「今日から一番、たくましいのだ」
こ れ が 日 本 の コ バ ヤ シ さ ん だ
「……情けないわね、本当に」
七条はA棟に続く連絡路を歩いていた。
レックスにコバヤシの秘密を他国の終末対抗兵器に話され、唯でさえ孤独だった〈今のコバヤシ〉を更に孤立させてしまった。やはり彼の傍から離れるべきではなかったのだ。あの絢爛交歓祭には伝書鳩の同席も認められているのだから。
だがあの時の彼女は、彼の側に居るよりも他国の伝書鳩への報告を優先した。
終末対抗兵器の情報は全支部で共有しなければならない。これは組織が発足した時から存在する厳守すべき掟であり、例え他の支部に知られては不都合な情報であったとしても伝書鳩である以上は報告しなければならないのだ。
だが、それを踏まえても今回の七条の行動は適切であったとは言い切れない。
「……」
彼の状態を一刻も早く報告する必要があったとしても、彼の話を聞く時間は今まで十分にあった。
彼の全てを理解する事はできずとも、その不安を和らげるようなちょっとした気遣いをする機会はいくらでもあった。それが彼女にはできなかった。『コバヤシと限りなく似ていながら、彼はコバヤシではない』という違和感が彼女には耐えられなかった……
だから彼女は彼を支える立場から逃げるように、伝書鳩として報告を優先したのだ。
「はぁ……本当に、最低ね。ここまで嫌な気分になったのは久し振りだわ……」
彼女の行動は伝書鳩としては間違ってはいない。だがその結果がアレだ。彼女は心の底から自分を軽蔑した。コバヤシは今頃、どうしようもない孤独感と疎外感を抱えて一人苦しんでいるだろう。先程、通信部から『コバヤシがA棟1階の大広間で見つかった』というアナウンスがあった……彼は今、大広間に居る。
「しっかりしなさい、サトコ……彼を支えるんでしょ? あの人と約束したんだから……!!」
七条は両頬を手で思い切り叩き、気合を入れる。過ぎた話で自己嫌悪に浸るのは日本に戻ればいくらでもできる。今、彼女がすべき事は大人としてただの か弱い少年 を支えることだ。
『うぉおおおおおー!!』
大広間に近づくにつれ、賑やかな声が聞こえてくる。
何をして盛り上がっているのか……今の七条には想像したくもなかった。あの場に居るのは記憶を失ったコバヤシ、周囲には全てを知っている他の支部の職員と|終末対抗兵器《OVER PEACEE》達……何も起きないはずがない。
あの子達はそんな事しないと思っていても、今の鬱屈した精神状態ではとても明るいイメージなど湧かなかった。
「ああもう……!」
七条は走った。何が起きているのかわからないが、嫌な予感は胸の中で膨らみ続ける。
『畜生! ふざけるなよ、コバヤシィイイイー!!』
『あぁぁぁあ! もう、最ッッッ低!!』
『それが人間のやることかよぉお────!?』
『絶対に許さんぞぉ!!』
『無事でジャパンに帰れると思うなよ、ジャップがぁあー!!』
「……ッ!」
聞こえてくるのはコバヤシへの罵倒。
やはり、そうなってしまうのか。かつての友人と言えども記憶と交友関係が失われれ、その弱みを握ってしまえば簡単に排除しにかかる……それが人間の悪い部分だ。まさか終末対抗兵器にもそんな一面があったとは思いたくもなかった。
七条は胸騒ぎを覚えながら、大広間に急いだ。
(……ごめんなさい、コバヤシ君。本当に……ごめんなさい)
『あぁぁー! もう許せない!! 絶対に許さないんだからねぇー!!!』
(でも、もう私は……)
『クソッタレェエー!!』
(貴方から、目を逸らせたりしないから!!)
七条はその覚悟を胸に、大広間に駆け込んだ────
「コバヤシくん!!」
「うるぉおっしゃぁあああ────! 見たかぁ、貧民共がぁ─────!!」
「……え?」
「これがコバヤシさんの革命返しだぁぁぁあ────!」
そして彼女の目に映ったのは、大広間の大テーブルの上で他国の終末対抗兵器とカードゲームを楽しむコバヤシの姿だった。
「ひどぉおおおい! 何で、今の返すのぉ!?」
「くそおお! 勝てねぇ……また負けるぅ!!」
「ふはは、どうした? 返せないのか……ならばこの勝負……また俺の勝ちだぁー!!」
パッシィイイーン!
「はぁ!? クイーンのスリーカードォ!?」
「うそぉ!?」
「参ったな……これは」
「これが、日本のコバヤシさんだぁああ────!!」
コバヤシは両手を天に掲げ、両目を輝かせながら圧倒的勝利の余韻を味わっていた。
「す、すごいですね! タクロウさん!!」
「ありがとー! フリスさん、ありがとーっ!!」
七条は活き活きとした様子で皆と馴染む彼の姿を見て唖然とした。彼女だけではない、この場に集まった各国の伝書鳩や 調整者、職員達も彼女と同じような表情になっている。
「ちくしょー、あいつばっかり勝ってるぞ!」
「もう一回! 今度こそあたしが勝つわ!!」
「ぶっ倒してやるよ、ジャップ!!」
「ふはは、何度でもかかって来いやぁ! 中学生時代に放課後の大富豪と讃えられたこのコバヤシさんに勝てると思うなよ!!」
「気に入りませんわ、あの勝ち誇った顔……気に入りませんわ!」
「次こそぶっ殺してやるよぉ! 貴様を大貧民に叩き落としてやる!!」
一体何が起きているのか。彼女には理解できなかった。ただ一つ、わかった事は……
「フリスさーん、トランプ切ってあげてー」
「はい、任せてください!」
「ひょっとしてあの調整者にイカサマ仕込ませてるんじゃないか!?」
「えっ!? ち、違います! そんなことしてません!!」
「しょうがないなぁ、僕が切ってあげるよジョージくん。君が『トランプ切るなら女の子にして欲しい』って言うからフリスさんに頼んだのにぃ……」
「ぐぁあああ! 殺したい!!」
「さっきから言葉遣いが下品だよ、ジョージィ! そんなに負けるのが悔しいならもう辞めちゃいな!!」
「ざけんな馬鹿野郎、お前俺は勝つぞお前!!」
あのコバヤシは、只者ではないという事だ。
「ふっふっふ、ではかかってくるが良い。日本のコバヤシさんが何度でも叩き潰してやろう」
「今度は負けないからね! あたしにもアメリカ人の意地があるんだから!!」
「そうだな、俺にも中国人としての誇りがある」
「イタリアの伊達男が……女の子以外にも強いところを見せてやるよ!」
「私にもフランス貴族階級に名を連ねる淑女としてのプライドがありますのよ……」
「……俺も、アフリカの守護神としての威風を見せつけないとな」
一体、彼の何処に人を惹き付けるものがあるというのだ。
七条には理解できなかった。目の前にいるのは、コバヤシに似ているだけの別人のはずだ。それなのに彼らはそれを気にしないかのように、あたかも彼がコバヤシであるかのように接している。
「……なにこれ?」
七条は強烈な目眩を覚えた。ふらつく彼女の事など文字通り眼中にないコバヤシは他国の終末対抗兵器とカードゲームを楽しんでいるが……
「あ! サトコさん!!」
ついに七条は見つかってしまう。コバヤシの隣に立つフリスは嬉しそうにこちらに手を振り、あのコバヤシも自分を見つけて目を丸くする。
「あ、どうも! 今までどこ行ってたんですかサトコさん!!」
「ああ……ちょっと、気分転換にね……」
「サトコさんも大富豪やりませんか!?」
七条は全力で首を横に振った。
唯でさえ気持ちの整理がついていない上に他の大人は静観を決め込んでいるというのに、自分だけあの中に放り込まれるのは真っ平御免だ。
「あっ、サトコさんは遠慮するそうです……」
「そっかー……残念」
「オラァ、7のスリーカード! 来いよ、コバヤシ!!」
「甘いわね、10のスリーカード! 楽には勝たせないよぉ、ジョージィ!!」
「……パスで」
「くっ、やりますわね……!」
あのコバヤシが世界の終末対抗兵器を相手に楽しそうにゲームをしている様子を見て、もう何もかもがどうでもよくなった七条はついに目頭を抑えながら笑いだした。
「ふっ、ふふふふ……何なのよ、もう。馬鹿みたい……本当に……ふふふふっ」
そして再び両手を天に掲げるコバヤシの姿を見て、サトコはようやく受け入れることができた。
「ふぅはははぁーはぁー! これがコバヤシさんの力だぁー!!」
「流石です、タクロウさん!」
「クソァ!」
「あーん! なんでぇ~!? なんで4のカードで勝っちゃうのぉ!!?」
あの少年もまた、彼と同じく日本の未来を預けるに相応しい存在であると……
「……」
「良かったわね、兄さん。貴方の行動、全部無駄だったわよ」
賑やかな喧騒の外側で立ち尽くすレックスにアルテリアが声を掛ける。彼女は兄にそっとコーヒーを手渡し、自分はキープしておいたお気に入りの紅茶に一口つけた。
「……いいや、これでいいさ」
「そう? せっかく皆の前でバラしてあのコバヤシを仲間外れにするつもりが、あっという間に人気者になっちゃったけど」
「仲間外れなんてとんでもない。僕はただ、彼にコバヤシ君のフリをさせるのが嫌だっただけさ」
「ふぅん?」
「それに……」
レックスはコバヤシの隣に座るフリスを見て複雑な表情を浮かべる。エントランスで見たものとはまるで違う……とても楽しげで幸せそうな彼女の姿に。
「……いや、何でもないよ。忘れてくれ」
「あ、そう。じゃあ私は先に自分の部屋に戻るわ」
「君は混ざらなくていいのかい? アルテリア」
「フザケないで」
兄が不敵な笑みを浮かべながら言った一言に、アルテリアは右手の中指を立てて返答した。
「今日から一番、たくましいのだ」-終-
\Christina/\George/\Frith/\\KOBAYASHI//\Catherine/\九龍/ \SATOKO/




