礼二の思い
暫くすると若い男2人に行く手を阻まれている愛美と麗美の姿が見えた。
同じ顔、同じ水着の二人だが、一人は男たちから掛けられる言葉に言い返していたが、もう一人はその後ろで怯えながらその様子を見ているみたいだった。
それを見て優真にはすぐに判断がついた。
―――言い返している方が麗美、怯えている方が愛美だ。
「やっぱり二人だけで行かせるんじゃなかったな。優真、急ぐぞ…」
礼二はそう言って優真を急かすが、優真はゆっくりと歩いたままでさして慌てていない。
「優真、お前の彼女がちょっかいかけられてんだぞ? 分かってんのか?」
男たちに言い寄られている姿を見ても優真はあまり動揺しない。
―――麗美がいるから大丈夫か
優真はそう思っている。
小さな頃から一緒だった優真には、麗美があのように声を掛けられてもただ黙っていないのを知っている。
麗美は決して意にそぐわないことに従わない。それに多少の恫喝にも怯えない。
礼二はそんな優真に痺れを切らせて二人の元へ急いだ。
礼二が愛美と麗美の元に近付くと麗美が困った様子で礼二に話しかける。
「あ、礼二君。……もう、…この人達に言ってやって。彼氏と来てるって言ってるのにしつこくて…」
もっと切迫した状況かと思っていた礼二だったが、麗美の表情には余裕があり笑みも見える。
「あのさ、俺らの彼女に声かけないで欲しいんだけどな…」
礼二が男たちの前に立って言うと、その男達は礼二の顔をジロジロと見てから肩を竦めて諦めたように離れていった。
「やっぱ礼二がいると助かるわ」
追いついてきた優真が礼二に言った。
「どうしてだ?」
「あいつらもお前の顔を見たら勝負しようなんて思わんだろ?」
優真の言葉を聞いて礼二は少し呆れたが、男達がどこかへ消えたので礼二も少し安心した。
「愛美、もう大丈夫だよ…」
優真はそう言ってまだ怯えている愛美の元へ行き、愛美の手をしっかり握って落ち着かせている。
―――優真はどうやって愛美ちゃんだと分かったんだ?
礼二は優真の行動を見て、完全に愛美と麗美の区別をつけていることに疑問を抱く。
(さっきまでは見分けがつかないと言っていたし、実際そうだった)
何処か不自然なところを感じながらも、取り敢えずは愛美と麗美を助けることができたので、礼二は皆で自分達の場所に戻ろうと促し歩き始めた。
それからは暫く日光浴をして寛いでいたが、午後の日差しをたっぷり浴びると身体は火照って汗もダラダラ…
「かき氷でも食べるか」
礼二の提案でかき氷を買いに行くことになるのだが、…先ほど優真は働かなかったと礼二に言われ、優真が買いに行くことに。
「私も一緒に行こうかな?…」
「愛美?… それとも麗美ちゃん?…」
「さあ、…どっちでしょうね?… うふふ」
優真が歩きだすと麗美なのか愛美なのかわからないどちらかが優真に付いて行った。
礼二は残ったもう一人と一緒に優真たちが買いに出かけるのを見送った後、その一人がどちらなのか尋ねてみる。
「君は麗美ちゃん、愛美ちゃん… どっちなの?」
「さぁ~って、…どっちでしょうね?… ウフフ…」
悪戯っぽい笑いを浮かべながらそう言って礼二に微笑みかける。
「そうだな… 愛美ちゃん!」
「………正解。どうしてわかったの?」
「ん~、何となく、…勘だよ」
礼二は笑いながらそう言うと何気ない感じで愛美に尋ねた。
「愛美ちゃんはさ、どうして優真のことが好きになったの?」
いきなりの何故優真を好きになったのかという質問、…愛美は少し慌てる感じになったが、少しして落ち着いたのかポツリと呟くように話し始めた。
「いつも優ちゃんは優しい瞳で見てくれるし、…それに、…当たり前のように一緒に居てくれるところかな」
「なるほどね…」
礼二はその答えを訊いて頷いていた。礼二から見ても優真が愛美を見る目は特別なものだと分かる。
「………それにね、優ちゃんは私の事だけを見てくれるの。他の人を見ないで…」
ぼんやりと海を眺めながらそう言った愛美を礼二はじっと見つめていた。
「そう言えば礼二君ってさ、彼女とかいないんだよね? モテそうなのにどうしてつくらないの?」
愛美にそう訊かれた礼二は少し上を向き天を仰ぐ。夏晴れの青々とした空を見ながら礼二は静かに話し始めた。
「中学の時にはいたんだけどね、…中学3年の時に別れてから誰とも付き合ったことは無いよ。 小学校の時からの友達で別れるまで6年ぐらい一緒にいたのかな。 最も正式に付き合ってたのは1年と少し位だったけど。 俺にとっては幼馴染みたいなもんだよ…」
礼二は遠くの方を何か懐かしいものでも見るかのような眼で見ながら静かに語る。愛美はその眼を見ると礼二の気持ちが伝わってくるような気がした。
「やっぱり今でも好きなんだ…」
無意識に愛美の口からその言葉がこぼれた。
「正解………よく分かったね…」
「何となく、…ね。 ごめんね、変なこと言っちゃって…」
「別にいいさ。もう過ぎたことだしね…」
それから少しの沈黙が訪れる。それは気まずくなったからという訳ではなく、互いに何かを考えていたからであった。
そしてその沈黙は崩れる。愛美からの一言で…。
「もう一度その彼女に会いに行こうとは思わないの?…」
その言葉を訊くと礼二の表情から緩んだ部分は消え、真剣な眼差しで遠くの方を見ながら言葉を返した。
「………できれば、…いや、絶体もう一度会ってみたい」
「多分それは彼女も同じだと思う………」
続けて愛美は言う。
「どんなことがあってもね、それだけの時間を共にした人の事を忘れられる筈がないよ。それに互いが好きな気持ちを持ったまま別れたのなら尚更もう一度会いたいと思う… 絶対に忘れることなんてできない…」
愛美は自信でもあるかのようにはっきりそう言い切った。その言葉を訊いて礼二は直ぐに愛美の方に視線を向ける。
礼二が見たのは自分を慰めようとしているような表情ではなく、真っすぐ前を向いた真剣な愛美の表情だった。
―――本気で言っている。…だが何故なんだろう、…その言葉が信頼できる。
礼二は愛美が言った言葉に何の疑いも感じなかった。希望や憶測でなく確かにそうだと感じる。
何故そう感じるのか不思議に思う、…だがそれよりも礼二には愛美のその言葉が心に強く響いた。
膝の上で組んだ手の上に額をのせ、目を閉じて礼二は暫くじっと考えていた。
そして顔をあげ、愛美を見つめた礼二の顔はとても穏やかであったが、さっきよりも生気に満ちていた。
礼二はしっかりと愛美を見詰めながら言った。………
「ありがとう、本当に…。さっきの言葉で俺も自信が持てた。 確かに伊達に長く一緒にいただけじゃない。 俺は本当にあいつの事が好きだ。きっとあいつだって同じはず…」
「そうだよ、…彼女も礼二君をきっと待ってる…」
「君にそう言ってもらえると何だか知らないが自信が出てくるよ」
「うん、だから頑張って… 礼二君」
礼二の表情は何かがふっ切れたように明るく爽やかなものに変化する。
そして礼二は明るい笑顔で言った。
「色々と感謝するよ。 そう言えばお願いがあるんだけど、…いいかな?」
「どんなこと?…」
「連絡先を交換して欲しいんだけど… 麗美ちゃん…」
「………」
―――どうして? 何故わかったの?…
「ごめん、黙ってて。 最初から気付いてたんだ。 君が優真を見つめる瞳は普通じゃない。愛美ちゃんよりも深い思いがこもってる。君たちがどんな関係なのか詮索するつもりはない。ただ、君になら俺の気持ちと彼女の気持ちが分かってもらえると思ってね… だめかな?…」
礼二のその言葉に麗美は黙って頷いた。自分たち3人の関係に礼二が何か気付いたことは理解できた。
だが礼二が望んだことはそれとは関係ない。離れてしまっても未だに好きだと思う気持ちを持ち続けた者同士の共感。
今の礼二の気持ちは、自分と再会するまでの優真の気持ちと同じなんだろうと麗美は思う。
そして麗美は礼二に答える。
「私で良かったらいつでも話し相手になります、…礼二さん」
「ありがとう、恩に着るよ… 麗美ちゃん」
礼二は麗美の言葉に感謝した。
そして思う……。
―――俺の愛する人を必ず取り戻す。




