「二度目のNice to meet you」
そう簡単に逃げられると思わないことだ
「……あぁ、俺は何をしてるんだろ」
俺はアメリカ支部の何処かにあるガラス張りの廊下で星空を見上げていた。
「サーシャさん、凄いショック受けてたな……」
俺の脳裏から彼女の顔が離れない。
サーシャさんは本当にコバヤシ・タクローの事が好きだったんだろう。その相手に忘れられるというのは、一体どれ程の絶望なんだろうか。
「キャサリンさんは……どうだろうな。好きだったのかな……まぁ、もう何でもいいや」
どっちにしろ、俺はコバヤシ・タクローじゃない。
彼女達やオーバー・ピースのみんなと仲が良いのは、俺が入り込んでしまったこの体の持ち主だ。そもそも俺がこの建物に来ること自体が間違っていたんだよ。フリスさんやサトコさんが何と言おうと俺は『行きたくねぇ!』と不参加決め込めばよかったんだ。
……そうしたら日本の立場が危うくなってた?
知るか! そんなもん知るか! 俺みたいなガキに日本の命運を丸投げしたのが運の尽きなんだよ!!
『貴方はコバヤシ・タクローです』
ああ、まだ言ってるよコイツ。
『貴方はコバヤシ・タクローです』
「……違うよ、俺は小林拓郎だ」
『貴方はコバヤシ・タクローです』
「……違うって言ってるだろ!」
どれだけ俺が違うと言ってもアミダ様は頑なに否定する。
『貴方はコバヤシ・タクローです』
本当に違うのにさ、何なのこのポンコツ。どれだけ高性能でも所詮は機械か……
『貴方はコバヤシ・タクローです。今の貴方には未知の不具合が発生しているだけで』
「うるさい、うるさい! 俺とタクローの違いもわからないようなポンコツは黙ってろ! 大体、お前の言う通りタクローとして頑張ろうとしたから俺は……!!」
『……貴方はコバヤシ・タクローです』
いや、高性能な機械だからこそ理解できないんだ。俺とタクローの違いが。
『……貴方は』
「……ッ!」
どうしてこんな事になったんだろう?
ついこの間まで普通の世界で普通に生きてきたのに、気がつけばこんな身体になって、日本の未来を丸投げされて……頑張ってみたけどこの様だよ。
「……どうすりゃいいんだよ」
『……』
「……俺に、どうしろって言うんだよ! もう無理だよ……俺は、俺には……!」
……いっその事、この世界から逃げてしまおうか。
『その判断は間違いです。すぐに考えを改めてください』
もう無理だ。限界だ。
『すぐに考えを改めてください。貴方はこの世界に必要な存在です。貴方は……』
知ったことか。
精神状態:『限界』……限界値。精神状態に重篤な異常アリ。重度の自己嫌悪及び現実逃避。自殺の可能性アリ。
【……精神安全装置、作動。コバヤシ・タクローの精神活動を……】
このガラスくらいなら頑張ればぶち破れそうだし……この高さからポーンと身を投げたら楽になれるかもな。
『やめてください、貴方は』
アミダ様は模擬体を出して俺を止めようとするが、実体のない彼女の腕は俺の身体をすり抜ける。
『貴方は……!』
何らかの感情が込められたその声も、俺の耳には届かない……
『私のっ』
「ここに居たんですね、タクロー」
「……あ」
アミダ様を無視してガラスを突き破ろうとした時、フリスさんが声をかけてきた。
【……コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ。精神安全装置の作動を撤回】
精神状態:『限界』→『危険』。精神が限界値から危険値に回復。
【……危険】
「探したんですよ? 貴方が急に居なくなってしまうから……」
「……いや、その」
「A棟の広間で皆さんが待ってますよ。そこで夕食にしましょう」
そう言ってフリスさんは笑顔で俺に手を差し伸べる。
「……いや、いい。俺は此処でいい」
「どうして? 貴方のお友達が……」
「あれはタクローの友達だ、俺の友達じゃない!」
「えっ」
「俺が……俺が、行っていい場所じゃないんだ。頼むから放っておいてくれよ!」
「……タクロー」
「俺はタクローじゃない!!」
我慢の限界が来た俺は、心配して探しに来てくれたフリスさんを怒鳴りつけた。
「違うんだ、違うんだよ! 俺はタクローじゃないんだ! あいつらの友達でもなければ、君のパートナーでもない! 俺はただの……ただの……」
「……」
「それなのに……それなのに……!!」
ぎゅっ
半泣きで胸の内をぶち撒ける俺をフリスさんは優しく抱きしめた。
「……わかってますよ」
「……わかってないだろ。君に、わかるもんか……俺は」
「貴方が、あの人じゃないって……最初からわかってます」
「……だったら、どうして……」
「どうして……ですか」
フリスさんは俺から離れると、小さく笑いながら言った。
「私が、貴方を放っておきたくないから」
精神状態:『危険』→『要注意』
「……」
「だって……本当にタクローなんです。家族が大好きなところも、優しいところも、頑張り屋さんなところも……」
「お、俺は」
「慌てっぽいところも、泣き虫なところも、一人で何もかも抱え込むところも、本当に辛くなるまで我慢しちゃうところも……」
「俺は……ッ!」
「そんな貴方を、放っておける訳無いじゃないですか」
「……ッ」
「泣き虫で一人ぼっちだった私を、貴方そっくりの人が助けてくれたんですよ?」
フリスさんは俺の頬に触れ、まるで天使のような笑顔で言い放った。
「だから、今度は私が……あの人にそっくりな貴方を一人にさせたくないの」
精神状態:『要注意』→『注意』
「……それだけ?」
「はい、それだけです。あ、でも私のことを知らないって言われた時はとても傷つきましたよ?」
「……」
「でもそれは貴方も同じ……私も、貴方のこと……まだよく知らないの。あの人との違いがわからないくらいに」
「お、俺……」
「だから、教えてください。貴方のことをもっと……私にも、貴方に知って欲しいことが沢山あるから」
彼女が発した言葉に、俺は心の中で張り詰めていた何かが解れた気がした。
精神状態:『注意』→『不調』
「……ははっ」
「……ふふふ」
「キツいなぁ……つまり俺は、あの人にそっくりな誰かさんてことか」
「はい、タクローにそっくりなタクローさんです。そう言わないと貴方は傷つくでしょう?」
「いや、もう傷ついてるよ」
「じゃあ、やっぱり貴方はタクローという事でいいですか?」
「嫌だ」
「ふふふっ、でしょ?」
……本当に、この娘には敵わないや。
俺は別人なんだぞ? 君の大好きなタクローの体を横取りしただけのヘタレ野郎なんだ。それなのに……どうしてこんなに優しく接してくれるんだ? どうしてそんな素敵な笑顔を見せてくれるんだ? そんな笑顔を向けられたら……逃げられないじゃないか。
「はじめまして、タクローさん。私の名前はフリス。フリス・クニークルスです」
「……」
「貴方の、お名前は?」
「……拓郎です。小林拓郎……タクローじゃなくて、タクロウだよ」
「ふふふ、素敵なお名前ですね。タクロウさん」
「……はっ」
「ふふふふっ」
「はははは……」
そしてこのタイミングで自己紹介だよ。
とびっきりの可愛い笑顔でね? 本当にもう……この娘はよー……
「……ははっ、何から聞きたい? フリスさん」
「それでは……どうしてこの場所に来たのか、聞いてもいいですか?」
「……いや、何か気がついたら此処にいてさ。ガラス張りで星がよく見えるから、落ち着くまでこの場所でいようかなって……」
「ふふふふっ」
まるで面白い出来事を思い出したかのようにフリスさんは笑う。
「……何だよ、笑わないでくれよ」
「ふふっ、ごめんなさい。前にあの人が迷子になった時と同じことを言うから……」
「……迷子になったんだ?」
「はい、貴方と同じように……あの部屋に居なくて必死に探したんです。そうしたら……ふふふ」
タクローもここまで逃げてきた事があったのか。
何だろ……ひょっとして俺みたいに皆の前で何か暴露されたのか? それとも喧嘩でもしたか?
「どうしてタクローは迷子になったの?」
「ふふっ、聞きたいですか?」
「……やっぱりやめとく」
「タクローは貴方が思っているほど、強い人じゃないんです。傷つきやすいし、よく泣いてしまいます。時には私に黙って何処かに行っちゃうことも……」
「……」
「ね? 今の貴方とそっくり。あの人は貴方の思っているようなヒーローじゃありません。誰よりも強い力を持ってしまっただけの……普通の男の子なんですよ?」
ああ、そうか……受け入れられなかったのは俺の方か。
今思えば、俺はタクローについて何も知ろうとしなかった。『俺は違う』『俺は小林だ』とか言ってな。自分で勝手に『タクローは俺なんかよりずっと凄い無敵のヒーロー』だなんて決めつけていた。
こいつも、俺なのにな。
『……』
明衣子と親父が俺を受け入れてくれたのはそういう事だったんだ。同じなんだ。世界が違うだけで……俺もタクローなんだ。そして、こいつも俺と同じ小林拓郎……
『……貴方はコバヤシ・タクローです』
さっきまで黙って隣に立っていたアミダ様がようやく口を開く。
『私には、貴方が別人だと認識できません』
うーん、このアミダ様はよ! 何かもう一々否定するのも馬鹿馬鹿しくなってきたわ。もういい、好きにしろ! ただしテメーの名前は今日からアミ公だ!!
『アミ……』
「はっはっ……あーもう! 泣きそうだ!!」
「ふふ、肩をお貸ししましょうか?」
「……肩よりも胸を貸して」
「はいっ、どーぞっ」
ぽよんっ
「冗談だよ!?」
精神状態:『不調』→『好調』……軽い興奮状態。
「二度目のNice to meet you」-終-
\Frith/\KOBAYASHI/




