エピローグ「見守るものたち」
一人が寂しいのは、人間だけじゃないんだよ
「うー……ん」
時刻は深夜1時。コバヤシはソファーで寝息を立てていた。
「うぐぅ……やめろ、やめてくれ……」
「……」
「俺には、彼女が……うぐぐ……」
「ふふふっ」
彼の寝言を聞いて彼女は小さく笑う。コバヤシの額をそっと撫で、その寝顔を愛おしそうに見つめながら彼女は囁いた。
「どんな夢を見ているのかな……」
「……ぬぐう」
「タクロー君?」
寝ているフリスの身体を借りてアトリはコバヤシのシーツの中に潜り込んだ。
「もしかしたらあの子達に嫌われてしまうかと思ったけど……ふふふ。自分の力だけでまた仲良しになっちゃうなんて」
「……」
「力を貸してあげようと思ってたのに……本当に君は凄い人だよ」
アトリは眠るコバヤシにぴったりと身体を重ねて、幸せそうに笑う。
「……温かいね、君の身体は」
「あばば……やめてくれ、明衣子ちゃん。その攻撃は俺に効く……あば……」
「うふふふ、やっぱりこうしていると落ち着くよ。ニンゲンの体は本当に素敵……」
「……ばば……」
「このまま、この子の体を貰っちゃおうかな……」
アトリはコバヤシの足にフリスの足を絡ませ、より一層深くその身体に密着させる。彼の鼓動がフリスの胸を通じて自分に伝わる感覚に恍惚とした表情を浮かべ、アトリは愛するコバヤシの寝顔を暫く見つめていた。
「もっと、この娘と仲良くなってね? タクロー君……」
「……」
「君の居場所は、此処しかないの。そして、君の側に居るべきなのはこの娘なの」
「……あば」
「遠い夢の世界なんて忘れて、この娘と幸せになるべきなの……そうしてくれないと」
「……」
「今まで君のために死んだこの娘たちが、ずっと報われないよ……?」
そしてフリスの身体はパタリと倒れ、コバヤシの上で動かなくなる。彼女の身体から抜け出したアトリは、二人がソファーの上で眠る姿を見てくすくすと笑いながらドアをすり抜けて部屋を出た。
「少し心配なところがあるけど、この〈ラクエン〉は上手く行っているね。後は、彼があの娘と結ばれてくれれば……」
「そう簡単に行くかな?」
赤いカーペットが敷かれた廊下を歩くアトリに、〈誰か〉が声をかけた。
「……」
「いい加減に諦めたらどうだ? 彼は、決してお前を受け入れたりしない」
「黙れ、お前には関係ない。失せろ、〈エンダー〉」
「関係はあるさ。私にとっても彼は興味深い存在なのだから」
アトリの背後に立つのは、白い髪の少年。〈エンダー〉と呼ばれた少年はアトリに挑発的な笑みを向けながら話しかける。
「だから、お前の行き過ぎた干渉は正直 見るに堪えない」
「黙れ」
「それに、あの娘もそうだ。不憫だと思わないのか? 何度も何度も同じ相手と出会いを繰り返し、同じ感情を抱かされ、そして同じように死ぬ」
「黙れ、エンダー。この場で消されたいのか」
「ニンゲンの幸せは、ニンゲン自身に選ばせるべきだと思わないのか? 例え、彼女がお前の───」
「エンダー!!」
激昂したアトリは赤い紋章が刻まれた右腕を発光させながら、エンダーに向けて振りかざす。
パキィイイイイイイン!
何かが割れるような音と共に、エンダーの右腕が消滅する。右腕に続いて左腕、下腹部、足、体の様々なパーツが削られるように消えていった。
「やれやれ、相変わらず怒りっぽい性格だな」
「……!」
「いいさ、お前の好きなようにするといい……応援しているよ」
「……消えろ!!」
「今度こそ、結ばれるといいな?」
>パキィン<
その言葉を残してエンダーの頭部は消滅する。そして彼の体は煙のように消え、その場にはアトリだけが残された。
「……お前に、お前なんかにわかるもんか」
アトリは歯を食いしばりながら、憎々しげに吐き捨てる。
「……孤独を知ったボクの辛さが、わかるもんか」
コバヤシが眠る部屋を物悲しい瞳で見つめた後、アトリは静かに歩き去る。そして人気のない廊下に、子供が啜り泣くような声が暫くの間響いていたが……
その泣き声が、誰かの耳に届くことはなかった。
エピローグ「見守るものたち」-終-
\Atri/ │\KOBAYASHI\Frith/




