【責任と答え】死者は語らず、
オカルトなんてものは、生まれてからこの方信じたことなどなかった。
神様、悪魔、宇宙人、未来人、ゾンビに超能力者。それから――幽霊。
だけど、そいつらがやってくるのはいつだって突然で、想像が及びもしないところからスタングレネードをまき散らして行ってしまうんだ。
そしてそいつは、いつかの様にふらっと現れた。
「よぉ、元気にしてたか?」
「……どの面下げて戻って来やがった」
一番最初に浮かんだ感情は『怒り』だった。
どうして、こいつ――ガルシアはこんなにもぬけぬけと涼しい顔で立てるというのだろう。あんなことがあった後だというのに、悲劇は既に坂を転がり落ちていったというのに、汗一つかかずにいつも通りのふてぶてしい自身に満ち溢れた顔でだなんて。
そして、激情を追い越すかのように遅れて戸惑いの波が押し寄せる。そんなはずはない、ガルシアがここに来ることなんてありえない。だって、こいつは――
そんなことを言う理性をショットガンで穴だらけにする。見たくなかったんだ。
「別に? 普通の面で良いだろ。何か変える必要があるか?」
「あぁ、あるだろうが……。アンタのせいで、あんな事に! アンタさえ居なければッ! こんな事になっていなかった!」
俺達があまりにも無力だということを。帝国軍にいいようにやられている現実が、俺達の責任だということを。
すべて忘れて、蓋をしてこいつのせいにできたなら、どれほど体が軽くなったことか。この不条理な現実を憎めたことか。だから、激情のままに糾弾した。
戦況は最悪の一言に尽きる。既にこの街は帝国軍に包囲された。アリの這い出る隙もないような完璧な陣地。救援が期待できないどころか、連絡方法すらない。食料も底を突きかけている。帝国軍は、非戦闘員もろともこの街を滅ぼすつもりなのだ。
要するに、八つ当たりなのだ。何もかも、上手くいかない。じり貧で、どんな選択を取ってもバッドエンド。そんな現状を、小指の先くらいの責任しかないガルシアに全部おっかぶせてしまえたら。そんな、幼稚なはなし。
「ん? ハッハッハッハッ……、俺のせいだと? 俺が居なければ状況は変わっていただ と? それは面白くない冗談だなァ?」
「……」
分かっていた。そんなの、卑怯だと。全ての責任を押し付けられるほどこいつの背中は大きくなんてない。むしろ、限りある選択肢の中で最善を尽くしたと言っても過言ではない。ただ、結果につながらなかっただけで。そんなこと、誰かに言われるまでもなくわかっていた。
「本当に俺のせいかァ!? 俺だけのせいか!?」
ガルシアが言う。違う、これはもう一人の俺だ。理性的で氷のように冷たい俺だ。
「そうだ、全ては貴様のせいだ!!」
だけど。
だけど、そう簡単に納得できるはずもない。頭打ちになった理不尽に、どうしようもない閉塞感に、出口を求めずにはいられなかった。ガルシアという、スケープゴートを。文句の一つも言わぬ、弁解もしない――しようのない人間に。
ガルシアは、そんな俺を何も言わずに見下ろしていた。記憶通り、口角を少し上げながら。
俺は卑怯だ。どうしようもない臆病者だ。そう思った瞬間、何か余計なものがスッと削ぎ落とされた気がした。
このガルシアは俺の現身。俺が認められない、なりたいと望んだ兄貴のような存在。その顔がふっと優しそうに笑った。全てが見透かされたみたいな気がして、熱が引いていく。
……ああ、嫌になるほど気づかされる。俺が望むような言葉ばかりをかけられているって。
「フンッ、ガキみたいな意見の一点張りだな。もう少し頭を使ったらどうだ?」
「……あぁ、アンタに言われてたから……、何度も頭を使ったさ。どうすれば良いかずっと考えた」
ガルシアは……、死んだのだ。たった一人で乗り込んで、むごたらしく帝国軍に殺されて。あいつがどんな思いだったかは知らない。残ったのは、怒りと絶望。
そう思っていた。
「これが、この答えが……」
だけど、違った。頭がいつになく冴えわたる。そうだ、線を引け。不完全だった設計図に新たな線を引くんだ。考えろ、絶望するにはまだ早すぎる、お前のなすべきことをするんだ。
「俺の考えた結果だ!!」
「ハッ……ハハハッ! その程度で、今の状況が変わるとでも!? たかがその程度で?」
煽るようにもう一人の俺が言う。その思いが手に取るように分かった。心配されなくても大丈夫、お前が越えられなかった壁を俺は越えて見せる。だから、そこでない指をくわえてみてな。
非戦闘員扱いされないなら、全員で戦うまで。指揮官がいて、武器もあればそこそこ戦える。その分俺達正規兵の装備は捨てていく。外へ、救援を求めに。そうすれば食料も節約できる。一石三鳥の策だ。
「アハハハ」
笑い声が漏れ出た。あまりにもバカバカしい作戦、ロシアンルーレットをハードモードで10回連続成功させるような、そんな確率。だけど、俺はやってやる。きっと俺は死ぬ。だけど、誰かが成功させる。
「変わるさ……変えてやるんだ、絶対に!」
「なら変えてみるが良いさ、俺には出来なかった事を……、お前が、その手で、やり遂げてみせろ」
ガルシアが望んだのは、名誉ある降伏。武装解除と引き換えに、非戦闘員の退去を望んだ。だけど、帝国軍はそれを反故にしたのだ。
見てろよ、帝国軍。俺達はただで死んでやりはしない。
「言われなくてもそのつもりだ。だから見守っててくれよ、ガルシア」
戦場に神様はいない。悪魔もいないし、奇跡も怒らない。死んだ人間が生き返ったり離したりすることもないし、当然幽霊も信じちゃいない。
だけど、こうして背中を押してくれるというのなら、幽霊ってやつも案外悪くないかしれない。