パパ、ロックオンレーザービームの時間です▄︻┻┳═一
西暦2077年、人類は滅亡していた。人類の代わりに世界を支配していたのは、人が人のためにつくりだしたはずのロボットであった。人類滅亡のきっかけはアメリカの巨大IT企業であるゼラニウム社の発表だった。
「わが社はついに人類の悲願であるシンギュラリティを成し遂げました」
発表会見でゼラニウム社のロス・ゼラニウムCEOが大スクリーンに映し出したのは、ロボットが自らの知能・経験に基づいて人の指示無しに新たなロボットをつくりだす映像だった。
「人類の歴史はここから大きく前進します。すべてをロボットに任せておけばよい暮らしが始まるのです」
この発表は全世界に衝撃をもたらした。ゼラニウム社のロボットは飛ぶように売れ、あらゆるところにゼラニウム社製の機器が採用されることとなった。ゼラニウム社の株価は連日ストップ高を記録し、世界を支配しようとするかのごとき快進撃であった。
しかし、その興奮の最中に起こったのが「オンタリオの暴爆~Explosion of Ontario」である。
カナダのオンタリオ州にあった世界最大規模の原子力発電所、ブルース原発が突如として制御不能となり8基すべての原子炉が核爆発を起こした。その様子はまるで天変地異のように凄まじい爆発であり、これによってアメリカ大陸の五大湖は一つの大きな穴として地図から姿を消すこととなった。このブルース原発の制御を担っていたのがゼラニウム社の制御回路装置であったが、この件に関してゼラニウム社が行った調査の結果が世界を混沌に陥れることになった。人の指示無く、制御回路が自らの意思で爆発を引き起こしたのだった。
「敵の配置を教えて、パーナム」
全身に装甲をまとった人影が、ノイズの混じりのイヤフォンにささやいた。全身黒いスーツに覆われ、白いラインが足と腕の側面に施されている。背中には極小サイズに構築されたジェットエンジン付きの飛翔装置、そして体のいたるところに装備された武装はキラリと鈍い輝きを放っている。
「自立走行型Walk八体、補足追走型Aerial二十機。電脳サーバーにデータ転送済。赤い位置情報を撃墜せよ」
脳内にインストールされた位置情報が目の前に可視化される。思ったより敵の数が多く肩をすくめる人影。
「簡単に言ってくれるけど」
サイドの白いラインが金色に光り始めた。
「もう少しロボットをいたわって欲しいわね」
言い終わるや否や、ジェットエンジンを全開放して光の如き速さで飛び出した。そして最も近くにいたAerialを1機貫いた。指の先の装甲がまるで小刀のように怪しい光を放つ。音に反応して別のAerialと、人型のロボットが全速力で走ってきた。およそ自足120Kmほどの速度で人型のロボットを避けるため一旦空に逃げる。
「大人しくしてよ」
肩と腰の部分から展開した長さ1メートルの銃砲4門が敵にロックオンする。金色の光が足、そして腕から銃砲に移っていく。エネルギーが収束し、少しだけ空間が歪み始める。
「ロックオン!レーザービーム発射!!」
収束した光の束が眩い輝きを放ってただ敵を破壊するために飛ぶ。レーザービームは地面からこちらを伺うWalk3体の体と、応戦するべく上昇してきたAerial1体を一瞬で貫いた。それぞれが機能を停止し、爆発する。爆風によって視界が遮られた残りのWalkとAerialは、瞬間間を詰める全身装甲の人影によって次々と切り裂かれたのであった。
その勇ましい戦いの様子を、地下深くの研究室でモニター越しに見つめるメガネの男がいた。
「んんーーー!!今日もすんごい光線引いてるねぇ、ラスカにゃん」
満足げにそうつぶやくとしばらくにやついた表情をした後、男は視線を別のモニターに移した。そこには夥しい数の敵影が表示されていた。
「さて、いよいよやるしかないぞ、ラスカにゃん」
高速エレベーターに乗っているのは、先ほど戦闘していた全身装甲の人影である。目的の階に辿り着くと、真っ直ぐに正面の扉に向かっていき、扉の横のセンサーに自分の手首のコードパネルをかざす。ススッと開く扉の向こうには、先ほどのメガネの男がいた。
「ラスカにゃん!お疲れにゃん!」
そう言いながら抱き着こうとしてくる男を全身装甲は天井にぶん投げた。男は「うごぉ」と言葉を残して天井に突き刺さる羽目となった。全身装甲が、東部の装甲を解除し、その顔面があらわになる。
「いったい何度言えば分かるのパーナム、私はラスカ・ハイ。ラスカにゃんなんて名称ではないわ」
人間の歳で例えるならば、10代のような幼さを湛えながらもずっと大人びているような冷静な表情がそこにはあった。戦闘で少し乱れたショートヘアーを手で直しながら、無表情のまま天井にぶら下がる男を見ている。
「だから、俺のことはパパと呼びなさいと何度も言ってるだろ。そしてパパの足をもう一度地面に着かせてくれないか、ラスカさん・・・」
ラスカの装甲を念入りにチェックするパーナム。彼の正式名称はパーナム・パンツァーという。ラスカが最初に起動した時から、自分のことをパパと呼ばせようと画策しているが虚しい結果となっている。
「いい加減私のことを娘扱いするのはやめて、パーナム」
「しかしだラスカ、俺はお前の生みの親であり、そして現存する数少ない介人型のロボットなんだから、もっと仲良くしてもいいと思うんだがな」
「嫌よ、私は仲良くしたくない」
「強烈ゥー!なお、効いてないけどね」
無駄口を叩きながらも、テキパキと破損した個所を修理するパーナム。ラスカがふと目を閉じた。頭部の髪が一瞬風に揺れたかの如く膨らんだ。
「・・・大変よパーナム、恐らくゼラニウムの支部隊レベルの勢力がこっちに向かってる」
「ああそうだ、だから急いでる。やつらどうあっても介人型を全滅させるつもりなんだな」
「昨日の戦闘で、私たちの戦力はほぼ壊滅したわ」
「ああそうだ、だけど諦めるわけにはいかない」
「でも今確認できるだけでもWalkが5万体ほどいると思うわ」
パーナムが作業を終わらせて、一息つく。そしてすっくとラスカの前に立った。真っ直ぐ見つめ合う二人。
「だからパパを信じるんだ」
「嫌よ」
「困ったときはこう叫ぶんだ、」
刹那、警報アラートが施設内に鳴り響く。地上で敵からの砲撃を受けたサインである。しかし、そんなことお構いなしに、しかめた顔をパーナムに向けるラスカであった。
「この緊急事態に何を言ってるの。それが最後の言葉になったらどうしてくれるのよ」
「俺とラスカにゃんなら最後にはならないさ」
「いよいよ回路パーツが故障したみたいね、あなた自身を修理でもしていればいいわ」
そう言い残して、踵を返し歩き出すラスカ。
「その間に敵は全て私が消し去っておくから」
交戦する一体と厖大のロボット。ラスカはさすがの機動力と殲滅力で1万ほどの敵戦力を破壊しつくしているが、次から次に襲いかかる火力が絶望の色を濃くしていく。
「まだよ!ここは討たせない!」
気を張って立ち向かうも、360度から繰り出される敵の砲撃を遂に躱しきれず、背中の飛翔装置が損傷を受けてしまった。推進力に乱れが生じ、乱回転しながら落下する。その落下する最中にも敵への攻撃を緩めることはなかった。地面で落下を待つ敵ロボットに向けて、最後の力を振り絞りレーザービームを食らわせる。爆風の中、地面に叩きつけられるラスカ。
「自爆すれば戦力を削れる?でもそうしたらパーナムが」
地面で行動不能に陥ったラスカに一斉に走り出すWalkたち。そしてそれ以外の敵戦力もラスカに照準を合わせた。
「ゼラニウムの馬鹿どもが!こっちを見ろ!!」
戦場に響き渡る声がした。敵の動きが止まり、声のした方向を確認する。
「そうだ、こっちを向け。お前らの最優先破壊対象である、介人型モデル零兵器のパーナム・パンツァーだ!」
「何で出てきたの!パーナム!」
先ほどまでラスカに向いていた攻撃対象が一気にパーナムに変わった。
「パパってのは、娘のピンチに手を差し伸べるものなんだ!」
敵全勢力からの砲撃がパーナムの目の前に浴びせられた。眩しい攻撃の中パーナムは、笑った。そしてすべての攻撃をまともに受け、その体はバラバラに飛び散る。
「あああぁぁ!!パーナム!!!」
ラスカの叫びも虚しく、バラバラになったパーナムは機能を停止していた。その様子を確認し、敵の攻撃対象は再度ラスカへと向けられる。
「パーナム。パーナム、、、パーナム」
呻くように何度もその憎たらしかった名前を呼ぶ。もはや飛んでくる敵の攻撃は関係なかった。ただ悲しかった。
「死なないでよパパァーー!!!!」
次の瞬間、バラバラに散らばっていたパーナムの体が再起動し、高速でラスカの元に集まり光学バリアを張った。
「え?」
「やっと大きい声で呼んでくれたなあ、ラスカにゃん!」
バリアに守られたラスカの周囲をグルグル回るパーナムの体。頭部は完全に木っ端微塵になっているのものの、体のどこかに仕込んであるスピーカーから話しかけてくる。
「死んでなかったの?パーナム!」
「パパってのは、娘がピンチなら何度でも生き返るのさ。さあラスカにゃん、あの言葉を言ってくれ」
「・・・嫌よ、とは言ってられない状況ね、パーナム」
「そうだ、今がその時だ」
バリアが解除されると同時に力強く立ち上がるラスカ。そしてその体が金色に光り出す。パーナムの体がそれに呼応するようにラスカの右腕に集まり、合体していく。すべてのエネルギーが右腕に収束するその姿は、まるで太陽のように光り輝いた。
「パパ、ロックオンレーザービームの時間です!!」
右腕が展開し、充填されたエネルギーが夥しい数の自動追尾レーザービームとなり発射された。敵の数約4万、それらはものの数秒で消し飛んでしまった。
荒野と化した戦場に立つラスカ。右腕に残るパーナムの残骸は、ぷすぷすと黒い煙を上げながらもどこか誇らしげに輝きを放っていた。
「ありがとう、パパ・・・」
ラスカはいつまでも、いつまでもその右腕を愛おしく見つめるのだった。