麗美の写真
新渡と一緒に向かった公園に到着し、空いていたベンチに二人で腰を下ろして俺は鞄から1枚の写真を取り出し新渡にそれを見せた。
それは麗美と離れ離れになる前、俺と麗美が中学1年の正月に初詣に行った時の写真だ。
そこには腕を組んで笑顔で仲睦まじく写っている俺と麗美の顔が並んでた。
不意に写真を渡された新渡は何だろうという感じでキョトンとしながら手渡された写真を見た。
それから新渡はそこに写っている人物の顔を見て色を失いただ茫然と写真を眺めていた。
新渡は何も喋らない、いや喋れない状態だった。俺が横にいるのも忘れたかのように写真を見ている。
少しの間、その状態が続いたがようやく新渡は言葉を発した。
「わたしがいる… なんで? わたし… こんな記憶ない」
その写真に写る麗美の顔は新渡本人が見ても自分と錯覚するほどによく似ていたんだろうと感じた。
まだ呆けている新渡に俺は麗美のことを話し始めた。
「そこに写っているのは中学生だった俺と幼馴染の麗美という女の子なんだ」
新渡は真顔だがどこか気の抜けたような顔を俺に向けて話を聞き始めた。
「俺と麗美は家が近くてね……」
俺は麗美とのいきさつをできるだけ丁寧に話した。
幼馴染から二人は恋人に変わりお互いに惹かれ合っていたが、俺の転校をきっかけに徐々に繋がりは薄れ、やがて1通の手紙を見てそこで俺はこの恋が終わったと感じた… それを新渡に説明した。
麗美のことを説明しただけで、どうして入学式の日にあれほど俺が新渡のことを見つめていたのかは分かってもらえたと思う。新渡の驚いている顔がそれを物語っている。
「関都君… 関都君は本当に麗美さんのことが好きだったんだね…」
「ああ、大好きだった。俺が好きになったただ一人の女の子だよ」
「今は… もう連絡とか何も取ってないの?」
「1年前の手紙からは何の連絡も取っていない。あのとき俺達は終わったんだ」
「それで… 入学式の時に私を見て…」
「流石にビックリした、いやびっくりで済まなかったね… 心臓が止まりそうになったよ」
「関都君は私を見てどう思った? 驚いただけじゃなくて…」
「……正直、麗美のことを思い出したよ。新渡さんのことを麗美だと思って麗美のことを考えてた…」
「そう… そうなんだ…。 なんか寂しいね」
「でももう大丈夫だよ。新渡さんと麗美は違う人だって理解できているし…」
「関都君はまだ麗美さんのことを… 好き… なの?」
「好きな気持ちは一生変わらないと思う。今でも大好きだよ」
「関都君は… ううん、何でもない… ごめん」
新渡は何か言いかけたが言葉を飲み込んでその先は言わなかった。なんとなく言いたかったことも分かるような気がしたが、あえて俺もそれを聞かなかった。
それに俺はもう一度麗美に会いに行くことを決めている。流石にそれを新渡には言いにくいので
彼女に伝える気はないが…。
「でも今は関都君元気だよね。気持ちは整理できているの?」
「そうだね、なんか吹っ切れたというか… 今は大丈夫だよ」
「私と喋ったりして大丈夫? 麗美さんを思い出したりしない?」
「学校で初めて会ったときはさすがに無理だったけど、今は大丈夫だよ。新渡さんと麗美は違う人だから」
「そっか… じゃあ、私とこれからも友達として付き合ってね」
「ああ、俺の方こそよろしく」
新渡の表情は明るくなっていつものように元気な声に戻っていた。
俺は何か新渡に恩恵を受けたように感じている。新渡に会ったおかげで麗美に会う決心がついたことは大きい。
もし新渡に出会わなかったら、今でも俺は麗美への思いをただ引き摺っているだけだっただろう。
それを考えると新渡には感謝している。何か新渡の役に立てることがあれば協力してやりたい。
「関都君は彼女のことを麗美って呼んでたんだよね?」
「そうだよ、小さい時からずっとそうだったから」
「じゃあ、私のことも名前で呼んでいいよ。私は愛美、麗美さんとは一字しか違わないしね…クスクス」
新渡は悪戯っぽい顔をして微笑みながら言った。
「新渡さんの名前を呼び捨てにしてたらクラスの奴らに始末されるよ…」
「大丈夫だよ、本人がそれでいいって言ってるんだから」
「学校内では新渡さんと呼ばせてもらいます」
「え~~、関都君根性ないよ?」
「そんなとこに根性使ってどーすんの?」
「しかたないな~ 普通に名前で呼べばいいだけなのに…」
新渡は少し膨れた表情をしたが、次の瞬間にはニコニコとした微笑みに戻った。
「だったら俺のことも芽生みたいに名前で呼んでもらっていいよ」
「分かった。芽生さんは優真って呼んでるから… 私は優ちゃんにしようかな、へへへ…」
「それでいいよ。でもあんまり学校ではそれで呼ばないでね」
「私って忘れっぽくてね~ ど~だろうね~?」
新渡はそう言って楽しそうに笑っていた。
どうしてここまで俺と新渡は仲良くなったのかは分からないが… いや、芽生の仕込みか…
なんにせよ入学式の日以来、新渡に対して感じていた色んなことが解決できて俺もすっきりしている。
流石にこうやって二人っきりで新渡といるのは微妙な気にもなるが、これから友達として一緒にいたら慣れてくるだろうとも思う。
「でも、写真見たときには本当~に驚いた。多分人生で一番驚いたと思う」
「そうだろうな、ずっと麗美と一緒にいた俺が間違えたぐらいだからね」
「私も一度その麗美さんに会ってみたいな…」
「そんなことしたら麗美も驚いて腰を抜かすよ」
俺がそう言うと二人とも可笑しくなって笑い出した。
「でもさ、新渡さんはどうして俺なんかと仲良くしてくれるの?」
「あらとさん?」
「ごめん、愛美さんだったね…」
「あみさん?」
「じゃあ… 愛美」
「よし!… クスクス」
なんか愛美って呼んでたらそのうち間違って麗美って言っちゃいそうで怖い…
「入学式の日のことで優ちゃんのことが気になってたし、安心できる男の子の友達も欲しかったし…ね」
「愛美の周りには男共が沢山いるから適当なやついるんじゃないの?」
「ん~ やっぱり適当な人はいないよ。それに芽生ちゃんと優ちゃんの関係見て羨ましいと思ったし」
「芽生と同じように扱っていいなら俺は楽だけど、いいの?」
「それでいいの… それがいいの…かな。何でも話せる友達みたいな…」
「そっか、なら遠慮なく何でも言ってくれよ。俺もいいたいこと好きに言うから」
「うん、分かった。なんか嬉しいな… 何でも話せる男の子の友達って初めて」
「そうなんだ… モテる女の子も苦労するんだね」
「そうそう、大変なんだよ~」
新渡はそう言って本当に楽しそうに笑っていた。多分俺が見てきた中で一番の笑顔だと思う。
それから二人は公園を後にして帰宅の途に就いた
新渡…じゃなかった、愛美と話してるとやっぱり麗美のことが思い浮かぶ。ただ、今はそれが懐かしく思えてもう少し話していたいと思ってしまう。
早く麗美に会いに行きたい。そしてもう一度麗美を抱きしめたい。