その2
〜Ep17 常盤
「最大当事者が何も知らない・・・なんてどうかと思うけど?」
一夜さんだ。
きっ、と睨む藍さん。
「最大当事者・・・って・・・・・・一体どういうことですか!?」
「玲央の国のことだよ」
「一夜!!!」
一夜さんはいつもの穏やかな表情のまま、言った。
「藍・・・お前、他にも何か隠してるだろ?」
一夜さんを睨んだまま、動かない藍さん。
「この一件は本当に・・・」
藍さんの目の前に進み出て、続けて言う。
「・・・孝志郎の指示なのか?」
藍さんは、動かない。
「こうなんじゃないのか?・・・『藍に任せる』」
沈黙。
いつもの穏やかな声で、一夜さんは続けて言う。
「孝志郎ってさ・・・よくは知らないんだけど、時々そういうこと、するんだろ?」
「一夜さん?」
「俺、腑に落ちないんだよね。兵の配備も何もかも完璧だし、作戦は間違ってないと思う。だけどさ・・・・・・あいつだったら多分真っ先に・・・玲央に言うと思う」
一体何を?
・・・僕が聞こうとしたときだ。
「お前は本当に!これで玲央が救われると思うのか!?」
大声で怒鳴ったのは・・・一夜さんだった。
「あいつは絶対に、遅かれ早かれ真実を知ることになるんだぞ!?」
「でも!じゃあ一体どうしたらよかったのよ!?」
怒鳴りかえす藍さん。
「・・・・・・認めたね」
表情はほとんど変わらない。
ただ、さっきと全く違う、低く冷たい声で一夜さんが言う。
「さっきも言ったけど・・・俺は本筋の作戦自体間違ってるとは思わないよ。だけど、それを全く玲央に言わないっていうお前の判断は・・・間違ってると思う」
堅い表情の藍さんは、何も答えない。
「・・・ただお前が、目の前であいつの悲しむ顔を見たくなかったって・・・それだけなんじゃないのか?もしそうだとするなら・・・」
まっすぐ藍さんの目を見つめ、言い放つ。
「それはお前の自己満足だ」
○めったに怒らない一夜くんの激昂シーン。
彼が本気で怒れるのも相手が藍ちゃんだから…というところでしょうか。
図書館の傍の木の下に座り込んでいる藍を見つけて、声をかけた。
ぼーっとしているようで、こちらに気づいていない。
こないだのショックからまだ立ち直れていない様子。
玲央だってやっと元気になったっていうのに・・・
いや、藍もがんばってるのだ。
何事も無かったように、毎日笑顔で忙しく立ち働いている。
・・・タイミング悪く、立ち直れてない証拠を掴んでしまった・・・というだけで。
目の前にしゃがみこむ。
本当に気づいていなかったらしく、びっくりして持っていた何冊かの本をどさどさっと地面に落としてしまった。
「何!?」
こんなに驚かれるとちょっとショックだ。
「何回も・・・呼んだんだけど?」
「そ・・・そうだった!?」
焦って笑顔を作って平静を装おうとする姿はなんだか痛々しい。
「・・・こないだは、怒鳴ってごめんな」
小声で言うと、は?と間の抜けた声で聞き返す。
「びっくりしたんじゃないかと思って、気にしてたんだよ」
我ながら柄にもないことをしたな、とずっと思っていたのだ。
「何言ってるの、そんな・・・悪いのは私なんだから、気にしないで」
落とした本を拾い上げて草を払うと、つぶやくように言う。
「一夜、私・・・十二神将隊、やめようかな」
は?と、今度は俺が聞き返す番だった。
「こういう仕事向いてないのかなぁ・・・と思って」
「何言ってんだよ・・・失敗とか判断ミスとかは誰にでもあるって。藍はよくやってると思うけどなぁ」
「・・・あの時、あなた何で『孝志郎が』って言ったの?」
あの日以来、この話をするのは初めてだった。
お互い、何となく話題にするのを避けていたように思う。
「だって、あいつが藍の隊長なんだから」
隣に座る。
「責任取るのがあいつの仕事だろ?だいたいお前にやれっつったのはあいつなんだし」
「そういうもの?」
頷く。
「そうかぁ・・・」
少しほっとしたような表情を浮かべる藍。
「だいたい、こんな面倒臭い仕事、先にやめるなんて抜け駆け許さないよ?」
「・・・そういうもの?」
そう、と言って立ち上がる。
「ま、藍が俺のお嫁さんになってくれるって言うなら、許してあげてもいいけどね!」
「・・・」
返事が無い。
振り返って見ると、藍は腕組みして考え込んでいる。
「いや・・・冗談だぞ?」
「わかってるけどさ・・・・・・その条件じゃ何があってもやめられないよなぁ、と思って」
「・・・・・・悪かったな」
○つい本音を言っちゃった一夜くんです。
考え込む藍ちゃんはさすがに一瞬構えたみたいですね。
『冗談』って言われて安心したのか、ちょっとがっかりしたのか、果たして。
〜Ep19
「愁に帰ってきてほしいわけ?藍は」
「そりゃあね。だって孝志郎はふらふらしてて西から帰ってくる気配ないし、最近あの頑固親父が張り切っちゃってるじゃない!?」
来斗が顔をしかめる。
「頑固親父って・・・朔月公のことを言ってるのか、お前は・・・」
「だからぁ、愁がいたほうが心強いでしょ、何かと」
にやっと笑って一夜が言う。
「・・・それだけ?」
「それだけ、って何が?」
なんでもなーい、と笑って言う。・・・変な奴。
「孝志郎に話してみるか。それより先に霞姫かな」
来斗が同意してくれた。
「天空隊のお二方も南に行ったほうがよかったりしない?交渉が複雑になったりすることも十分にありえることだろうから」
一夜が言う。お二方、とは来斗と桐嶋伍長のことだ。
「そうだな」
3人でいて、こんな建設的な話をしてるなんて珍しい。
だいたい、一夜が図書館に来てるなんてこと自体が珍しいんだから。
・・・雨でも降らなきゃいいけど。
○一夜は愁くんにちょっと妬いてるんですよ。
孝志郎も剣護も一夜も、藍は愁のことが好きなんだと思っていたらしい。
来斗は唯一、ちょっと違うと思っていたようですが。
隊舎で一人、留守番をしながら本を読んでいると、戸口で声がした。
「藍いる?」
・・・また、見えてるくせに・・・
「古泉隊長、何か御用ですか?」
「まーた、勤務中に本読んでる。龍介に怒られるぜ?」
明らかに遊びに来てるあなたも・・・勤務中じゃないのでしょうか?
それはそうとさ、と机の真向かいに座って言う。
「朔月公をやっつけたんだって?」
「・・・一体どこで聞きつけて来たんですか?」
「まあまあ。でもすごいなぁ藍、俺もさすがにあの人には敵わないもん」
「敵うとか敵わないとか、歯向かう気になったことが一度でもあるんですか?」
「ない」
・・・はぁ。ため息をつく。
「・・・で、何企んでるの?」
「え?」
一夜は頬杖をついて、じっと私の目を見ている。
「また何か、企んでるんでしょ?」
「また・・・って、人聞きの悪い。そんなんじゃないですよ」
「俺にも言えないこと?」
ちょっと真面目な顔になる一夜。
一体何を心配してるんだか。
「一夜に言えないことなんてないって。何かあったらちゃーんと相談するから、ご心配には及びません」
私が笑って言うと、そっか、とつぶやいていつもの笑顔に戻る。
「一夜のほうこそ・・・ちょっと顔色悪くない?」
「そぉ?」
「夜遊びもほどほどにしなよ。そんなに若くないんだから!」
「・・・言ってくれるじゃん」
○スパイ活動のつもりなのか、本気で藍を心配しているのかは定かではありません。
顔色が悪いのは…実は病気のせいです。
この後くらいの話で愁くんも『ちょっと痩せた』って言うんですよ。
だんだん話が重くなっていきます。
〜Ep20 不穏より
自宅におります・・・なんて言っときながら、何時間ももたず、手持ち無沙汰な気分で近くの小高い丘に向かった。
小さい頃、よくここで本を読んだっけ。
本ばっかり読むな!って、孝志郎に取り上げられないように、こっそり一人で。
本を開くが、内容が全く入ってこない。
・・・困ったなぁ。
せっかくの一人きりの時間なのに。
「藍?」
背後から声。
一夜だった。
「なーんだ、こんなとこにいたんだ。家だって聞いて行ったら留守だしさぁ、どこに消えちゃったんだろうと思ってたよ」
「・・・何か用なの?」
冷たい言い方するなよ、と笑う。
「最近元気ないらしいじゃない?」
「元気・・・別になくないけど」
「そうなの?」
「仕事中頑張って元気いっぱいを演じてるからね。普段はこんなもんよ?」
そっか、と背後にしゃがみこむ気配。
「なんかみんながそう言うからさ。そんな藍も珍しいなって思って」
ちょっといらっとして、強い調子で言う。
「で、古泉隊長は仕事ほったらかしてちょっかい出しに来たわけですか?」
笑いながら、そうじゃないけど、とつぶやく。
ふと、頭上に重みを感じる。
私の頭に両手を乗せて、顎を乗っけて体重をかけているようだ。
「・・・重いんだけど」
文句を言ってみるが、いいじゃない、と楽しそうに笑う。
「元気ない藍なんてめったにないから、沢山触っとこうかなと思って」
「・・・意味わからないんですけど?」
「なんかご利益あるかもしんないじゃん」
「・・・ご利益なんかありませんから、それどけてくださいます?」
「もう、冷たいなぁ」
冷たいも何も・・・と反論しようとした、その時。
一夜の腕が、首に巻きつく。
気づいたら、後ろから抱きしめられていた。
一瞬、動けなくなった。
ふっと目を閉じる。
そして。
ぐっと両肘に力を込めて、思い切り後ろに向けて突いた。
「!」
小さくうめき声が上がる。
・・・その反応には私もびっくりしてしまった。
エルボーが一夜のみぞおちに命中。
・・・絶対避けると思ってたんだけど・・・
「・・・藍???」
痛さをこらえて体を折り曲げたまま、ちょっと涙目になっている。
だけど、ここで甘い顔するわけにはいかない。
「レディーに突然、失礼なんじゃないの!?」
大きく動揺している気持ちを落ち着けるように、大きな声で言った。
一夜はまだうずくまっていて、小声でちょっと待って・・・とつぶやく。
これは見事に・・・“入っちゃった”みたいだ。
「セクハラって言うんですよ!こういうの!!」
「・・・・・・セクハラ・・・ねえ」
立ち上がって、腕組みに仁王立ちで、もう一度言う。
「もう・・・冗談でも二度としないでよね、こういうこと!」
大きな歩幅でその場を立ち去る。
「・・・ごめん」
後ろから、小さな声が聞こえる。
「・・・びっくりさせちゃって」
「・・・・・・知ってると思うけど、私こういうの・・・慣れてないんだから。・・・あなたと違って」
まだ心臓が・・・ばくばくいっている。
○書いてて恥ずかしかったシーンその1。
この時にはすでに孝志郎についていくことを決めていた一夜。
もう会えないかもしれない藍に想いを伝えたかったのかもしれません。
〜Ep25 風牙より
どうしよう・・・
とにかく、風牙を探さなきゃ。
愁が隊士達を介抱している要塞の裏側に回る。
その時だ。
目の前に人の気配がした。
ぱっと右手を肩の高さに掲げる。
自然と私の右手もそれに合わせて高く上がり、ハイタッチするような形になる。
・・・それは条件反射のようなものだった。
「一夜!!!」
遠ざかっていく後姿に向かって呼びかける。
しかし。
後姿は何も言わずに高く掲げた右手をひらひらと揺らして、そのまま立ち去っていった。
西に沈む夕日に・・・溶けていくように。
一夜・・・
昔からそうだった。
教室で次の講義の準備をしていると、突然立ち上がってつぶやく。
『・・・決めた!さーぼろっ』
『えっ!?』
そしておもむろに右手を出すと、思わず差し出してしまった私の右手にぱんっとハイタッチをして、教室を出て行ってしまう。
士官学校のキャンパスでも、卒業したあと街を歩いていても、すれ違う時必ず一夜はそうやって右手を掲げて、ハイタッチを交わすのだった。かわいらしいお嬢さんと街を歩いているようなときでさえ、あの子は私の姿を見つけると、右手をぽんっと合わせて、すれ違った。
ごく自然なことのように、さりげない様子で。
私もそれはほとんど条件反射になってしまっていた。次は絶対やらない!と決心していても、すれ違いざまにそうやって右手を挙げられるとついつい、調子を合わせてしまうのだ。
すれ違った後ひどく後悔したこともたびたびある。一緒にいたお嬢さんの鋭い視線とか、教官の厳しい目つきとか・・・
だけど・・・
こんなに後悔したのは初めてだよ。
あの子・・・何てことを・・・・・・
○一夜の意図を計りかねて悩む藍。若干ヤケになってる感はあります。
そして…