花火の夜・面接会場
香澄の家に着くと、呼び鈴を二回連続で押し、バラのトンネルをくぐる。
「それさ、悪戯だったらどうするの? 不用心じゃない?」
真治は心配性である。香澄が笑顔で振り向いた。
「お母さんね、私とそれ以外の区別、付くんですって」
当然という顔をして香澄が答える。真治は目を丸くした。
「すごいね。何か流石だわ」
「そうでしょー」
そう言って香澄が前を向くと、カチャっと玄関が開いた。今日も正解である。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「こんばんは」
「いらっしゃい。今日はよろしくお願いしますね」
恵子が真治を見て笑顔で頷く。真治は再び会釈した。促されるまま玄関に入った所で、真治が恵子に四人前のちらし寿司を両手で差し出した。
「こちら、どうぞ。皆さんでお願いします」
「香澄から伺ってますよ。ごちそうして頂けるそうで、ありがとうございます。あら、美味しそう」
「いつもごちそうになってますので、こんな時位は」
「とんでもございません。ありがとうございます。さ、こちらへどうぞ」
いつもよりちょっと長い玄関トークが終わった。その間に香澄がスリッパを用意してくれている。真治は一礼してお邪魔した。
香澄の父親が玄関にいない。今日は急用で来れなくなった、というケースも想定したが、香澄の様子から見てそれはない。だとしたら歓迎されていないのかと、真治は怖くなった。歓迎されていない所にお邪魔するのは、遠慮したい。
恵子はちらし寿司を持ってリビングの扉を開けた。香澄と真治もそれに続く。
「圭太さん、小野寺さんお見えになりましたよ」
「お、そうか」
ソファーでピアノ教室用の絵本を読んでいた圭太が腰を上げた。真治は絵本に夢中になっていた圭太を見て、気持ちだけずっこけた。しかし立ち上がった圭太は、中学生でも大きな方の真治よりずっと大きかった。
「初めまして。小野寺真治です」
「小石川圭太です。家の香澄を泣かせた真治君だね」
ほらやっぱり言われた。開口一番じゃないか。真治は香澄を睨むことはせず、その場で固まった。大人には正しく伝わらないものなんだよ。もう帰りたい。
「あらあら?」
恵子は初耳だったらしい。ポカンとした顔で圭太と香澄を交互に見ている。
「ちょっとお父さん! 絶対に秘密って書いたのにぃー」
怒りだしたのは香澄だ。真治に怒っている姿は初めて見せる。
「え、そんなこと書いてあったっけ?」
圭太はオープニングトークに失敗したなと思ったが、もう遅い。香澄がおろおろし始める。
「別にいじめられた訳じゃないのよ? お母さん、感動して泣いただけよ?」
恵子の方に向かって、早口で言う。恵子が苦笑いをしながら何度も頷くのを確認すると、直ぐに怖い顔をして圭太の方に振り返り、声を荒げた。
「ちょっと、もう、お願いだからやめて! お父さんも、そんな風に言うんだったら、もう、手紙書いてあげないからねっ!」
香澄の援護射撃に真治は胸を撫で下ろした。圭太は初めて娘に怒鳴られた。目を見開き、胸の前で手を合わせる。
「いやいや、すまなかった。これは父さん、本当にすまなかった。ごめんね」
娘からの手紙が来なくなるのは勘弁して欲しかった。それは辛過ぎる。
「良いけど」
香澄は直ぐに許した。目は怒ったまま、口だけは微笑んで圭太を睨む。真治は挨拶から苦笑いをするしかない。じっと三人の様子を眺めていた。
「今日は花火だそうだね。何処まで行くのかね?」
気を取り直した圭太が真治に話しかけた。固まっていた真治が動き出す。
「取足です。木白で乗り換えて三駅目。ここから三十分位です」
圭太は時計を見た。現在時刻は四時半。六時半から七時の間に家を出れば間に合うだろう。
「近いね。そんな近くでやっているんだね」
「はい。駅からでも花火が見えるそうです」
「そうか、じゃぁ時間は余裕そうだね」
そう言って置きながら、圭太はまた時計を見た。
「何時からなんだい?」
そう言って時計を見たまま真治の答えを待っている。真治が慌てて答える。
「七時から八時位までやっていると思いますけど、最後までは見てないです」
「そうか」
「八時半位にはお返し致します」
圭太が時計を見ながら、本日のスケジュールを想定したのか、時計から真治の方に向き直った。
「判りました。よろしくお願いします」
「はい。安全第一で、行って参ります」
圭太と真治がお互いに頭を下げた。二人は和解したようだ。
「よろしくお願いしますね。じゃ、香澄さん、浴衣出してあるから、二階に行きましょ。真治さん待っていて下さいね」
タイミング良く恵子がお茶を持ってきて、ソファー前のテーブルに置きながら言った。にこやかにしているのは恵子だけだ。
「覗きに来ちゃダメよー」
もう一人、にこやかなのが増えた。何てことを言うのだ。真治は慌てた。
「行きませんよー」
真治が言うと、挑発するようにスカートをひらひらさせた香澄であったが、恵子に軽くゲンコツされるとそれを止め、苦笑いに変えた。普通に右手を振りながら恵子と一緒にリビングを出て行った。
ちらっとでも圭太の方を見るのが怖い。せっかく和解したのに、もう。
「まぁ、座って」
「はい」
圭太の顔は穏やかだった。それを見て真治は安心したが、緊張はしたままだ。真治は圭太の斜め前のソファーに、浅く腰かけた。圭太はソファーの奥にどかっと倒れ込むように深く腰かけた。両者とも、大きく深呼吸する。




