真治を待つ
香澄は朝から緊張していた。真治が来る。音楽室で自席に真治が来る。それは音楽室で交わす初めての会話となる。香澄は朝練の間も緊張していたが、その瞬間は訪れなかった。
夕方の練習が始まった。香澄は日記の答えを探してクラリネットを一生懸命吹いたが、しっくり来ていなかった。
「十五分休憩ー」
村田がそう言って指揮棒を置いた。香澄は今日も叱られずに済んだと思って緊張を解いたが、日記の内容を思い出して、また別の緊張をした。
やがて後ろのパーカッションエリアで、三年男子サンバ化トリオが、休憩時間名物のティンパニー勝負を始めた。ティンパニーは打面を水平に置いた音の違う太鼓で、三つ並んでいる。その内の二つを使って、教本最終ページのドラムロールで勝負するのだ。
『右右右右左左左左を二回・右右左左を四回・左左右右を四回・右右左左左左左左・左左右右右右右右までをセットとし、左右逆転してもうワンセット』
というのを早く叩き終わった者が勝ち。同着はデカイ音の方が勝ち。単純だ。だから、盛り上がって来ると大音量になり、挑戦者の前でティンパニースティックが、本当に、残像で八の字が見える程、高速で動くのだ。
そんな状態だから、失敗すると『パチーン』と盛大な音がして、ティンパニースティックが飛んでくる。『ファー』のかけ声と共に弧を描いたスティックは、それ自身も回転しながら、大抵スネアドラム二年の芹沢姉様の方に飛んでくる。
足元に転がった場合は選手交代で競技続行となるが、芹沢姉様にヒットした場合は、ティンパニースティックが没収となり、競技はそこで終了だ。
香澄は、いつ被害に遭うか判らず、ティンパニーの音も、イコール緊張だ。
『パチーン』
『ファー』『ファー』『ファー』
来るっ。サンバ化トリオの声がする。
「いったーい。下手糞。何やってるんですか!」
芹沢姉様がお怒りである。上級生に遠慮がない。
「下手だから練習してるんでしょ。返してー。いてっ」
今日のティンパニースティックは、芹沢姉様の足元に着地したのだが、回転の角度が悪かったのか、跳ねて左足に直撃した。怒って投げ返したようだ。
「はーい。休憩終わりー」
村田が帰って来た。香澄の緊張が解けるのは、何時になるのだろうか。




