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テスト期間・消音室の試用

 香澄の家にやってきた。香澄はやっと真治の右肘を離すと、カバンを左手に持ち替えた。空いた右手で門扉の横にある呼び鈴を二回押すと、返事を待たずに門扉を開け、中に入った。真治は『良いの?』と思いながら後に続く。右手に持ったカバンをまた左脇に挟んで門扉を閉め、バラのトンネルの下で香澄と目が合ったので、右手で真治が外のインターフォンを指さした。

「良いんです。そういうシステムなので」

「はぁ?」

 香澄は笑いながらバラのトンネルを進んで行く。真治も右手にカバンを持って、その後に続いた。玄関の扉の前に着くと、丁度『カチャッ』という音がした。扉が中から開いて、恵子が顔を覗かせる。

「おかえり。今日は早かったのね。あら、いらっしゃい」

「ただいまー。テスト期間だから部活がないの」

「こんにちは」

 三人が同時に挨拶を交わす。玄関が急に賑やかになる。

「ちょっとレッスン中だから。ごゆっくり」

 お辞儀をする真治と、手に持っているトランペットと、香澄の笑顔で大体を察した恵子は、さっさとドアを開けてリビングに戻って行く。

「おじゃまします」

 真治が頭を下げたので、恵子も歩きながら会釈し、リビングに消える。

「これどうぞー」

 真治が挨拶している間に、前と同じスリッパを用意してくれていた。

「ありがとう」

 真治は靴を脱ぎ、向きを変えて揃えて横に置き、自分の靴下の先を見たが、穴は開いていなかった。ほっとしてスリッパを借りる。

「こちらでーす」

 香澄の誘導で階段を登る。緩やかな階段だ。二階にも廊下があって、何部屋かあるようだ。まぁ、外から見てもでかい家だからと納得する。廊下の突き当りに案内された。そこにある扉の向こうが香澄の部屋のようだ。

「ちょーっと待って下さいね」

 何かを思い出したように香澄が振り返った。すぐ後ろまで来てしまっていた真治に対し、ドアとの距離を測りながら『もうちょい後ろ』と目が言っている。

「そこから動いちゃ、だめですよ!」

 念を押した香澄が、眉間にしわを寄せ、ドアの向こうに消える。

 真治は、女の子の部屋には随所に『レーザービーム』が仕かけられているので、焼死したくなくば、あちこち勝手に開けてはいけないと、念を押されたことがある。多分、その解除に行ったのだろう。怖いなぁ。やはり、本当だった。

 すると予想通り、部屋の中で何かゴトゴトと音がする。ドアが再び開いた。

「どうぞー」

 笑顔の香澄が顔を覗かせる。さっきとは全然違う表情。真実味がある。

「お邪魔しまーす」

 真治は恐る恐る香澄の部屋に入った。そこは女子の部屋にしてはシンプルな部屋だった。流行りのアイドルのポスターが貼ってあるでなし。あるのはヨーロッパの街並みや風景の写真が、額に装丁されて飾ってある。あとは勉強机と、背の低い飾り棚。向こうに見える黒い物体は、ステレオだろうか。

「こちらが消音室でーす」

 香澄が右手で指した方、中央に透明なガラスがはめ込まれたドアがあって、中にピアノと椅子が見える。もう電気が付いていて、明るい。

「へー、凄いねぇ」

 真治は外から、中をちらっと覗き込んで感心した。

「早速吹いてみますか?」

「そうですね」

 そう言うと真治はカバンを置く場所を探した。香澄がそのカバンを受け取ると、机の横にある飾り棚の上に香澄のカバンと一緒に並べて置く。どうやらそこが、カバンの定位置のようだ。それだけで、何だか香澄はご機嫌である。

「ありがとう」

 礼を言って、トランペットケースの留め金に手をかける。トランペットを消音室の中で開封するか、外で開封するか迷う。真治は消音室を覗き込んだ。

「中で出して大丈夫ですよ?」

 横に追付いて来た香澄に言われた。香澄の指が、トランペットケースを指さしている。真治は頷いて消音室に入った。消音室はピアノが無ければドラムセットが余裕で置ける感じ。小さいグランドピアノなら、ギリギリ入るのではないかと思う位の広さがあり、圧迫感がない。真治は感心して、床にトランペットケースを置いて開け、トランペットを構え、大きく息を吸う。

「扉を閉めてから! まずはやさしくお願いします!」

 今にも吹き始めそうな真治を見て、香澄が慌てて両手を振った。

「で・す・よ・ね!」

 声がでかい。嘘だ。本当はそう思っていなかったに違いない。危ないなぁ。

「じゃぁ、ロングトーンを出しておいて下さい」

「はーい」

 返事をすると、香澄は消音室の外に出て扉を閉め『OK』サインを出す。

 真治が『ベー』っと解放音を出すと、香澄はうんうんと頷いて、扉の前から離れ、どうやら廊下まで出たようだ。真治はそのまま『ベー』し続ける。

 二十秒程経って、香澄が戻って来た。扉の向こうで『もっと大きく』と手振りで合図をしたので、真治はもっと大きな『ベー』をする。香澄がまた頷いて扉の前から離れ、再び廊下に出たようだ。真治は『ベー』を出し続けていた。

 香澄は一体どこまで行ってしまったのだろうか。四十秒を過ぎても帰ってこない。五十秒、六十秒、七十秒。真治は流石に息が苦しくなり、腰を折った。

 横目で扉の方を見ると香澄が戻ってきていた。『OK』のサインが出たので、真治はロングトーンを止め、真っすぐに体を戻し、大きく息を吸う。

「別に、息継ぎしても良いんですよ?」

 笑いながら香澄が入って来る。真治はもう一度ハアハアして聞いた。

「どうだった?」

「全然聞こえませんでした!」

 香澄が嬉しそうに答える。香澄が言うには扉の前は流石に聞こえるが、部屋を出ると殆ど聞こえなくなり、一階に行くと、練習中のピアノの方が大きかったとのことだ。

「じゃぁ、練習できちゃうね!」

 真治も嬉しくなる。金持ちになったら、消音室作ろうかなぁ。

「良かったですね! トランペットも消音できて!」

「いやー、すんごいもんだねぇ。良かったよー」

 真治は感心し、室内をぐるぐる見渡してから頷いた。

「じゃぁ私、着替えてきますから、向こう向いていて下さいねっ」

 笑顔で香澄が首をかしげ、向こうの壁を指さした。真治はココが女の子の部屋であることを思い出し、あわてて向こうを向く。そんな真治を見て、香澄は笑いながら消音室を出た。実は、真治が向こうを見る必要はなかった。香澄は消音室の反対側にある扉を開ける。そこがベッドルームなのだから。

 そのベッドルームの足元には、今まで消音室のお友達だった大きなぬいぐるみが転がっている。真治に見られたくなくて、急いで隠したものだ。香澄はそれをまた拾い上げると、更に奥のウォークイン・クローゼットにさよならした。


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