「マンスリー・フォーリナー」
「ああ、情けないわね……」
「大丈夫ですか? サトコさん」
「いいの、ごめんなさい……。貴女こそ、辛かったでしょう……本当に」
「そ、そんなことないですよ! サトコさんだって……!!」
「ふふふ、優しいわね……。ここは怒ってくれた方が助かるのだけど」
「え、ええと……っ」
その口調はあの沙都子先生が精一杯強がっている時のものと全く同じだった。
「冗談よ、ごめんなさい。こんなこと言うと……またコバヤシ君に怒られるわね」
どうしてこのタイミングでキャラが変わるんですか……?
俺はアンタを嫌いになりたかったんだよ。だからそういう一面を見せないでくれよ。いつも見せるあの冷たい雰囲気が仮初めの姿で、実は中身は沙都子先生そっくりというのはさ……本当にやめてほしいんですよ。
>また貴女にときめいちゃうじゃないですか!!<
「え、えーっと」
「コバヤシ君……でいいのかしら?」
「アッハイ」
「ごめんなさい……」
「もう謝らなくていいですから! 次に謝ったらそのおっぱいを揉みますよ!?」
「えっ!? だっ、駄目ですよ、タクロウさん!!」
ただの冗談ですよ、フリスさん! だからそんな焦った顔にならないで!?
『絶好の機会です。貴方のおっぱい星人ぶりを見せつけてあげましょう』
何だか今日のアミ公は発言がおかしい! 一体、どうしたんだ!?
『……問題ありません』
訓練達成する度に胸を触ってた所為だろうか。今度から気を付けなければ。でもおっぱいに触れてメンタルリセットしないとあの訓練に耐えられないし……
「ふふふ、それは困るわね」
サトコさんは満更でもなさそうな顔で胸を隠した。彼女の反応にドキッとさせられながらも俺は姿勢と表情を整えて真面目なムードに持っていく。
「じゃあ……言いにくいんだけど」
「いえ、もう言って下さい。もう俺の覚悟は出来てます」
「……お願いしてもいいかしら」
「ここで断って、また泣かれたら困りますからね」
「……ふふふっ、そうね。また年下の子を困らせちゃうわね」
サトコさんは恥ずかしそうに笑った後、しっかりと俺の目を見つめながら凛とした声で言った。
「貴方には、戦ってもらいたいの。この世界を脅かす……私たちの〈天敵〉と」
「任せて下さい」
戦う理由がまた一つ増えてしまった俺は、今まで以上に気合いを入れてサトコさんの言葉に即答した。
「……あっさり引き受けるのね」
「もう決めてたからね、最初から」
「ふふふ、その決意に満ちた顔がね……好きだったのよ。もう見れないかと思ってたわ」
「えっ!?」
えっ、好き!? このエ○ァみたいな顔が!?
「はうっ!?」
「冗談よ、フリスちゃん。さて、あまり時間がないから要点だけの説明になるけど……今日の相手は今までと違うわ。気を引き締めてね、コバヤシ君」
「はい、先生!」
「……」
「……ごめんなさい」
一度は本気で嫌いになろうとした人のお願いを聞くのは少し癪だけど……今のサトコさんはもう沙都子先生にしか見えないからな! 聞いてやりますよ、小林くんが……タクローくんの代わりに貴女の世界を守ります!!
あとやっぱり俺は貴女の笑った顔が好きです!
精神状態:『平常』→『絶好調』……絶好調。軽い興奮状態。特定対象への興味及び好感度が増幅。突発的な使命感の発現及び戦闘意欲が急上昇。
◇◇◇◇
「毎月毎月、よく飽きないね」
終末対策局アメリカ支部の屋上。要人送迎用の特別ヘリポートのフェンスに腰掛けてアトリは呟く。
「お前達はもうとっくに死に絶えた筈じゃないか」
アトリは遠くの空で渦巻く光の渦を眺めながら溜め息をついた。
「お前達は滅びた。はるか昔に滅びてその肉体は砂になった。魂と記憶は光る海に沈み、母なる夢の中で安らかに微睡んでいる。星には新しい種が芽生え、お前達に代わる新たな民が根付いた……」
金色の瞳を細めてアトリは空を睨む。
「それの何が不満なの?」
その言葉が気に入らないとでも言いたげに空を渦巻く光は激しさを増し、ゴロゴロと雷にも似た不気味な音が響く。
「帰るならボクはもう何も言わないよ。でも、この世界に手を出そうとするならボクはお前を軽蔑する」
ゴゴゴゴゴゴ……
「お前に〈王〉の資格はないんだから」
ゴォォォォォ……ン!!
まるで落雷のような、大きな鐘を打ち鳴らしたような不気味な音が天空に響き渡る。大渦の中から光り輝く巨大な〈卵〉が現れ、空一面を光で照らしながら宙に静止した。
ギョロ、ギョロ、ギョロギョロ……ッ
卵の表面で蠢く瞼から無数の目が見開く。目の一つ一つが狂ったように忙しなく動き、その中の一つがアトリを睨んだ。
「……そんなに彼が憎いの? 彼がこの世界で生きているのがそんなに嫌なの? 笑わせないで。此処は彼の為の世界よ? ボクが選んだ彼が、ボクが新しく生み出した世界で生きているだけじゃない」
アトリはそう言って空に浮かぶ卵を睨み返す。
「それにこの世界にはお前を受け継いだ人も暮らしているんだよ? お前が成せなかったものを代わりに実らせた立派な種だ。お前の生まれ変わりだ。お前はその子の存在も否定するの?」
卵はアトリの問いに答えない。ただ瞳を血走らせ、キリキリとガラスを引っ掻くような不快な音を立てて彼女を睨むだけだ。
「……聞くだけ無駄だったわね」
もはやあの男への憎悪とこの世界への嫉妬しか残っていない哀れな怪物に落胆し、アトリは冷たく言い放つ。
「言っておくけど、彼はお前なんかに負けないよ。お前よりもずっと立派で純粋で素敵な人だから彼は〈王〉になったのよ。それくらいわかれよ、バーカ」
卵にそう吐き捨てるとアトリはググッと背伸びして彼の居る部屋に目を向ける。
「ねぇ、タクロー君。キミからも教えてあげてよ、キミがどれだけ素晴らしいニンゲンかを……」
アトリは薄らと頬を染めながらくすりと笑い、甘える子供のような声で呟いた。
「マンスリー・フォーリナー」-終-
\Atri/ //◯\\




