プロローグ「とある兎の世迷い言」
どうあがいてもインフェルノ
日付は5月1日。時刻は午前6時、KOBAYASHI専用室にて。
「……ふわわっ」
目を覚ましたフリスは状況が理解できずに顔を真っ赤にしていた。
「ど、どうして!? 私……ちゃんと……ッ!!」
「……むむっぐ」
「ち、違うんです! タクロウさん、これは違うんです……っ!!」
「……むへふ」
ちゃんとコバヤシから譲り受けたベッドで就寝したはずが、気がつけばコバヤシと一緒にソファーで寝ていた。それも彼の体の上で。流石のフリスも慌てて彼から離れようとするが……
「は、離れなきゃ……」
「……むふー」
「離れ……」
「……ぐー」
「~っ!」
ぽふんっ。
フリスはそのまま寝ているコバヤシに抱きついた。
昨日、コバヤシに『あの人が戻ってくるように祈る』と答えて彼への想いを振り切ろうとした彼女だったが、幸せそうな寝顔にときめきが止まらず勢いのまま抱きついてしまった。
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
彼女の胸は彼への申し訳なさと、あっさりと欲望に負けてしまった自分への嫌悪感で一杯になった。
しかし小林少年が覚悟を決めて放ったあの言葉が脳内で響き渡り、フリスは数十秒ほど苦悩した後で彼から離れる決心をした。
「……駄目よ、フリス。タクロウさんと約束したんだから、我慢しなきゃ!」
「……むひゃあ」
「ひゃあっ!?」
「……ぐふー」
フリスが離れようとしたところで、寝惚けたコバヤシが彼女を抱きしめる。
「ふぇうううっ!」
「……駄目よー、駄目駄目……」
「た、タクロウさん……っ!」
「……ふふぶふ、逃さんぞ。モヘンジョ=ダロ姉さん……お前の秘密は俺が暴く……ぶふふ」
「~っ!!」
フリスは顔を真っ赤にしながら再び彼に抱きつく。
今の彼がタクローではないとわかっていても、やはり彼女の想いは変わらなかった。自分の事を覚えていない以外は、本当に愛しの彼そのままなのだから。
「……酷いです、タクロウさん」
「……」
「……私に貴方を好きになっちゃ駄目だなんて、無理ですよ」
悶々とした気持ちになりながら、フリスは暫くコバヤシに身を重ねていた。どうしてコバヤシの中に彼が宿ったのか。彼は一体、どんな世界で生きていたのか。どうして、彼の隣に自分は居なかったのか……
どうして、コバヤシの姿で『君のことを忘れる』なんて意地悪なことを言うのか。
「……元の世界に戻ったら、本当に私のこと忘れちゃうんですか? タクロウさん」
「……ぐかー」
「……少しくらい、私を覚えていてくれませんか?」
「……」
「……調整者は、結婚出来ないんですよ。私は……」
「……むひゃっ」
「あの人が戻ってきても……、一緒になれないの……ッ!」
ついにフリスは目に涙を浮かべながら、感情を爆発させる。
終末対抗兵器と調整者は結婚することが出来ない。何故なら、調整者はあくまでも彼らの調整に必要な生体部品扱いであり────……
そもそも正式な人権すら認められていないのだ。
フリスやレベッカのように戸籍を与えられて学校生活まで送れる調整者は世界でも異例であり、他の調整者はその殆どが専用の施設で軟禁状態に置かれている。
「……だから、顔だけでいいの……」
彼女達が終末対抗兵器のパートナーでありながら絢爛交歓祭に参加できないのは、そもそも人間として認識されていないからである。コバヤシに搭載されている支援補助機脳〈AMIDA〉が彼女を婚約者候補に入れていなかったのはその為だ。
「私を、忘れないで……!」
そういった事情もあり、終末対抗兵器に特別な感情を抱かないよう鈴麗のように敢えて距離を置く者が多い。
「……」
「ぐかー……」
「ふふふ……、それは駄目ですよね」
そんな境遇の中でコバヤシに恋愛感情を抱いてしまったフリスにとってこの世界は……文字通りの地獄なのだ。
「だって私たちの名前はクニークルス……」
「……むひゃ」
「ただの兎が人に恋をするなんて、いけないことですからね……」
フリスは未だ夢から醒めないコバヤシの寝顔にキスをして、もう少しだけと彼の体に抱きついた。
プロローグ「とある兎の世迷い言」-終-
\KOBAYASHI>Frith<




