出会い
「おはよう、関都君… でいいんだっけ?」
「ん、… ああ、そうだよ」
入学式の2日後、まだ朝早い教室に到着して机に鞄を置いて座ると、『新渡愛美』が近付いてきて俺に話しかけてきた。
「あのね… 私達って以前何処かで会ったことある?」
「いいや、無いと思うよ…」
「関都君って私のこと前から知ってた?」
「…いや、知らない」
「この学校で初めて会ったんだよね?…」
「ああ…」
「だったらどうして初めて… 」
「優真、おっはよ~う」
話し始めた彼女の声を掻き消すように後ろの方から俺に向かって喋りかける大きな声が聞こえてくる。相変わらずの大きな声で元気な顔をして中学からの友達『瓜生 芽生』が声を掛けて近づいてきた。
「ごめんね、関都君。何か変なこと聞いちゃって… またね…」
芽生が近付いてくるのを見た新渡は、そう言って踵を返して自分の席へと戻っていった。
新渡愛美・・・クラスの中で一番の美貌を持つ少女。先日の自己紹介でも男達の注目を集めていた。
見た目は清楚で落ち着いた感じだが、明るく陽気な性格のようでクラスの女神様的な存在だ。
「優真 新渡さんとなんのお話してたのかな~?」
「別に。朝の挨拶してただけだよ」
「はいはい、それで本当は?」
「本当にそれだけだよ…」
「結構席が離れてる優真の所に何で新渡さんがわざわざ挨拶に来るのかなぁ~… おかしくない?」
「…俺じゃなくて新渡さんに聞いてくれ」
芽生はニヤニヤしながら俺に顔を近づけて小声で話し始める。
「でも優真、チャンスじゃない? あの新渡さんから話しかけてきたんでしょ?」
「ああ、そうだけど…」
「もしかして優真の事が気になってるのかも?… って思わない?」
「それはないよ。そんな雰囲気は欠片も無かったから」
「え~~ でも分かんないよ~?」
「いいからお前も早く席に着けよ。もうすぐ先生来るぞ」
俺がそう言うと少し膨れた顔をしながら芽生は自分の席に向かった。
そう言えば新渡と話すのは初めてだったな… 出来ればあまり近寄ってほしくない。
取り敢えずさっきは芽生のおかげで助かった。やはり新渡と二人になるのは不味い…。
俺は『関都優真』。中学から仲の良かった『瓜生芽生』、『相馬静城』と一緒に今年この学校に入学した。
中学2年生と3年生で同じクラスだった俺たちは、同じ高校を目指し無事合格することができた。
クラス分けでは残念なことに静城だけが4組になってしまったが、俺と芽生は同じ5組になることができた。
静城は俺の親友、芽生はその彼女だが、俺達3人は何でも話すことができる深い信頼関係で結ばれている。
朝のHRが終わり1限目の授業準備をしながら、今朝話しかけてきた新渡のことを考えていた。
やっぱりあの日のことを彼女は覚えているのか… あの時俺はどんなふうに彼女を見てたんだろうな……
俺が初めて新渡愛美の顔を見たのは入学式の後、クラス分けの表を見て教室への移動中のときだった。
同じクラスとなった者の名前を見ていくと瓜生芽生の文字を見付けて正直俺は少しほっとしていた。
おかげで緊張も少しほぐれて軽い足取りで自分の教室である5組に向かって歩を進めていた。
教室に向かい歩き始めたときは、まだ慣れない校舎で右往左往する1年生の生徒が廊下に溢れ、大混雑する中で各自自分の教室を目指して歩いていた。
それぞれが自分の教室に収まっていき、廊下にいる生徒の数もだいぶ少なくなってきた頃、俺もようやく自分の教室となる5組が見えるところまで来ることができた。
教室の扉の上から飛び出ている5組のプレートの近くまで来たとき、ふと前を歩く女子生徒に目がいった。長く艶のあるストレートの黒髪にややほっそりした体形、その後ろ姿に何処か見覚えがあり、懐かしさを感じて無意識のうちに俺の目は彼女を見つめていた。
そんな時、俺の後ろから別の女子生徒が走り寄って来て彼女に話しかけた。
[やったぁ~ 同じクラスだよ、良かったね」
その声に振り向いた彼女の顔を見た瞬間、俺は衝撃を受けて思考が完全に停止した。
俺の幼馴染、『山鹿 麗美』がそこにいた。
どうして… なんでこんな所にいる? 麗美……
振り向いたその少女の顔は、2年前に離れ離れになった俺の幼馴染の顔そのものだった。
大好きだった… ずっと一緒にいたかった。
でももう二度と見ることは無いと思っていたその顔…
忘れようと頑張っても忘れられなかったその顔がそこにある…
ようやく懐かしい思い出として記憶の隅に追いやることが出来ていたのに…。
俺は彼女の顔に視線を吸い寄せられて全く身動きができなくなった。
それから俺がどうしていたのかははっきりとした記憶がない。
その女の子をただひたすら見つめていたんだろうということは想像できる。
「愛美… どうしたの? 教室に入るよ」
彼女の友達の一言で俺の意識は少し戻った。その時俺が見たものは教室の入り口付近で振り返り、不思議そうな表情で俺を見つめる愛美と呼ばれる女の子の姿だった。
(あの子の名前は愛美っていうのか… 当然だよな、俺の知ってる麗美がここにいるはずはない…)
この世には瓜二つの人間が3人いるというが、愛美と呼ばれるその子は麗美に似ているという表現では足りないほどに酷似していた。物心がついてからずっと麗美と一緒にいた俺が見間違えるほどに似ている…
少しして彼女は視線を教室の方へと戻し、そのまま教室の中に消えていった。
必死に忘れようとしていた麗美への思い、麗美との思い出が頭の中に蘇り、俺は暫くその場で立ち竦んでいた。
「優真、同じクラスで良かったね」
後ろから来た芽生にそう言って背中をバシッと叩かれてようやく正気に戻れた。
「どうしたの? 早く入ろうよ」
芽生に急かされてようやく教室に足を踏み入れた俺を彼女はじっと見ていた。
彼女の顔を見ると俺は平静を失いどのような態度をとれば良いのか分からなくなってしまう。冷静になれない…。
俺は座席表を確認した後に自分の席へと向かった。心臓は未だに激しく鼓動し、落ち着く様子もない。
早く平静を取り戻そうと焦れば焦るほど封印していた思い出が掘り起こされて頭の中に描かれていく。
一つ思い出せばまた一つ、どんどん思い出が蘇ってくる。
俺の目から涙が溢れようとしてくるが、俺はそれを必死に堪えた。
忘れようと頑張った… ようやく古い昔の思い出として心の隅にそっとしまい込むことができかけていた。でもやはり俺は麗美への思いを断ち切れていないとそのとき思い知らされた。
ただの偶然か、神様の悪戯なのか?… それとも誰かが俺に罰を与えるために仕組んだのか?…
だとしたらこれを考えついたやつに伝えてほしい…
心が砕けそうになるほど効き目は大きかったと…。