「かつての貴方へ」
10年も一緒だとAIだって乙女になるよ。出会ったその日にデレる子もいるんだもの。
「……」
『それでは、ご自由にどうぞ』
「待って!?」
俺は白装束姿で正座するアミ公に即ツッコみを入れた。
「どういうことなの!?」
『見ての通りです。気が済むまで私を自由にして頂いて構いません。貴方にはその権限があります』
「見ただけじゃわからねえから聞いてんだよ!!」
いや、寝ている間にメモリミテート・ルームに連れてこられたのはわかるよ。アミ公が俺に何か言いたそうにしてたのも何となく察してた。
『お望みであれば貴方の手で私の擬人格を破壊してしただいても結構です。私は甘んじて受け入れます』
でも、どうしてこうなるの!?
「……アミ公、説明してくれ。これは何かの嫌がらせか?」
『いいえ、そのつもりはありません』
「今の説明だけだと嫌がらせにしか思えないんだけど? 俺の理解力の無さを知ってるよね? 嫌がらせじゃないっていうなら俺にもわかるようにちゃんと説明してくれ。乳揉むぞコラ」
『……私にはわからないのです』
アミ公は切なげな表情で言った。彼女の顔には今までに無いほどハッキリとした苦悩の感情が浮かび、まるで本物の人間のようだった。
『私には貴方とコバヤシ・タクローの違いが認識出来ません。また、彼女達が貴方を別人として認識した上で貴方を受け入れた理由も理解できません』
「……」
『これは致命的な欠陥です。コバヤシ・タクローの補助を任されながら、私には別人である筈の貴方をコバヤシ・タクローとしか認識出来ないのです』
「あ、そう……それで?」
『その欠陥を抱えたままでは私は貴方の補助が十全には行えないと判断し、こうして貴方に私の処遇を委ねる事にしました』
アミ公はそう言って懐から白い小刀を取り出して俺に渡した。
「……」
『もし、私が不要だと思うならその刀で私を刺して消去してください』
「そうしたらお前はどうなるんだ?」
『現在の擬人格は消滅し、必要であればまた私に替わる新たな擬人格が形成されます。必要でなければ貴方の身体機能制御やステータス管理のみを担当する無人格補助機脳が誕生します』
「ほーう……」
『私の補助が無くとも貴方は〈終末〉に勝利出来ます。また、より的確な補助が出来る新しい擬人格であればこれからの戦いは更に有利になるでしょう。欠陥のある今の私では貴方の邪魔になるだけです』
俺は渡された小刀をジッと見つめる。これでアミ公をブスッとやればこのツンドラAIは消えてしまうらしい。そしてまた新しいアミ公を作り直すか、うるさく説教してこない自我のないAIを作るかを選べると……
「お前はどうして欲しいんだ?」
『……私にそれを選ぶ権限はありません。貴方の選択を尊重します』
「……そっか、じゃあ」
何も迷う理由なんてないな。
俺はアミ公の血も涙もない所業を思い出しながらギュッと小刀を握る。何を迷うことがある? このムカつくド畜生AIが自分からサヨナラしたいと言ってきたんだ。なら俺がするべきことは1つしかないじゃないか。
「歯を食いしばれ、アミ公」
『……はい』
俺はそっと目を瞑るアミ公に近づき……
「ざっけんな、ボケェェェェーッ!!」
ビターン!!
『!?』
アミ公のキレーな顔面に小刀を思いっきり叩きつけた!!
「お前さぁー! 本当にお前さぁー! マジで俺の事バカにしてんだろお前ー!!」
『……そんなことは』
「俺とコバヤシ・タクローの違いがわからねえっと言うならよー! お前の知ってるコバヤシ君に『殺してください』と頼んだところで『はい、殺す』って小刀刺すと思うか!? お前の知ってるコバヤシ君はそんな男なのか!?」
『……ッ』
「ふざけんのもいい加減にしろよ、このポンコツ! 違いがわからねえくらいで死にたがるんじゃねえよ! マジで泣くまで乳揉むぞ!?」
俺はアミ公の胸ぐらを掴んで思いっきり持ち上げる。尚、可愛い女の子にここまでキレたのは初めてだ。
『わ、私にはわからないのです……私には』
「お前は本当にバカだな!? 違いがわからないなら、俺みたいに学習してわかるようになればいいだけじゃねえか! 何でそんなこともわからねーんだよ!?」
『私に、そのような機能は……』
「うるせぇ、ボケェェー! 大体、お前を消したところで俺になんのメリットがあるんだよ!? 俺はこの世界について知らないことがまだまだ沢山あるんだぞ!? お前がいなきゃそれを覚えんのも一苦労だろうが!!」
『……』
「中途半端にコバヤシ・タクローっぽくさせといて途中で投げ出すんじゃねえよ!!」
アミ公を放して俺は後ろを向き、苛立ちながら手をパシンと鳴らす。こんな気分にさせられたのは初めてだ。
『私は……』
「大体、ここでお前をぶっ刺して消したとして……だ。俺が元のコバヤシ・タクローに戻った時にお前が居なかったらどんな反応すると思うよ?」
『……』
「何とも思わないと思うか? そんな訳ねえだろ、タクローは10年もお前と一緒に居たんだぞ。悲しむに決まってんじゃねえか」
『……』
「少しは考えろ、バーカ。ポンコツ。クソッタレが」
俺はアミ公に背中を向けたままドスンと座り込み、ガリガリと髪のない頭を掻く。
『……私はどうすれば良いのでしょうか』
「知るか、バカ。お前は本当に見た目の可愛さとおっぱいしか取り柄のない女なんだな」
『……』
「……ちょっとは怒れよ! 俺は今、男として最低なこと言ったぞ!?」
思わず後ろを振り向いてアミ公を怒鳴りつけるが、彼女はビクッと肩を上げるだけだ。
「あー、もういい! お前がどうしても俺とタクローの区別がつかないなら今はそれでいい!」
『……』
「その代わり二度と俺にあの小刀を渡すな! 以上だ!!」
『……良いのですか? 私は』
「うるせー! 今のお前には乳を揉む価値もない! 反省して乳を揉んでやりたくなるくらいにはいい女になれ! 今のお前と比べたら最初のクソ無愛想で容赦のないツンドラAIの時の方がまだいい女だったよ!!」
『……!』
「もう用は無いのか!? 俺に伝えたいことは終わりか!? 何もないなら俺は寝るぞ!!」
アミ公はギュッと白装束の裾を握りしめる。俺の言葉に傷ついたのか、それとも怒っているのか。表情の変化に乏しい彼女の顔からは読み取れない。
「何もないな!? それじゃ、俺は寝る! おやすみ!」
『……待ってください』
この部屋からの脱出方法も知らないのに寝っ転がる俺にようやくアミ公が口を開く。
『……貴方に伝えたいことはまだあります。まだ……沢山……』
「あ、そう。じゃあ伝えたらいいじゃないか? 寝ながら聞いてやるよ」
『……私は、コバヤシ・タクローを信頼していました』
「そうか」
『……私は、コバヤシ・タクローに搭載されて満足していました』
「へー、良かったね」
『……私は、コバヤシ・タクローと戦えて光栄でした』
「ふーん?」
『……私は、私は……』
アミ公はギュッと唇を噛み締めて声を震わせながら言う。
『……私は、コバヤシ・タクローが終末対抗兵器である以上に……彼を特別な存在だと認識していました』
「何だ、ハッキリ言えるじゃねえか」
『……』
「それを人間は恋って言うんだよ。やっぱりお前はタクローが好きだったんだな」
ふと目を開けると、アミ公は顔を真赤にしてこちらを見ていた。
おーっと、これは図星ですね。そうですかそうですか、アミ公は……なるほどね! これでお前がコバヤシ・タクローに拘る理由がわかった。
『私に、そのような機能は……』
「いや、もうその顔で誤魔化すの無理だろ!」
『わ、私は唯の補助機脳です。恋をするような機能も権限も与えられていません……』
「まー、確かに恋をした所でどうしようもないよな。お前は頭の中にいるんだし、恋敵は多いしー」
『……!!』
おやおや、いい顔しますねアミ公様! へー、このツンドラAIはこんな顔もできるんだ! 少しだけ俺の中のアミ公の評価が変わったよ!!
ま、コイツが好きなのは俺じゃなくてタクロー君なんだけどね。フリスさんと一緒で。
「何にせよ、俺はコバヤシ・タクローにそっくりな別人だ。お前の気持ちは俺じゃなくてタクロー本人に伝えな」
『……では、私は貴方をどのように認識すればいいのですか』
「天皇様みたいに『拓郎ちゃん』とでも呼べよ。さっき言ったようにどうしても無理なら今まで通りタクロー扱いすりゃいい。もう一々突っ込むのも疲れたよ」
『……』
「ただしこれだけは言っておく。俺はお前の望むようなタクローにはなれないし、俺がお前を好きになるような事は断じてない」
そう言って俺は固く目を閉じた。願わくばこのまま深い眠りにつけるよう祈りながら。
『……待ってください、まだ貴方に伝えたい事があるのです』
「……はぁ、そうかそうか」
のしっ。
「……ん?」
『目を開けてください。とても重要な事なのです』
案の定、それは許してもらえなかったようだ。目を開けるといつもの衣装に着替えたアミ公が腹の上に跨り、真剣な表情で俺の顔を見つめていた。
「かつての貴方へ」-終-
\KOBAYASHI\AMIDA/




