「やさしさに包まれたいなら」
でも覚悟完了したところで、やっぱり彼は年頃の少年なんですよね
「すげえ……」
俺はサトコさん、フリスさんと一緒に中央棟の第一作戦司令室に来ていた。
中央棟……通称〈セントラル〉はアメリカ支部の重要な設備が集中しているタワー状の建物で、エントランスのあるA棟からD棟までの施設は中央棟が備えている機能を各ブロックに分割していざという時のバックアップとして使う為に後から建てられたものらしい。
逆にA棟からD棟まで使用不能になっても中央棟さえ残っていれば問題ないという。
「驚いたでしょう? 日本支部とは規模も設備も段違いなのよ」
「でもここの作戦司令室も真っ白なんですね。やっぱり日本みたいに敵が来たら……」
「その逆よ。この部屋は非常事態になれば白い内装に変わるの」
「へー……ということは」
「敵はもうこの世界に来ているんです……」
フリスさんの言葉を聞いて俺は更に緊張した。
この部屋には世界中のオーバー・ピースが集結し、そのパートナーが不安そうに寄り添っている。アメリカ支部のオペレーターがこの世界に現れた〈敵〉の動向を逐一チェックして指揮官らしき人物に報告し、その人も真剣な表情で部屋の中心にある大きなディスプレイを睨みつける。
この場の雰囲気だけでも今回の相手がどれだけヤバいのかが窺い知れるが……
「で、あれが〈世誕〉ですか……」
ディスプレイに映し出された〈世誕〉の姿を見て、俺は思わず乾いた笑い声を出しそうになる。
空に出来た大渦からは巨大な白い卵のようなナニカがゆっくりと顔を出し、卵の殻のような表面にある無数の目をギョロギョロと動かしていた。夢に出るよ、あんなもん……。
「そう、あれが〈世誕〉の〈顕現態〉よ。この世界に現れてから暫くはあの卵のような姿のまま動かないの……全ての〈世誕〉に共通している特徴よ」
「つうことは、暫くしたら〈殲滅態〉に変身して襲ってくるわけですね」
「そうよ。あれが〈殲滅態〉になる前に後から出てくる〈護衛体〉を殲滅して、集中攻撃するのが理想ね」
〈世誕〉の〈顕現態〉は〈終末〉と大幅に異なっている。〈終末〉はボロ布を巻いた人に近い姿で現れるが、〈世誕〉は無数の目がある卵状の姿で出現するようだ。
人の姿をしてないだけ……まだマシか?
「……ちょっと、気合を入れ直さないとな」
「……」
フリスさんは何も言わずに俺の手をギュッと握り、不安気な顔で見つめてきた。その表情を見ただけで、今から戦う相手のヤバさが伝わってくる。
「只今より〈世誕〉討伐戦……オペレーション・カーテン・コールのブリーフィングを始める」
アメリカ支部の指揮官と思われる金髪の綺麗なお姉さんがブリーフィングを始めた。
『彼女はアメリカ支部の戦術指揮官キャロライン・ブレイクウッド。アメリカの終末対抗兵器キャサリン・ブレイクウッドの実姉です』
あ、やっぱりか。何処と無くキャサリンさんに顔立ちが似てるし目の色も同じだ。それにしても流石はキャサリンのお姉さん、これまた凄まじいボインの持ち主ですね。恐るべしUSA……。
『……』
はい、ごめんなさい。申し訳ございません。
「この場に集った皆はもう知っているだろうが、今日も奴が私たちの世界に現れた。その目的はわかるな?」
「……」
「そう、諸君ら 終末対抗兵器を破壊するためだ。我々の希望である諸君らを破壊し、絶望させた上で〈終末〉にこの世界を滅ぼさせるつもりなのだろう。だが今日までこの世界が続いているということは奴の目論見は全て阻止されているということだ。それはとても喜ばしい結果である。私もこれまでの諸君らの奮闘ぶりに心から敬意を覚えている。ヨハン支部長に代わり、この場を借りて君たちに礼を言わせてもらおう」
……やばい、緊張がやばい。この支部の指揮官は高槻さんと違って滅茶苦茶真面目で堅苦しい人のようだ。明るく人懐っこいキャサリンさんとは真逆の鋼鉄の女臭がするぞ!
「だが、悲しいこともある。この日を迎える前に、散ってしまった諸君らの同胞についてのことだ。彼らの犠牲は国の消滅、そしてこの世界の命が更に縮まったのを意味する。そしてそれは、あの〈世誕〉との戦いがより一層厳しいものになることに他ならない」
「……ッ」
「そして、今日の戦いでまた犠牲が出てしまう可能性を考慮すれば……彼らの喪失は相当な痛手であると言えるだろう。だからこそ言わせてもらう……そう何度も言うつもりはないのでしっかりと耳に入れるようにしろ」
「……(ドキドキ)」
「死んだ者のことは忘れろ。そして死にゆく者のことも気に留めるな、ただ前を睨みつけろ。明日の平和を信じ、今日の地獄を乗り切れ。諸君らの死はそのまま世界の死に繋がる! 諸君らの命はもう自分だけのモノではないと思え! 諸君らの名にかかる私たちの期待は重いぞ! だから世界に応えてみせろ、勝利という形で!!」
あの人の言葉の一つ一つが、思い切り心に突き刺さってくる。重すぎるよ、その期待……小林くんには……!
>でも喋る度にそのボインを揺らすの止めてくれない!?<
精神状態:『不良』→『良好』。軽い興奮状態。心拍数の増加を確認。
だめだ、落ち着け……とりあえず落ち着くんだ。
そうだ、あの人のボインから目を逸らして落ち着……って駄目だ、右隣にもナイスバディなフリスさんがいる! じゃあ反対側……にもボインのサトコさんがいた! 畜生、何で二人ともそんなにデカいんだよ!!
特にサトコさんは日本人だるるぉ!? もう少し慎ましくあれよ!!
「さて、長々と話せる余裕は無いようなのでそろそろ本題に入ろうか。今、ディスプレイに地図を映したが奴の出現地点はペンシルベニア州南東部……フィラデルフィアの近くだ。住民の避難は既に完了しているので周囲の被害についてはあまり気にしなくていい。奴を倒せれば都市は復元される」
「……ッ!」
ここでキャサリンさんの表情が一変する。
あの表情から察するに、キャサリンさんと縁が深い場所なんだろう。彼女の隣にいるメンテナンサーの子も動揺している。そうだ、今はボインに気を取られている場合じゃねえ。真面目になれ、小林! この戦いに負けたら、このボイン様達も死ぬんだぞ……!
そんな事させるか、絶対に!
精神状態:『良好+』。戦闘意欲が大幅に上昇。
「だが、その都市部から北西100km先……モントゴメリー市が存在した地点には避難した民間人が集まるシェルターがある。つまりそこまで戦場が拡大した場合……犠牲者の数は計り知れない。シェルターの50km四方を絶対防衛圏として設定し、何があってもそこから先に敵を行かせるな。諸君らがどのように戦い、どのように行動するかについては全て各々の判断に任せる。こちらがどれだけ緻密な戦略や作戦を考えたところで、常識の外側にいる奴には通用しないからな。残念ながら、相手が相手なのでアメリカの軍からの援護も期待できない……ここまで偉そうに話しておきながら大変心苦しいが、これが私たちの限界だと思ってくれ」
……どう戦うかは俺たちに任せるか。
そりゃそうなるよな。相手がどんな奴なのかが〈殲滅態〉になるまでわからないんだからな……でもその『全て君に任せる』宣告は、俺にはかなりのプレッシャーだよ!!
『問題ありません。貴方なら大丈夫です。貴方は必ず勝利し、ボインな彼女達の所に帰還できるでしょう』
問題あるし、大丈夫じゃないよ! あと綺麗な声でボインいうなや! 何かじわじわ来ちゃうでしょ!?
「……やばい、心臓痛い」
「……深呼吸して、落ち着きなさい」
「すぅーはぁー……すぅーはぁー……すぅー……おごっふぅ!!」
「……」
精神状態:『良好+』→『不良』。安定剤の使用を提案。
うわぁあああああ! みんながこっち見てるぅぅぅう!!
やめて、そんな怖い目で見ないで!? 違うんです、俺はただ気を落ち着かせようと深呼吸して咳き込んだだけなんです!!
「まぁ、私が話すことはこのくらいだ」
「……」
「……ア、アイムソーリー」
「ノー・プロブレム。気にするな、この部屋の空気はいつも悪いからな」
指揮官のキャロラインさんは俺に向けて凄く優しい声で言ってくれた。
(ごめんなさい、本当にごめんなさい。駄目な小林くんで本当に申し訳ありません。思春期真っ盛りの男子高校生でごめんなさい)
「では終末対抗兵器の諸君は中央棟の整備区に向かってくれ。既に各国から諸君らの《相棒》が届けられている。もし足りないものがあれば遠慮せず常駐しているメンテナンスクルーに言うように……では、解散!!」
(ごめんなさい、お母さん……!)
精神状態:『不良』→『注意』。自己嫌悪。自殺の可能性僅かにアリ。安定剤の使用を提案。
今この瞬間……俺は久々に死にたくなりました。
『貴方に自殺は許されていません。ボイン達を守るのではないのですか』
ううっ……! わかってる、わかってるよぉ! 俺が死んだらボイン達が死……って待てや! ボイン達って言うな! まるで俺が女の人のボインにしか興味無いみたいじゃないか!!
『このブリーフィングの間、貴方の視線は殆どキャロライン・ブレイクウッドの胸に集中していました』
はぐうぁっ!?
「うぐぐ……」
「……(パチパチパチ)」
「……ッ!!」
アミ公の容赦ない指摘と部屋の隅で小さく拍手をするレックスの笑顔を見て、とりあえず死にたい気分からは立ち直れた。
(……アイツめ!!)
それと同時に、心の底からアイツが嫌いになった。そしてそれ以上に涙が滲むほどに悔しい気持ちで一杯になった。
どうして俺はキャロラインさんのお話よりも……あの人のボインが気になってしまったんだ……!!
『彼女のバストサイズは102cmです』
うおおお、やめろぉぉぉぉぉ────ッ!!
「やさしさに包まれたいなら」-終-
>BOIN< \BOIN/\KOBAYASHI/\BOIN/




