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テスト期間・ハンバーガー屋

 香澄と真治は街道の信号を真っすぐに進んだ。そして駅前まで来ると、左に曲がった。地下道を潜って、反対側に行くためだ。

 香澄が急に、思い出したように話し始める。

「今度、ハンバーガー屋さんができるみたいですよ?」

 にっこり笑って真治を見つめる。

「そうらしいねー」

 そう答えた真治も笑ってはいるが、あまり関心が無さそうだ。実はその店、真治の親戚が出す店なのだ。当然知っている。

「できたら、一緒に行ってみませんか?」

 そう来ると思っていた。しかし、答えは用意していなかった。真治は返事に困った。そもそも商店街で面が割れている真治は、地下道を出た先からマークされているのだ。香澄と歩いているだけで、噂が親の耳に入るのは確実なのだ。それが、口の軽い、あの叔父さんが出す店に行くのか? 行くか?

「うーん」

 真治が時間をかけて尚、思いの外つれない生返事をするものだから、香澄は質問を続けた。きっと真治は、和食好きなのだと思っていた。

「ハンバーガー嫌いですか?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

 今度は思ったより返事が早かった。香澄は首をかしげた。真治はどうやったらナイショで香澄と一緒に行けるかを考えていた。叔父さんも叔母さんも手強い。長女も次女も手強い。あぁ、もう、変装できたらどんなに良いか。

「並ぶのが嫌な感じですか?」

「んー」

 香澄の質問は止まらない。真治はまた答えを濁した。香澄は開店初日に行こうとしているのか。それともプレオープンの日だろうか。いや、プレオープンは関係者だけだから無理か。やっぱり開店初日なのか? それは随分と並びそうだ。なにしろ商店街初のハンバーガー屋さんなのだから。開店初日に行ったら、それはもう並ぶだろう。ずらっと大行列だ。そんな行列に香澄を連れて並んでいたら、確かにそれだけで親に報告が行きそうだ。そうだ、壁の方を向いていれば良いかもしれない。香澄とだったらいくら待っても良い。

「あれですか、宗教上の理由で食べられないとか?」

 香澄の表情は段々と曇ってきているが、真治はそんな表情に気が付かない。

「んー、そう言う訳でもないんだけどねー」

 次にできる店は『ハラール』には対応していない。そもそもチェーン店なのだから、牛肉を使わざるを得ない。スーパーのパンコーナーなら羊肉のハンバーガーでも、何とか対応できる可能性はある。それでも、調理器具一式を羊肉用に取り揃える必要がある。『ハラール』の基準はとても厳しいのだ。だからして、そもそもあの叔父さんが、そんな器用なことをする訳がない。

 あ、そもそも自分は仏教徒だし、全然問題ない。

「コーラが、嫌いとか、ですか?」

 香澄は泣きそうになって質問した。質問すればする程、真治の表情が段々と険しくなっていくのが判った。何故『行こう』の一言がないのか謎だった。

「そんなことはないけど?」

 真治の答えは、また香澄の期待したものではなかった。しかし真治は、どうしてそんな質問になったのか不明なまま、思考を巡らせている。

 コーラを納品するおじさんは、とても良い人だ。それに口が堅い。納品時にバッタリ出会っても、客として香澄と食事中であるを見て、からかったりはしないだろう。コーラってビンもあるのかな。ビンの方が好きだなぁ。

 コーラの後、真治も香澄も沈黙していた。地下道の階段を降り切って、線路の下を歩いていた時だった。質問のネタが尽きたのか、香澄が足を止めた。真治は気が付かずに数歩先へ進んだ。

「私と行くの、嫌なんですか?」

 そう香澄がちょっと大きめの声で問いかけたのに真治は気が付き、振り返った。駅を出発して加速して行く電車が頭上を通過して行く。まるで心臓の音にしては大きな音が、地下道に響き始めた。

 真治は困った顔をした。今までの話の流れから、どうしてそんな質問になったのか判らない。ちょっと待って。こちらはどうやったら一緒に行けるか、それはもう真剣に考えていた所だったのに。嫌な訳ないじゃないか。いや、しかし、どうしたものか、考えがまとまらない。それにしてもやかましい電車だ。

「嫌じゃないよ!」

 大きな声を出さないと聞こえない。また明確な答えがあった。しかし、真治が答えるまで間があったことに、香澄は納得できなかった。不安が募る。

「じゃぁ! なんで! 一緒に行って! くれないんですか!」

 加速して行く電車のモーター音が響く地下道で、二人は歩み寄ることも忘れ、距離を取ったまま突っ立っていた。目の前にいるのに、想いが伝わらないのか。

「私のこと! 嫌いなんですか!」

 今までにない、大きな声で香澄が叫ぶ。しかし、電車の音には勝てない。しっかりと掻き消された。それでも真治には、辛うじて聞こえていた。香澄の口元と深刻な表情を見て、逆に『どうしたの?』とも思う位、冷静だった。まったく、ここで会話するのも大変である。真治は右手に持ったカバンを左脇に挟むと口に添えた。大きく息を吸い、騒音だろうが何だろうが、香澄に届けと叫ぶ。

「好・き・だ・よ!」

 地下道に『好きだよん・よん・よん・よん・よん』と、真治の大声だけが響く。真治は白目になって、そのまま固まった。六両編成の電車は、今ちょーど、地下道の上を通り過ぎたのだ。残されたのは距離を開けて立ち竦む二人の男女と、まだ響いている真治の声だけだ。

 反響する真治の声が聞こえなくなっても、二人の時は止まったままだった。後からついて来ていた知らない女子生徒二人は、真治の声圧に驚いたのか、静かになってから歩き始めた。カバンを落とし、両手で顔を覆いうつむく香澄の横。口に右手を当て『よ』の口のまま固まっている真治の横。歩みに合わせて頭を振りながら『すいません、ちょっと通ります』の雰囲気で、ニヤニヤしながら通過した。そして耐え切れなくなったのか『キャー』『キャー』と言いながら走り出し、階段を一段飛ばしで駆け上がって行った。その女子生徒とすれ違いに、今度は自転車に乗った悪ガキが通り過ぎ、振り返って『ヒューヒュー』と、響かせて行った。

 真治は香澄に近付いたが、香澄はその場から動こうとしなかった。両手を胸にまで降ろし、心臓を押さえている。しかし、下を向いているので、前髪で表情が判らない。

「行こうー」

 不貞腐れ気味に真治が言い、右手を差し出したが、香澄は左手を前に伸ばして上げ、手の平を真治に見せて拒否した。

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 香澄がそう言うので、真治はそれに従って右手を引っ込めた。香澄は大きく深呼吸している。三回深呼吸した。下を向いたままだ。カバンを落としたことに気が付いたのか、顔が見えないようにしながら、右手でカバンを手にした。

「お待たせしました」

 そう言ってパッと顔を上げた。下を向いて前に垂れた髪が、後ろに飛んだ。そこから見えたのは、何とも言えない表情だ。口を窄めて下唇を噛み、息を止めて笑いを堪えている。真治は苦笑いした。見たかった笑顔とはちょっと違う。

「だいじょーぶぅ?」

 香澄は、しゃべると吹き出してしまいそうだ。下唇を更に強く噛んで、そのまま頷いた。そして答える代わりに左手を差し出して、手つなぎ要求をした。真治はその手を取って歩き出す。つないだ手が、段々大きく揺れ出した。そのまま階段を登り始める。すると後ろで、香澄が乗るはずだった電車が来たのが判った。再び電車の音が響き始めた地下道の中、真治は香澄に叫ぶ。

「もう一回言おうか?」

 香澄は目を丸くして驚き、吹き出して笑いながら真治に答える。

「お願いします!」

 また電車の音に負けない大きな声。直ぐ隣にいるので、今度は明瞭に聞こえた。香澄の笑顔を見て、真治はそっちだよと思った。問題ない。言いましょう。真治は大きく息を吸って、大声を出す準備をしたが、そこはもう、階段を登り切った所だった。青空に向かって、叫ぶのだ!

「やっ・ぱ・り・止・め・て・下・さ・い!」

 香澄の声が駅前ロータリーに向かって響き渡った。真治の右手を強く揺すり、叫ぶのを止めたのだ。今度は幸いなことに、誰も振り返らなかった。それでも真治と香澄はつないだ手を離し、お互いを指さしたり、二の腕をパチンとしたりしながら、しばしお互いの顔を見て笑い合った。

 叔父には悪いが、もうハンバーガーのことは、どちらも覚えていなかった。


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