麗美によく似た愛美
新渡愛美…… 俺が彼女の名前を知ったのは入学式後のオリエンテーションの後に行われた自己紹介の時だ。
新渡が自己紹介をするとき、それまでざわついていた教室内が一気に静まりみんな注目した。
彼女の美しい風貌は男子生徒だけでなく女子生徒からも注目を集めていた。
紹介が終わった後の拍手も彼女の時だけ他より大きかったと思う。
そんな周りの注目に新渡はにこりと愛想よく笑顔で答えていた。
新渡愛美、俺の幼馴染は山鹿麗美… 愛美と麗美、名前は一字違うがその顔は俺が見分けが付かないほど似ている。もしこの二人が出会えばどんなリアクションをとるのだろうか?… 多分驚くだけでは済まないだろう。実際のところ俺も心臓が止まりそうになった。
新渡の顔を見ればどうしても麗美のことを思い浮かべてしまう。
二人の顔を知るものであれば俺の言っていることを理解してもらえそうな気がする。
このクラスでの新渡の人気ぶりを見れば、麗美も入学した高校でかなりの人気を博しているのは想像できる。
麗美がもう俺の手が届かないところに行ってしまったことを実感させられる。
皆の紹介が終わり、休み時間になるとやはり新渡の周りには人が集まってくる。
新渡はそんなみんなに笑顔を振りまいて楽しそうに話すので集まってきた人達もみな喜んでいる。
凄く穏やかな空気が流れ和やかな雰囲気に包まれるが、俺だけはその雰囲気に馴染むことが出来ない。
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入学式から数日経過した今も、正直まだ俺は新渡を自然に見ることが出来ない。
あまりにも麗美に似ているその顔を見るのがとても辛い。
麗美は幼馴染であり俺が初めて好きになった人、初めての恋人、そして初めて恋の終わりを経験することとなった相手だ。
俺は多分もう麗美と会うことはない。俺が遠くに引っ越しをしたため二人の関係は終わった。
人生は出会いと別れを繰り返すというが、俺には麗美以上に愛せる人が現れるなど到底思えない。
麗美との連絡が途絶えてから今でちょうど1年、辛い思いに耐えてようやく気持ちを落ち着かせることができてきた。
時の流れとともに風化してようやく色あせて来た麗美との思い出…。
それが新渡と出会って一気に鮮明な色を取り戻した。
新渡の顔は麗美に似すぎている… 新渡の顔は麗美の特徴をすべて持っている…。
俺はどうしてこのタイミングで新渡と出会ってしまったんだろうか…。
入学式の日、新渡の顔を見てから楽しかった麗美との思い出がどんどん蘇ってくる。
そして幸せだった過去の記憶を思い出すほど、現実に戻った時に計り知れない喪失感を味わう。
新渡は天使のように屈託のない笑顔をみんなに向ける。
みんなはその笑顔に惹かれるが、俺だけは苦しみを味わう。
だからできるだけ新渡の顔を見たくない。
ただ、俺は新渡を見ることによって気付かされたこともある。
俺はどれほど麗美のことが好きだったのかということ…
そして、まだ麗美のことを忘れることが出来ていない、諦められていないということ…。
もしかしたら新渡の出現は俺に麗美のことを思い出させるためなのかと思う時もある。
俺はここ数日、その事ばかりを考えている。
何のために俺はこのクラスで新渡と出会った? なぜ今なんだろうと…。
「優真… 優真ったら! どうしたの? ぼーっとして…」
「…ああ、芽生か。ごめん、ちょっと考え事…」
「でも、新渡さんって本当に美人だよね」
「そうだな…」
「… 何か反応薄いね… 優真は興味無いの?」
「俺ら普通の男共には縁のない人だよ」
「そうかなー? でも優真にも早く彼女が出来てほしいな」
「別れたた元カノをいつまでも引き摺っているこんな女々しい男に彼女なんてできないよ」
「自分でそれ言う? 早く吹っ切って新しい出会いを探さないと…」
「もう少ししたらね…」
「私と静城、優真とその彼女の4人でデートをしてみたいな」
「俺に構わず静城と二人でデートに行ってくれ」
「… でも… 本当にそろそろ前向いて進まないとね…」
「ゴメンな、芽生。何か心配かけて…」
「そんなしみったれたこと言わないで、もっと元気を出す!」
そう言って芽生は俺の背中をバシッと叩く。
本当に芽生の言う通りだな… 俺も早く前を向いて進めるようにならないと…。
今の俺があるのも芽生と静城のおかげだ。
麗美と離れて引っ越した先の中学で静城と出会い、静城の明るさに引っ張られて俺は麗美のいない寂しさを忘れることが出来た。その後に静城の彼女となった芽生にも助けられ、麗美がいない状況でもなんとか楽しく毎日を送れるようになった。この二人は俺にとってかけがえのない友人だ。
だからこの二人だけには俺と麗美の経緯を全て話している。
ただ、流石に麗美の写真は見せたことがないので新渡を見ても芽生は何も感じない。
俺は新渡の顔を見ると辛くなる、それは忘れたくない人のことを無理矢理忘れようとしているから… その人を思い出して忘れたくない気持ちを思い知らされるから…。
俺には麗美に伝えたかったことがある。それは結局、何も伝えないままに俺達は別れた。
今からでも伝えられなかったその思いを麗美に伝えたい… 俺は今そんなことを考えている。
このクラスで新渡に出会ったのには何か理由がある… 俺はそう思いたい。
ずっと心の奥で燻っていた気持ちにけりをつける時が来た… 多分そうなんだろう。
そう考えれば新渡は中途半端だった俺の背中を押すために現れてくれたような気がする。
正直俺はまだ新渡を正面から見るのは厳しいが、何となく新渡には感謝したい気持ちがある。
俺に麗美のことを考え直すきっかけを与えてくれた。
もう一度だけでいいから麗美に会いたい… 今はその思いが強くなってきている。
こんな気持ちにさせてくれた新渡にはお礼を言いたいぐらいなのだが、一つだけ困った問題がある。それは俺が入学式の日に教室の前で新渡を見つめていたこと… そのことを新渡が気にして俺に聴きに来ていることだ。
初めて新渡を見たとき、驚きのあまり異常なほどに俺は新渡を見つめていたと思う。
彼女もそんな俺に気づいて俺を見つめていた。先日、彼女はそのことについて俺に聴きに来た。
その時はうやむやで終わったが、あれで彼女が納得しているとは思えない。いつかもう一度聞きに来ることは想像できる。その時に俺は何て言えばいいのか…。
新渡にはできるだけ俺の事情を知られたくない。
あんなに見つめた俺が言えることではないが…。
出来るだけ無難な言葉で新渡には納得して貰い、以後あまり変に関わらないようにしないと…。
新渡が俺の事情を知って余計な気を遣わせるようなことはしたくない。
現状、新渡の人気ぶりを見れば俺が彼女と親しい関係になることはまずないからそれは大丈夫だと思うけど…。
ただ、クラスの男子の視線を集めている新渡を見てふと思ったことがある。
以前、俺の隣にはあの顔と同じ顔をした女の子がいた。
その子はいつも俺の傍にいてくれて俺だけに微笑んでくれていたんだと。
やっぱり麗美にとって俺はあまりにも不釣合いだった…
それでお前には勿体ないと神様が麗美から俺を遠ざけた…
そう考えると泣けてくる。