「戦うキミよ」
「……むあっ?」
デュワンデュワンという多分、小鳥らしき生き物の鳴き声で俺は目を覚ました。
「うーん……ぐぐぐ……ぅ」
ぐぐーっと背を伸ばし、眠気眼をこすりながら俺は周囲を見渡す。
「……あ」
フリスさんはもう着替えを済ませてベッドの上で優雅に紅茶を飲んでいた。朝日を浴びながらカップに口をつける彼女があんまりにも綺麗で、もしかしたらまだ夢の中なんじゃないかと思ってしまった程だ。
【……起床確認】
【……体調チェック】
診断結果:『B』……『平常』
でも視界に映るアミ公の体調チェックでこれが夢じゃないんだとわかった。
(綺麗だなぁ。ただ紅茶飲んでるだけなのにどうしてこんなに綺麗なんだろう。ああもう、何をしても様になるな! フリスさん!!)
そして何故だろう……彼女が俺と同じソファーで寝ていなかった事にガッカリしている自分がいる。
精神状態:『平常』→『不良』
いや、良いんだ。これでいいんだよ!
一体、何を期待していたんだ俺は。彼女はしっかりと俺との約束を守ってくれていたんだ! 目が覚めたらフリスさんが俺の上で『うふふ、おはようございます』だなんて言ってくれるシチュエーションがそう簡単に起こりうる筈がない! 当たり前だろうが、あの子はタクローくんのフリスさんなんだから!!
だが何故だ! 俺は今、物凄いガッカリしちゃってる!
『……』
やめてアミ公! せめて何か言って! 何だかわかんないけど物凄く胸が苦しくなるから!!
『おはようございます、良い夢は見れましたか?』
第一声が皮肉かテメェ、このド畜生────ッ!!
「あっ」
とかアミ公と脳内漫才しているとフリスさんと目が合った。
先程までのまるで絵画に描かれた天使の如き奥ゆかしい表情は、俺を見つけた途端に少女らしいどストレートな可愛らしさに満ちたプリティーフェイスに早変わりする。
「おはようございます、タクロウさん!」
そしてその可愛らしい顔でにっこりと笑いながらこの一言。
精神状態:『不調』→『良好』……良好。心拍数の増加。軽い興奮状態。
ああ、やばい……ちょっと心停止しかけたわ。
「……おはようございます、フリスさん」
「いい夢は見られましたか?」
「……多分、見られたと思います」
「ふふふ、良かった。私もいい夢が見れましたから」
>可愛すぎんだろぉおぉぉおおおおおお────!?<
俺を殺す気かよ、フリスさん! その天使みたいなニコニコ笑顔を今すぐやめなさい!! さもないと死んでしまいますよ!? 私、心臓が止まってしまいますよ!!?
「少し待っててくださいね、温かい紅茶を淹れますから」
「……あ、ありがとうございます」
「砂糖とミルクはどうしますか?」
「あ、両方お願いします」
「はーい、ふふふ」
>可愛すぎんだろぉおぉぉおおおおおお────ん!!?<
ふざけやがってぇ! なんだこのエンジェルは!! 貴様……タクローくん、貴様ァ!!!
【……警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ。状態異常発生、状態異常発生……】
こんな大天使と相思相愛だと……許せん。絶対に許せんぞぉ!
精神状態:『良好』→『@@』……測定不能。判定不能。未知の精神状態。心拍数が大幅に増加。興奮状態。
状態異常:『混乱』『嫉妬』
【……状態異常発生】
おかしいだろぉ!? 何で俺と同じKOBAYASHIであるはずのテメーにフリスさんが居て、俺には彼女みたいな幼馴染は居なかったの!? おかしいだるるぉお!!? いや、可愛い幼馴染が居るのはまだ許そう。可愛さでいえば我が家の明衣子ちゃんも負けてないからな! だがフリスさんは……
>バスト88<
>ウェスト54<
>ヒップ82<
ボン・キュッ・ボンなんだよ!
ふざけるなよ、何だあのスタイルは! 服の上からでも主張が激しいあのぷるんぷるんは何なの!? 可愛いだけじゃなくておっぱいも大きいとか……この小林は許しませんよ! 絶対に許しませんよ!!! 例えこの世界の神様が彼女に全力で依怙贔屓しているとしても、この……
「タクロウさん」
「アッハイ!」
「……9時にサトコさんが迎えに来てくれます。それまで私とこの部屋で待機していてください」
「ん、わかった」
フリスさんは淹れたてのミルクティーを俺に手渡してくれた。
「ありがとう」
「……あの、タクロウさん」
「ん、何かな?」
「……」
フリスさんは俺の目を見つめ、何かを伝えようとしているようだが中々言い出せない。
≫ちょっと可愛すぎんよぉぉぉ────っ!?≪
そわそわといじらしい仕草を見せるフリスさんに俺の大事な何かは限界寸前だったが、彼女の後方にちらりと見えた窓の外の風景を目にして……
俺は、彼女が何を言おうとしているのかを察してしまった。
「……戦ってください、かな?」
「……ッ!」
言い出そうと頑張っていた言葉を先に言われて、フリスさんは体を大きくビクつかせた。
「……あの、その……」
「いや、何となくそんな気はしてたけどね」
「……ごめんなさい」
だってさ、君の後ろの窓に見えるんだよ。窓から覗く遠くの空に〈真っ白い巨大な渦〉が巻いているのが。
「……ごめんなさい……ッ!」
フリスさんは震える声で俺に謝罪した。彼女は俺の正体を知っている。だから彼女は謝ったんだろう。ヒーローでも何でもない俺に『戦って下さい』とお願いしなきゃいけないんだから。
「……そっかー、アレと戦うのか」
「……」
「うん、わかった。任せろ」
でもな、俺の出す答えは決まっている。いや、もうこれしか残ってないというべきかな……。
「……あっさり、引き受けちゃうんですね」
「ああ、断ったり逃げたりすると封印されちゃうし」
「……」
「それにね……何かもう慣れたし。流石に二回も戦ったらねー、ちょっと自信つくんだよね。この体すげー強いしね、ぱぱっと倒して日本に」
「今日の相手は……強いんです。普通の〈終末〉よりも、ずっと……!」
「……」
「貴方でも、勝てるかどうか……わからないの!!」
フリスさんは俺を包むシーツを掴み、震える声で言った。
「貴方でも……っ!」
「……知ってるさ」
「えっ……」
夢の中でアミ公を叱りつけた後、俺は彼女にある存在について聞かされていた……
「ほわあああっ!? 何すんだ、お前! やめて!? 俺にはフリスさ……じゃなくて沙都子先生が!!」
『勘違いしないでください。貴方に伝えたい事は明日、貴方が対峙する敵についてです』
「え、あ……そう。ん? これから?」
『はい』
「何だ、お前は〈終末〉がいつ来るのかわかるのか?」
『いえ、次に貴方が戦う敵は〈終末〉ではありません。それよりもっと強大な敵……』
アミ公はゆっくりと立ち上がって俺から距離を取る。
「もっと、強大な敵……?」
『彼らは月の初め、毎月一日に現れます。〈終末〉と同じくこの世界の外側から現れる敵対者。世界を滅ぼす〈終末〉と対を成す世界を生まれ変わらせる力を持った存在』
アミ公の瞳が赤色に変化する。
『〈世誕〉……私達はそう呼んでいます』
アミ公はその名を呟いてふわりと宙に上がる。彼女の目が赤く染ったという事はこれから始まるのは情け容赦ない戦闘訓練だ。
「……世誕!? なんだそりゃ、そんなのと戦うなんて聞いてないぞ!?」
『……私もこのような形で明かすのは不本意でした。七条サトコから何らかの説明がされると思っていたのですが』
「はぁ!?」
ちょっとサトコさぁぁぁーん!?
アンタ本当にふざけんなよ!? 何で言わねーんだよ、説明するタイミングなんぞいくらでもあったやん!? 何ならアメリカに向かう途中でも話せたじゃん!? どんだけ俺と話したくなかったんだよ、あの人!!
「……サトコさんめ!」
畜生め、アンタなんかもうサトコで十分だ!! あの残念眼鏡おっぱい美人が……もう許さねぇからなぁ!? 起きたらそのボインを心ゆくまで揉ませてもらうからな……覚悟しろよ!!
「ああ、クソッタレ! だがアミ公、知ってて黙ってたならお前も同罪だぞ!? 覚悟しろよ、テメー!!」
『貴方の再学習に手間取ってしまったので』
「ええぃ、黙れぇ! こうなったらまずはお前からだ! 全部吐かせた後にその乳揉んで無愛想な面を涙に染めてやる!!」
『……ご自由に』
相変わらず胸目当ての俺にクスッと笑いかけてアミ公は両腕から日本刀のような剣を生み出す。
『訓練の前にお伝えしておきます。私では〈世誕〉の戦闘力を完全には再現出来ません』
「!?」
『……また、コバヤシ・タクローでも単体では〈世誕〉に勝てませんでした』
「何だって!?」
アミ公はそんな爆弾発現を口にした後、目にも止まらない速さで俺に接近戦してきた!
『……30秒です。まずは30秒間、私の攻撃を凌いでください』
「っ!!」
『それが最初の達成条件です』
そして俺は過去最強のアミ公に一方的にボコボコにされた……
「戦うキミよ」-終-
\KOBAYASHI/\AMIDA/≡:・*・。




