「ほらごらん! お箸何て、もう基本中の基本じゃん! 真治君に何か言われたか、真治君を見て、香澄が『やばい!』って思たんじゃないの? だから我々がさ、真治君のご家族と上手くお付き合いできるか、香澄がどんな立ち振る舞いをするのか、香澄を真治君のご家族に紹介して大丈夫か、そういうのをさ、真治君に見られている。ということだよ」

「そんなこと、どうかしら?」

 そう答えつつ、香澄が出がけにドタバタしているシーンを思い浮かべて、顔が曇った。そんな時真治は、大体目を逸らして見ないようにしているのだ。

「あ、そう言えば!」

 恵子は、また別のことを思い出した。

「何?」

 圭太は驚いて聞いた。渋い顔をする恵子が、急に大きな声を出したからだ。

「お夕飯に誘った時、お家に電話している所を横で聞いちゃったんですけど」

「あらら。駄目じゃない」

「いえ、ごはん食べるよって言う位かなって思ったんですよ。だから、消音室でお話している時に、その電話どうぞって言って、使い方教えたら、そのままかけ始めたので、聞こうと思っていた訳じゃないですよ? そんな」

「そうか。それで? どんなだったの?」

 圭太は心配そうな顔をして、身を乗り出した。恵子も身を乗り出した。

「それはもう、丁寧な感じで、電話の相手がお父さんだったみたいなんですけど、『夕飯ごちそうになるから、母上にお伝え下さい』とか『お父上様、一つお願いがございまして』とかおっしゃってて、姿勢も直立不動でペコペコ頭下げて、ザ・日本人でしたね。切る時も相手が切るのを待ってらしたみたいですし、フックを指で押してから受話器を置く所なんて、社長秘書みたいでしたよ」

「なにそれ! 年齢、鯖読んでない? 中学生でしょ? それでお願いって、何をお願いしていたの?」

 圭太は焦った。もっと渋い顔になった。恵子はヒソヒソ声で言う。

「それがですね、暗号みたいで意味が判らなかったんですよ」

 圭太は目を丸くして、がくっと倒れ込んだ。終わった。もう終わりだ。

「嘘でしょ、何それ。どういうこと? もう恐怖しかないじゃん。そんな中学生がいる家に香澄がお邪魔して、電話なんて借りて御覧よ。それで家に電話したらさ、もう、絶・対・一発アウトじゃーん」

 声が弱弱しい。圭太は頭を抱え込んで言葉を続ける。

「いやー、こんなこと話すと恵子さん、真治君に聞いちゃいそうだから怖いんだけど」

「聞きませんよ」

 圭太の悩む姿を初めて見た恵子も、渋い顔をしている。

「なら良いけど。だからさ『この子ダメだ』って不合格になったらさ、真治君に香澄が振られちゃうってこと。いやまいったね。こりゃ」

「でも、本人同士が好きだったら?」

 圭太は恵子を見て首を横に振った。

「恵子さん。嫌いだって言って別れるんじゃなくて、気が付いたら別れてたってなるに決まってるじゃない。あれだけ大人の立ち振る舞いができるんだから。きっと青春の一ページってことにしてくれるよ」

「えー、じゃぁ、香澄はどうすれば良いんですか?」

 恵子は困った。とても困った。楽しそうにする香澄が、絶対見れなくなる。

「恵子さんは、香澄と真治君が付き合うの、反対なんでしょ?」

 圭太は口を尖がらせている。言われた恵子は、口をアウアウさせた。

「え、ええ。反対と言うか、何て言うか、そのー、ほら、高校や大学に行っても、お友達はできるでしょ?」

「まぁ、できるだろうねぇ」

 圭太がそう言うと、恵子はホッとした。

「じゃぁ、良いじゃないですか」

「良くはないよ」

 圭太の返事は早かった。恵子の安心は秒殺された。

「何がダメなんですか?」

 恵子の問いかけに、圭太はじっと考えている。そして、ゆっくりと話始めた。

「ずっと見てきた訳じゃないけど、香澄が今日みたいにさ、体調悪いのに無理してお出かけして? 他のお友達が屋台で買い食いしているのを、自分は我慢して? 言われた通りのおめかしをして? 家で家族と一緒に夕飯食べてから出発して? それでもさぁ、楽しかった! 嬉しかった! 面白かった! また行きたい! ねえ、来年も行って良いでしょ? 今度は前かけ持って行って良い? なんて言って、帰って来るんだからさー。花火を観に行ったのに、話すの真治君のことばっかりでさ。恵子さん、時計見た? 家を出発してから帰って来るまでの時間、見た? きっと現地でさ、ニ、三十分も花火見てないよ? 移動時間含めたら、もっと短いかもだよ? うん。短いよきっと。ねえ、一カ月も前から準備して行ったのに、ほぼタッチ・アンド・ゴーで、あの喜びようなんだよ? もうさ、真治君のこと、絶対、大大大好きでしょー」

 花火から帰って来た香澄が、玄関で浴衣の袖を振って喜んでいた様を、圭太は真似をした。それを見て、恵子は吹き出した。

「そうねぇ。ちょっと変わってるかしらねぇ。真治さんも『ピアノ習っていない』とか言ってましたのに、嬰ハでよそ見しても弾き続けて、香澄もうっとりして聴いていましたものねぇ。そうそう。なんかね、前々から『練習まで付き合う』なんて言って、それはもう、すごーく、聴きたがっていたんですよ?」

「そうなんだ。それは演奏聞けて良かったねぇ。それであんなに嬉しそうにしていたんだねぇ。体揺らしちゃって、かんざしも揺れてたもんねぇ。納得だよ。そうそう。いや、真治君もね『好きな人の為にしか弾かない』って、マジ顔して言ってたからね。そんな奴初めてで、もう笑ったよ。それで電話したんだけどさ、香澄呼んでピアノ弾かなかったら、どうしてくれようこの野郎! なんて思っていたんだけど。あれ? なんだ、もう二人は、相思相愛じゃーん」

 笑顔で話していた圭太の顔が、急に変わった。がっくりと肩を落とし、両手を前に置き、何度か頷いた。絶望だ。そして、しんみりと話し始めた。

「はぁ。でもさぁ、そんな子にさぁ『嫌いだ』って振られるならまだしもさ『好きだけど、お付き合いできません!』なんて言われたらさぁ、もう、泣くと思うよぉ。きっとすごーく泣くと思うよぉ。怖いよ。いやこれは困ったねぇ。もう祈るよ。ナンマンダブだよ。もう穴守稲荷に寄ってからドイツ行くよ」

「そんな。泣いて強くなって、次の男の子、探せば良いじゃないですか。失恋の一つや二つ、乗り越えるでしょって、ちょっと圭太さん、お参り行くなら新勝寺じゃないんですか? 大丈夫ですか? チケット、よく確認して下さいね!」

 圭太は不貞腐れた。布団にもぐりながら『やけのやんぱち』に改名だ。

「もうどっちでも良いし、何なら両方行くよ。あーあ。香澄が次の男の子、そう簡単に探すような子だったら良いけど。何だろうね。香澄が大人になってから出会ってれば良かったんだろうねぇ。泣いたら恵子さん、何とかしてね」

「えー、私なんですか?」

 一抹の不安が恵子に訪れた。圭太は向こうを向いたまま答えた。

「女の子同士ということで。それに、そんな理由で香澄に泣かれたら、私には、どうにもできないよ。おやすみなさい!」

 恵子は呆れた。相当呆れた。チケットも確認せず、押し付けて寝やがった。

「まったくこの人はぁ。こういう所が能天気なのよ! おやすみなさい!」

 恵子がフンッと鼻息も荒く電気を消した。そして、布団をかぶって目を閉じた。圭太は目を閉じずに、暗闇を見ている。


 何年か前、バックのトランペットケースを持ち、桃木を見ながらいじけている男の子がいたのを思い出した。鼻水まで垂らして情けないと思い、なんやかんや言って、もう何とか励ましたのだが、その後、立ち直ったのだろうか。

 しかし、そんなのしょっちゅうだし、その時に何て言って励ましたのかも忘れたし、名前だって聞いたのかもしれないが、もう覚えちゃいない。だから、今更それが、真治だったのかも判らない。『こいつ変わってんなぁ』と思ったのは一緒だが、何しろ今日の真治とは、もう全然違っていたからだ。なんだって? あれが同一人物? だとしたら、もう笑える。驚き桃の木山椒の木だ。

 それに、仮に立ち直ったとして、だ。香澄の前に現れるだろうか? いや、それはない。だって、ちゃんと『虫除け』のおまじない、してあるし。そうだよ。やっぱり別人だ。あんないじけ虫、香澄が、絶対好きに、なる訳がない。

 そうだ、だって一番好きな曲は『朧月夜』って言ってた。それで『こいつ変わってんなぁ』って思ったんだ。ジャズじゃないし、今日言ってた好きな曲でもなかったし、『愛のオルゴール』でもなかったじゃん。なんだ。やっぱりそうだ。別人だ。解決解決。うん。もう寝よう。


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