「宴の後には……」
ヒロインとの同衾は義務。拒否権はない。
「あー、楽しかったなー」
「ふふふ、本当ですね」
時刻はえーと、夜の10時。俺はアメリカ支部に用意された〈KOBAYASHI専用室〉で大広間の楽しい思い出に浸りながら夜空を見ていた。
「大富豪からババ抜きに変わってからはボロ負けだったのが悔しいけどな……」
「タクロウさんばかりにJOKERが届きますからね……」
「まぁ、何とか皆と仲良くなれたし結果オーライだね!」
「はい、ベストな結果だと私も思います!」
美味い飯も食えて、新しい友達も沢山できて、明衣子や親父へのいい自慢話も出来た。うーん、素晴らしい一日だった!!
「ところで、何でフリスさんが僕の部屋にいるのかな?」
はい、色々と突っ込みたい所がありますが……まず真っ先に言いたいのがそれです。
「えっと、このアメリカ支部では調整者の寝室は終末対抗兵器と同室という決まりになってまして……」
はい、そういう事だそうです。
精神状態:『絶好調』……絶好調。興奮状態。
一人部屋にしては広いなーと初見で思ったけどね、ベッドがダブルサイズで枕が二つ用意されてた時点でもう大体察してたね。でも、あの枕が予備用である可能性もあるかもしれないじゃん? だから一緒に部屋に入ってきたフリスさんに聞いてみたわけですよ。
まぁ、予想通りだったけどな!!
「他に、寝るところとかない……よね?」
「ええと……やっぱり、迷惑でしょうか? 私がこの部屋に居るのは」
「ううん、違うよ。俺が寝るところだよ、フリスさんはこの部屋で寝てくれていいからね? 代わりに俺がこの部屋を出て別のところで寝ようと思ってね!」
「えっ!? この部屋はタクロウさんの部屋ですよ!」
その俺の部屋にしか君の寝床がないのがまずおかしいんだよ?
『何もおかしくありません』
何処がじゃあ!!
『彼女は貴方のパートナーですよ』
パートナーだからって思春期の男女を同じ部屋にするか、フツー!? 思春期ってアレぞ!? 人生で一番多感な時期ぞ!?
「ま、まぁ……俺はあのソファーで寝るからね。安心して」
「ええと、一緒のベッドで寝ないんですか?」
寝たら死んじゃうよ!
『言い過ぎです。貴方は彼女をパートナーと思っていないのですか』
やかましいぃー! アミ公は黙ってろぉー!!
ええとね! タクローくんのボディに居候してますが、俺にはまだ自分が小林拓郎であるという意地があるのですよ!!
だからタクローにフォーリン・ラブの君と一緒のベッドで寝るというのはね、厳しいんですよね。わかってください、これが俺の覚悟なんです。絶対に君に手を出さないという、小林くんの覚悟なんです!
「……そう、ですか」
だからそんな寂しそうな顔で見ないで!?
「頼むよ、俺は君のことが嫌いじゃないけどさ。流石にね? 俺たち、まだ知り合って間もないし……」
「そ、そうですね……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。ただ少しだけ、ちょっとだけ二人の距離をね? こう……お互いに見つめ直そうとか……」
「……はい」
ううっ、どうしよう! ちょっと傷つけちゃったかな……でもこのくらい言わないと! お、俺には沙都子先生と猫耳生えてない明衣子ちゃんが居るんだ! 可愛い妹が俺の帰りを待っているんだ!!
『……今の発言には問題があります。シスコン指数の高い発言は出来るだけ控えてください』
>シスコン指数って何だよ!?<
うぐぐ……耐えろ、耐えるんだ! 元の身体に戻るまで……! 俺は絶対に、このツンドラAIとツインテ美少女には屈しないぞ!!!
「じゃ、じゃあフリスさん。先にシャワールーム使ってくれていいよ」
「いいんですか? タクロウさん」
「レディーファーストです。温かいシャワーを浴びて、リフレッシュしておいでー」
「ふふふ、ではお言葉に甘えて……」
「覗いたりはしないから安心してね!」
「ふふっ、残念です」
フリスさんはそう言うと、部屋に用意された大きなシャワー・ルームに入った。
はい、ここがもう一つの突っ込みたい所です。何で、シャワー・ルーム完備なんでしょうね。そこは付けないで欲しかったな! オーバー・ピースの部屋一つ一つに設置する手間を考えたらさ、施設の何処かに大浴場とか付けたほうがよっぽど手間がかからずに済むと思うんですよね! 狙ったよな、絶対に狙って付けたよな!?
穢らわしい大人共め! 多感な10代の若者に部屋で何をやらせたいんだ!!
【コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
「……お願いだからそっとしておいてくれないかな? ほら……その、察して??」
『……』
「……どうも」
俺は気分転換の為に携帯を出し、大広間でオーバー・ピースの皆と撮った写真を見た。
「……サーシャさんはあの広間には居なかったな。やっぱり、ショックが大きかったのかな……」
大広間にいたオーバー・ピースは全員で20人ほどだった。最初に入ったあの特別な部屋にはもう少し居た筈だから……サーシャさんを含めて、まだ仲良くなれてない人もいるんだよな。
「まだまだ、頑張らないとな」
だが、ここで俺は思った。一つの国につき、オーバー・ピースは一人存在するという話だ。
絢爛交歓祭とかいうお見合いでゴールインした人達は此処に来る必要がないから、このくらいの人数だったのかもしれない。もしかしたらアメリカに来たくないから出席しなかった国の人も居たのかもしれないが……
それでも……ちょっと少なくないか……?
精神状態:『絶好調』→『不良』。精神状態が絶好調から不良に悪化。軽い不安状態。
そう考えると、急に不安になった。サトコさんに見せてもらった世界地図が突然フラッシュバックし、俺は思わず縮こまる。やっぱりいなくなったオーバー・ピースも居たって事だよな……。
「みんな……強いなぁ。誰もいなくなった人について話さなかったし、やっぱり……俺とは違うんだろうな……」
精神状態:『不良』→『注意』。不安状態。
そんな事を考えてしまった俺はまた一層不安になった。そしてふとシャワー・ルームの方を見て、気の抜けるような溜息をついた。情けないなぁ、最初はフリスさんの一緒の部屋で寝るとか勘弁してくれと思ってたけど……
今は彼女が一緒に居てくれることが、少しだけ嬉しいなんて思ってしまっている。
『不安を感じる必要はありません。貴方はコバヤシ・タクローです』
「いや、あの……いい加減に」
『今日まで貴方を見てきた私が保証致します。自信を持ってください、貴方は決して敗北しません』
「……!」
『……私はそう確信しています』
「はっはっ……ありがとうよ!」
そして久し振りに、アミ公が居てくれて良かったと思っている。
◇◇◇◇
「……サーシャ、そろそろ顔を上げて。何か食べないと」
「……食べたくないの。このままがいい」
「駄目よ。さぁ、いい加減に顔を上げて……」
用意された部屋でサーシャはメディの膝に顔を埋めていた。A棟1階の大広間で開かれていた豪華な食事会にも参加せず、あの部屋を出てから彼女はずっと鬱ぎ込んでしまっている。
こうなった原因は、あのコバヤシがサーシャに関する記憶を失くしてしまったからだ。
「……」
「大丈夫、今は忘れてるだけだから。すぐにでも貴女のことを思い出すわ……」
「……今だけだったとしても、コバヤシに忘れられるのは嫌だ」
「……サーシャ」
「……友達のことを忘れるのも、友達に忘れられるのも……嫌だよ」
メディはそんなサーシャの頭を優しく撫でる。サーシャが泣き腫らした顔を上げると、メディが優しい笑顔を浮かべながら彼女の顔を覗き込んでいた。
「うふふ、やっと貴女の可愛い顔が見れたわ」
「……見ないで、メディ」
「いいえ、私は貴女から目を離さないわ」
「……ズローゥスチ」
「さぁ、もういい加減に起きて。晩御飯にしましょう」
「……今日は何も食べたくない」
「駄目よ、食べなさい」
「ううっ……」
彼女達に血の繋がりはない……しかし、事情を知らない者達の目には二人は実の姉妹にしか映らないだろう。それほどまでにサーシャとメディは深い絆で結ばれており、他の終末対抗兵器に対してあまり感情を表に出さない彼女もメディの前では丸裸になってしまう。
コバヤシはそんなサーシャがメディ以外で唯一、自分の感情を素直に出せる相手であった。
ちなみにキャサリンの前でもよく感情を剥き出しにしていたが、コバヤシが関わらなければ彼女にも滅多に話しかけない。彼女にとってコバヤシとはそこまで特別な存在なのだ。
「アメリカの料理は好きじゃない……」
「そう言うと思って、祖国から冷やしたボルシチを持ってきたわ」
「!」
「ふふふ、やっといつもの可愛いサーシャに戻ったわね。その顔を見せてあげれば、すぐにコバヤシも貴女のことを思い出すわ」
「……それは、無理。今のコバヤシには見せたくない」
「ふふ、残念ね……。じゃあ少し待っててね、今から温めるから」
「……」
サーシャは部屋の窓から外を見て、誰かに向けて何かを呟いた。言いたかったことを静かに口に出したサーシャは不器用に笑うと、再び大きなベッドの上で寝転がった。
「宴の後には……」-終-
\Frith/│ \KOBAYASHI/ │ \Саша/ \меде/




