遠い季節
懐かしい調べが、あの家から聞こえる。塀に細工がしてあるあの竹藪に囲まれた家。
なぜか、家の中にお墓と鳥居があって、娘二人が西陣織の着物で舞っています。
春になると、櫻が舞って、線香の匂いが、ぷんと、外まで香しい。
私の家でも、小鬼が春になると舞って、私の奥歯を盗んでいく。
奥歯だけでは飽き足らず、手や、足も、盗んでいく。
私は、数日後、戸棚の中から、ブリキのおもちゃになった奥歯や手足を見つけるのだ。
鬼め。なにかいたずらをしたな。
火葬場には、お地蔵様が祀られていて、赤い涎掛けが風に揺られている。
田んぼの道すがら、振り返ったあの人は、昔、出会ったあの人ですか?
懐かしさで、心が壊れそうだ。
春の便りは儚くて、夏の便りは久遠を呼び覚ます。
手紙の中に桜貝が入っていました。遠い亡くした人からの道しるべ。
夏が来る頃には、久遠の道しるべ。
この先、立ち入り禁止、の場所に入ったら、不思議な雛飾りの家と、能面の人々に囲まれた。
そのまま神隠し。隣のよっちゃん、数年後に、片腕のない私を見つけてくれて、
その頃には背丈も随分伸びました。記憶がないんです。立ち入り禁止の札の内側に入ってから。
その座敷牢には、牛の顔をした娘がしわがれた声で、死んだ妹の名前を呼び続けている。
夏の呼び声は、切なくて、胸が張り裂けそうだ。
秋の浜辺は、悠久の時を思い起こさせる。
いつ、会えますか?過去の人の便りは、封をしたまま、箪笥に隠しこむ。
秘密、遠雷、隠し事、低く飛ぶ燕、反魂の法、線香の煙。
紅い糸が小指から解けるとき、昔の記憶は、かすかな吐息となって、あの戸棚の奥にしまい込む。
夕べの鬼の顔は逆さ天井から吊るされて、とんと覚えがありませぬ。
宿場町で踊り狂う小鬼が、いたずらにカレンダーをめくりに来ました。凶日です。
懐かしさは、いつもあなたの隣。
列車を待っていたら、向日葵の束を抱えた少女が、ずっと遠くを眺めています。
待合室で、煙草のために燐寸を擦ったら、忘れかけていた昔を思い出しました。
夏になると、切なくて胸をやられる。
亡くなった祖父は寝たきりで、夏頃、煙草を吸ったまま死んでしまった。
優しい祖父を思い出すんです。
仏壇の日蓮様はかすかに金色に光りながら、暗がりで、ずっと祖父を見守っています。
先日、蔵の中から、綺麗な小鬼の根付が見つかりました。
どれもこれも、懐かしい面影。よれた向日葵の横顔が、祖父に似ています。